〔a〕喫煙と受動喫煙
喫煙者は非喫煙者に比べ、肺がんをはじめとして多くのがんの死亡リスクが高いことが広く知られている。喫煙量、喫煙期間、喫煙開始年齢などのたばこ曝露(ばくろ)量との間に明らかな用量反応関係があることや、禁煙期間が長いほどリスクが低下することが報告されている。たばこの煙の中には、多環芳香族炭化水素やニトロソ化合物など数十種類の発がん物質が含まれており、たばこ煙の経路である呼吸器系から血流に乗って運ばれると、あらゆる臓器のがんのリスクとなる。国際がん研究機関(IARC)による発がん性のリスク評価において、喫煙はヒトに発がん性があると判定されている。喫煙によって発生リスクが高まるのは、口腔(こうくう)、鼻腔と副鼻腔、咽頭(いんとう)、喉頭(こうとう)、肺、食道、胃、肝臓、膵臓、子宮頸部(けいぶ)、膀胱(ぼうこう)などのがんである。日本人の喫煙者のがん全体の死亡リスクは、非喫煙者に対して男性で2.0倍、女性で1.6倍と推定されている。日本人のがん死亡の約20~27%(男性30~40%、女性3~5%)は喫煙が原因で、喫煙しなければ予防可能であったと推定される。さらに、さまざまながんにおける禁煙の効果として、禁煙する年齢が若いほど、また禁煙してからの期間が長くなるほどリスクが下がると報告されている。
一方、受動喫煙による肺がんリスクも明らかになっている。大規模な疫学調査により、夫が非喫煙者である女性(受動喫煙のない群)に比べて、夫が喫煙者である女性(受動喫煙のある群)は、約1.3倍肺がんになりやすいことが示唆された。とくに肺の腺がんでは、リスクが2倍高いことが明らかになっており、夫の喫煙本数が多い方がリスクが高いこと、夫の禁煙によりリスクが低くなることも示された。このことから、他人のたばこの煙を吸う機会を避けるための対策(受動喫煙対策)が重視されている。
〔b〕食習慣(栄養)
世界保健機関(WHO)と食糧農業機関(FAO)による報告書では、飲酒と口腔、咽頭・喉頭、食道、肝臓、乳房のがん、カビ毒のアフラトキシン(国内での検出例はまれ)と肝臓がん、中国式塩蔵魚と鼻咽頭がんには確実に関連があるとされている。さらに、世界がん研究基金(WCRF:World Cancer Research Fund)と米国がん研究協会(AICR:American Institute for Cancer Research)の報告書では、ハム、サラミ、ベーコンなどの加工肉について、大腸がんのリスクを高めると判定している。また、ウシ、ブタ、ヒツジなどの赤肉と大腸がんの関連が複数報告されている。日本においては、これらはリスクを高める可能性があるという評価がなされている。
飲酒によるがんリスクは、飲酒の頻度や飲料の種類よりも、エタノール摂取量との関連が強い。口腔、咽頭、食道など上部消化管のがんや肝臓がん、大腸がんのリスクを上げるとされている。野菜、果物とがんとの関連は、1990年代には多くの部位のがんに予防効果があるとされていたが、その後の知見をまとめた2000年代の評価では「確実」とされるがんの部位はなくなった。国際がん研究機関(IARC)の評価でも、野菜、果物によるがん予防効果については、がんの部位により異なり、またかならずしも「確立した関連」とはなっていない。しかし、がんに循環器疾患、脳血管疾患、糖尿病などを含めた生活関連疾患のトータルな疾病予防の観点から、野菜、果物の不足しない食生活は推奨されるとしている。塩蔵食品に含まれる高濃度の食塩は、胃粘膜を保護する粘液を破壊し、胃酸による胃粘膜の炎症やヘリコバクター・ピロリ菌Helicobacter pyloriの持続感染を起こしやすくして、胃がんのリスクを高めるとされている。さらに保存過程で、ニトロソ化合物などの発がん物質が産生されることの関与も示唆される。
〔c〕身体活動・体型
肥満は複数の部位のがんのリスクであるが、そのメカニズムは多様である。脂肪組織中に多く含まれる酵素、アロマターゼは、女性ホルモンのエストロゲンを産生し、子宮体がんや閉経後乳がんのリスクを高める。また、インスリンの働きが弱まって(インスリン抵抗性)起こる高インスリン血症は、大腸がんなどのリスクとなる。体型による胃酸の胃食道逆流がもたらす食道腺がんのリスク上昇も報告されている。一方で、日本人などアジアでの研究では、やせによるがんリスクの上昇もみられる。これは、栄養不足による免疫機能の低下や抗酸化物質の欠乏などによるものと考えられ、体型を適正に維持することの重要性が示されている。
運動によるがんのリスク低下については、肥満の改善、インスリン抵抗性の解除、免疫機能の増強、食事の腸内通過時間の短縮、胆汁酸代謝の影響などによると考えられる。運動による結腸がん予防効果はほぼ確実と報告され、閉経後の乳がんへの予防効果についても、可能性が高いとされている。
〔d〕持続感染
