通信機械工業(読み)つうしんきかいこうぎょう

日本大百科全書(ニッポニカ)「通信機械工業」の解説

通信機械工業
つうしんきかいこうぎょう

有線通信機器、携帯電話、無線通信機器、ネットワーク関連機器(交換機・搬送装置)、ラジオ、テレビ、ビデオ機器、交通信号・保安装置、デジタルカメラ、電気音響機器、電子計算機等を生産する工業。

[大西勝明 2022年7月21日]

沿革

明治に入り、日本でも電信電話事業が重視され、1873年(明治6)には政府により製機所が設立されている。この製機所の技術者が日本の通信機械工業の形成に先駆的な役割を果たした。1875年には田中久重(ひさしげ)が田中製造所(東芝前身)を、1881年には沖牙太郎(おききばたろう)が明工舎(沖電気工業の前身)を、1883年には三吉正一(みよししょういち)(1853―1906)が三吉工場(後の日本電気につながる)を設立している。その後、1923年(大正12)には、1935年(昭和10)に富士通信機製造(後の富士通)を分離する富士電機の設立があった。これらの企業が、ウェスタン・エレクトリック社(アメリカ)やジーメンス社(ドイツ)等の後(こうじん)を拝しながら、1925年のラジオ放送の開始、1930年代の軍需の拡大などを契機に、日本の通信機械工業の中軸となる。

 第二次世界大戦後の通信機械工業は、電話、ラジオ、テレビ等の急速な普及と連動し、躍進してきた。そして、電話機の高性能化、電子式交換機の一般化、ファクシミリ、データ通信の拡充、光通信、衛星通信等情報通信関連技術の発展、携帯電話の台頭等が、通信機械工業の内的変革と社会経済のネットワーク化に貢献している。

 1979年(昭和54)、かつての日本電信電話公社が、セルラー方式での自動車電話サービス、移動体通信を開始している。当初、第1世代(1G)での自動通信システムは音声のアナログでの通信であった。1980年代、通信機械工業は多様な通信機械やファクシミリの生産、輸出拡大に支えられ、持続的な成長を続けた。1985年には、日本電信電話公社が民営化され、日本電信電話株式会社(NTT)となっている。この民営化は、1970年代後半の電話の普及の一巡緊縮財政によって陰りのみえてきた電信電話公社を中軸とした官公需依存体制を根本的に変革するものであった。NTTの発足、民営化とともに始まった自由化は、多数の企業の参入を招き、情報化の進展と国際的規模での企業間競争の展開という新たな環境を招いた。同1985年にはショルダーホンが出現する。1987年には、NTTは電子部品の小型化、LSI化を進め、小型・軽量化した端末機による携帯電話サービスを開始し、1991年には、1Gであったが、超小型携帯電話ムーバ(mova)を発売している。同年、電話機、電話応用装置、ファクシミリ等、電信・画像装置の、通信機械工業全生産額に占める割合は30%を上回っていたが、バブル経済崩壊後、通信機械工業の生産額は低迷し、構造的な変化が起きている。とくに固定電話機の生産縮小が顕著で、かわって移動体通信機が台頭してくる。そして、アナログ方式にかわり第2世代(2G)のデジタル方式による文字の送受信が行われる。1993年(平成5)のNTTドコモに続き、1994年にはIDO(イドー)(日本移動通信。現、KDDI)、DDIセルラーグループ(現、KDDI)およびデジタルホングループ(現、ソフトバンク)が、共通規格PDC方式による携帯電話サービスを開始している。カード式公衆電話の普及、ISDNサービス網拡大によるファクシミリの超高速機の開発、携帯電話の販売自由化に加えて、1995年にサービスを開始したPHS(簡易型携帯電話)の売上げの増加、インターネットの拡大、NTTの交換機デジタル化事業にかかわる設備投資の増大などにより、1997年まで通信機械工業の生産は拡大していた。だが、1998年には、さらに電話機生産が縮小し、NTTの交換機デジタル化事業の完了と関連して設備投資が停滞に至る。1999年には日本電信電話株式会社が分割・再編され、日本電信電話株式会社(持株会社)のもとに東日本電信電話、西日本電信電話、NTTコミュニケーションズの3社が新たに設立されることになる。同年、iモ-ドによるサービスが開始されている(NTTドコモ)。通信機械工業においては、外資系企業の参入もあり、多数の企業間で産業再編成が展開されている。とりわけ、次世代携帯電話をめぐっての国際的な企業間競争が進展している。2000年には、第3世代の移動体通信規格3G・IMT2000が登場する。同年、J-フォンが携帯電話にカメラを、その後、ゲーム機を搭載している。そして、2001年の通信機械工業の生産額のうち、もはや、電話機、電話応用装置、電信・画像装置の生産額は1割にも達していない。かわって、携帯電話・PHS等の移動通信端末が約45%、交換機等有線ネットワーク関連機器が約33%、無線ネットワーク関連機器等が約9.5%を占めることになる。20世紀末、通信機械工業においては、携帯電話を主軸とする体制へと構造的変化が起きた(経済産業省「生産動態統計」)。

 一方、アメリカでは、1990年代、IT革命が出現する。とくに、1993年には、すべてのコンピュータをインターネットで結び、電子商取引や金融を主導産業に育成しようとする「情報スーパーハイウェー構想」が打ち出されている。こうした動向と関連して、プラットフォーマーであるGAFA(ガーファ)(アメリカの主要IT企業グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、計4社の通称)が飛躍し、2007年にはアップルによる革新的なスマートフォンの開発があった。また、中国でも急激な経済成長が続き、BAT(バット)(中国の主要IT企業である百度(バイドゥ)、アリババ、テンセント、計3社の通称)が台頭している。

[大西勝明 2022年7月21日]

現状

2002年(平成14)の日本の通信機械工業は、事業所数2773、従業者数23万0930人、出荷額12兆3673億5300万円となり、その後さらなる規模縮小が進み、2019年(令和1)には事業所数1183、従業者数12万2202人、出荷額6兆7116億0500万円となっている(「工業統計表」4人以上)。2012年ごろから第4世代(4G)へ移行し、さらに、2020年代に入ると高速で大容量、多数同時接続、低遅延を特徴とする第5世代(5G)の時代へと移っている。5Gは4Gの最大100倍程度の通信速度で、遅延が少なく、多くの端末機の同時接続が可能で、IoT(モノのインターネット)、医療や建設現場、監視カメラ等に活用されている。また、手元の機器にアプリを低遅延でインストールできることから、多くの機器をネットワークで接続し、自動車の自動運転にも活用されている。そして、通信可能エリアが狭いという難点を有しているが、固定通信で大規模な交換機が担っていた回線の制御がソフトウェアで対処可能となり、設備の簡素化が図られている。

 輸出入は不振で、部品、ネットワーク関連機器、携帯電話を中心にアジア、北米、ヨーロッパへの依存度が強く、2020年には輸出2823億9000万円に対して、輸入は2兆6656億2600万円である(情報通信ネットワーク産業協会)。2020年には楽天モバイルが移動体通信サービスを開始している。また、2030年ごろの第6世代への移行を見越して、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が次世代通信規格6Gに対処する官民共同の研究施設を発足させているし、産官学連携で小型衛星を活用した安定した次世代通信網の構築にも着手している。さらに、6G以降の重要技術とされる電力消費を抑えた革新的な通信網の実現を目ざすIOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)構想も具体化している。

[大西勝明 2022年7月21日]

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