感染はがんの主要な原因の一つで、日本ではB型およびC型肝炎ウイルスによる肝臓がん、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がん、ヘリコバクター・ピロリ菌による胃がん、ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)による成人T細胞白血病・リンパ腫(しゅ)が知られている。このほか、エプスタイン・バーウイルス(EBV:Epstein-Barr virus)による悪性リンパ腫や鼻咽頭がん、ビルハルツ住血吸虫による膀胱がんなどがある。対策として、検診による持続感染者の検出、ワクチン投与による感染予防や、感染体の駆除(抗ウイルス療法、抗菌療法など)が行われる。
〔e〕職業・環境汚染
ある種の職業では、発がんリスクが高くなることが知られ、職業がんとよばれている。発がん物質と直接接する皮膚、吸入経路の鼻腔、喉頭、肺、胸膜、さらに排泄(はいせつ)経路の尿路系での発生が多い。アスベスト(石綿)の職業曝露による肺がんと中皮腫や、ベンジジン、2-ナフチルアミンによる尿路系腫瘍(しゅよう)、クロム酸塩、重クロム酸塩による肺がんと上気道のがん、煤(すす)、鉱物油、タール、ピッチ、アスファルト、パラフィンによる肺がんと皮膚がんなどが報告されている。がんの発生には曝露から一定の潜伏期間を要するため、過去の曝露が現在・未来のがんを生み出すリスク要因となる。アスベストの場合、対応の早かったアメリカは2010年ころに中皮腫発症のピークを迎えているが、ヨーロッパでは2020年ころ、さらに対応の遅れた日本では2030年ころにピークを迎えることが見込まれている。また、2012年に日本において、塩素系有機洗浄剤を使用してきた印刷工場の従業員が高濃度で胆管がんを発症していることが報告され、ジクロロプロパンが発がんに関与していると考えられている。
大気や空気、水、土壌中の発がん物質によっても、発がんのリスクは高まる。工場の排気や自動車の排ガスなどに含まれるベンツピレン、ベンゼン、クロムなどは、先進国の肺がんの原因の5%未満になると推計される。フロンガスによるオゾン層の破壊は、紫外線の増加をもたらし、欧米やオーストラリアにおいて皮膚がんのリスク上昇が問題になっている。バングラデシュ、台湾、アルゼンチン、チリなどでは、ヒ素含有量の多い井戸水の利用で膀胱・皮膚・肺がんのリスクが上昇している。日本においても、食品からのヒ素摂取は喫煙男性の肺がんのリスクを上げることが示唆されている。
自然界や職場、医療などで発生する電離放射線被曝は、白血病、乳がん、甲状腺がんなどのがんリスクを高める。広島・長崎の原爆被爆者約5万人を対象とした追跡調査(1950~2000年)では、白血病による死亡が204人であり、このうち46%が原爆放射線に起因すると推計されている。爆心地から近く、強い線量になるほどリスクの上昇が認められている。
〔f〕医薬品の副作用
ジエチルスチルベストロール(DES)は流産予防に用いられていた薬剤であるが、投与を受けた母親から生まれた女児に腟(ちつ)がんがみられたことから、1971年に妊婦への使用が禁止された。フェナセチン含有解熱鎮痛薬についても、長期服用による腎(じん)障害や腎盂(じんう)・膀胱がんのリスクを考慮し、2001年に製造中止となった。
婦人科領域で処方される女性ホルモン剤によるホルモン関連がんへの影響、抗がん薬使用による白血病や悪性リンパ腫などの二次がんのリスク、臓器移植後の免疫抑制薬の長期服用による悪性リンパ腫やカポジ肉腫のリスクが上昇することが明らかになっている。ただし、薬剤の使用によりがんになる人の割合は、使用しなくてもがんになる人の割合と比べかならずしも高くはないことから、薬剤のメリットとのバランスを考えた使用が求められる。
[渡邊清高 2017年11月17日]
〔a〕遺伝素因
がんは多要因疾患であり、遺伝素因と環境要因が組み合わさることで発生リスクが高くなったり低くなったりする。
北欧で同性の双子4万5000組を追跡し、一卵性と二卵性での同一部位のがんにかかる率から、遺伝素因の大きさを推定した研究がある。検討した11部位のうち遺伝素因の影響が統計学的に明らかなのは、前立腺、大腸、乳房の3部位であった。一方、双子の1人がこれら3部位のがんにかかった場合に、もう1人が75歳までに同じがんにかかるリスクは、遺伝子が100%一致している一卵性でも1~2割にとどまっていた。これは、同じ遺伝素因があっても、環境素因の影響によって発がんに至る可能性が異なることを示している。
血縁者に同じがんが発生する場合、遺伝子の類似性だけでなく、生活習慣の類似性といった環境要因についても考慮する必要がある。さらに、飲酒のように遺伝素因によってアルコール代謝酵素の活性が決まり、生活習慣が規定されるものや、発がん物質に対する代謝酵素の遺伝子のタイプ(遺伝子多型)によって、活性化や解毒の能力に違いがみられ、遺伝素因が環境要因の影響を修飾するものが知られている。
遺伝素因の解明を目的としたゲノム研究の進歩によって、がんの原因となる遺伝子変異の一部が同定されている。代表的な遺伝性腫瘍である家族性大腸腺腫症は、がん抑制遺伝子であるAPC遺伝子に生まれつきの変異があり、常染色体顕性遺伝する。原因遺伝子をもっている場合、生涯を通じて大腸がんを発症する確率は90%以上といわれる。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群は、若年で乳がんや卵巣がんを発症しやすく、両側の乳房や卵巣に発生する可能性が高い。BRCA1、BRCA2という原因遺伝子が同定されている。こちらも常染色体顕性遺伝であるが、保有者が生涯に乳がんを発症するリスクは、日本においては正確な推計はなされていない。これらの遺伝子変異が検出された場合は早期のフォローアップが必要となるが、100%発症するわけではないため、環境要因により発症を予防できる可能性があることにも留意する必要がある。
遺伝子検査は、自費診療として一部の施設で行われているが、これには検査の目的、方法、予想される検査結果、内容(想定される利益や不利益を含む)、精度、取り得る選択肢、リスクなどの正確な情報について、十分なインフォームド・コンセント(説明と同意)が行われる必要がある。そのうえで、遺伝カウンセリングを含めた総合的な臨床遺伝医療を行う体制(複数の分野の専門医師、医師以外の医療職種を含めたチーム医療として、フォローアップを含めて継続的に診療を行うことのできる体制)のもとで実施されるべきものである。
〔b〕分泌異常
エストロゲン、プロゲステロン、アンドロゲンなどの性ホルモンは、乳房、子宮体部、卵巣、および前立腺のがんの発症に重要な役割を果たしていると考えられる。乳がんの場合、罹患率は閉経までは年齢とともに一定の上昇傾向にあるが、閉経とともに低下傾向となる。初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、出産歴がない、初産年齢が遅いことが危険因子であり、女性ホルモンと密接に関係している。
治療に用いられるホルモン剤や抗ホルモン剤は、一部のホルモン関連腫瘍のリスクを高める一方で、別の部位のがんリスクを低下させる。更年期障害に対し行われるホルモン補充療法では乳がん、静脈血栓塞栓(そくせん)症、脳卒中のリスクが高くなり、卵巣がん、肺がん、冠動脈疾患のリスクを高める可能性があると報告されている。また、抗エストロゲン薬として乳がんの治療に用いるタモキシフェンは、乳がんリスクを低下させる一方で、子宮体がんのリスクを高める。
食べ過ぎや運動不足などによりエネルギー摂取が消費を上回る状態が続くと、高インスリン血症や高インスリン様成長因子Ⅰ(IGF-Ⅰ)血症をきたし、脂肪組織の炎症や細胞増殖因子の活性化を介して、大腸がんや前立腺がんのリスクを高めると考えられている。
〔c〕免疫の異常
免疫不全は生まれながらの原発性免疫不全症候群と、エイズ(AIDS)のように後天性のものに大別されるが、いずれもがんを発症しやすいことが知られている。発がんはウイルスなど感染因子によるものもあり、免疫不全では腫瘍免疫の低下や持続感染による慢性炎症が、がん化の背景と考えられている。免疫不全状態にあると、がん細胞を非自己として免疫学的に排除することができず、がん細胞が増殖して宿主を侵すことにもなる。
HIV感染者に生じるものには、エイズ診断指標に含まれるエイズ関連悪性腫瘍とそれ以外のものに分けられる。前者にはカポジ肉腫、非ホジキンリンパ腫、中枢神経原発悪性リンパ腫、浸潤性子宮頸がんの4種類がある。
[渡邊清高 2017年11月17日]
国立がん研究センターの研究グループは、がんの原因やリスクを調べた国内の疫学研究を系統的に収集し、主要なリスク要因について、個々の研究についての関連の強さの確認とエビデンス(科学的根拠)としての信頼性の総合評価を行っている。
2016年8月の時点で、確実にリスクを高めるものとして、全がんに対する喫煙、飲酒、肺がんの喫煙、受動喫煙、肝臓がんの喫煙、飲酒、B型およびC型肝炎ウイルス感染、胃がんの喫煙とヘリコバクター・ピロリ菌感染、大腸がんの飲酒、乳がんの閉経後の肥満、食道がんの喫煙、飲酒、膵がんの喫煙、子宮頸がんの喫煙、ヒトパピローマウイルス(16、18型)感染などがある。一方、ほぼ確実にリスクを下げるものとしては、肝臓がんのコーヒー摂取、大腸がんの運動、食道がんの野菜、果物の摂取があげられている。これらをまとめた「日本人のためのがん予防法」が提示されている(後述)。
[渡邊清高 2017年11月17日]