進歩の観念(読み)しんぽのかんねん(その他表記)idea of progress 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「進歩の観念」の意味・わかりやすい解説

進歩の観念
しんぽのかんねん
idea of progress 英語
idée de progrès フランス語
Fortschrittsgedanke ドイツ語

人類の文化は、科学的知識の面でも、また道徳的・社会的意識に関しても、時代の進展とともに、しだいにより完全なものに進歩、発展していくという、きわめて楽観的な見方。17世紀のパスカルは、自然研究の分野における無限な進歩を構想した。科学的知識や技術の進歩を人類の道徳的進歩や幸福の増大と結び付けたのは、18世紀の啓蒙(けいもう)思想家たちで、そのなかでも立役者コンドルセであった。19世紀になっても、コントの人間知識の三段階発展説やヘーゲルマルクスの進歩主義的歴史観など、さまざまの形に姿を変えてこの観念は生き続けている。

 しかし、20世紀になって、近代合理主義限界が意識され始めた時点において、ようやくこの観念は幻影ではなかったかという疑惑ないし反省が生じつつある。

[伊藤勝彦]

『ビュアリー著、高里良恭訳『進歩の観念』(創元文庫)』『コンドルセ著、渡辺誠訳『人間精神進歩史』全2冊(岩波文庫)』『伊藤勝彦編『思想史』(1972・新曜社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「進歩の観念」の意味・わかりやすい解説

進歩の観念
しんぽのかんねん
idea of progress

人類および人類の形成する歴史は,より高く,より完全な状態へと不断に進行しつつあるとする信念で,近代ヨーロッパの市民社会,精神を特色づける。この考えは中世を支配した摂理の観念に対立しこれを克服するものとして近世初めに現れ,合理主義,科学上,技術上の諸発明,発見,地理上の発見などによって確信的なものとなった。デカルト的合理主義を基礎とし,その前進の仕方は合法則的かつ予見可能なものと考えられ,啓蒙時代にはテュルゴーコンドルセたちによって体系化されたが,その予見はいまだ経験的,帰納的なもので,進歩の法則を科学的に発見しなかった。サン=シモンの「二段階の法則」や A.コントの「三段階の法則」はその発見とみられた。またカントからヘーゲルにいたるドイツ観念論者たちも進歩の観念を受入れ,歴史を理性実現の場としたヘーゲル弁証法は特に有名である。この考えは社会進化論や世紀末思想の出現によって凋落の兆しをみせ,特に第1次世界大戦以後 O.シュペングラートインビーの著作の出現にみられるようにその座を失いつつある。

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世界大百科事典(旧版)内の進歩の観念の言及

【社会発展】より

…この進化の過程がより望ましく,よりすぐれた社会状態に向けての変化としてとらえられるとき,それは社会進歩と呼ばれる。この〈進歩の観念〉は啓蒙主義に由来しており,社会の無限の進歩と人間の完成可能性という,当時勃興しつつあった市民階級の楽観主義的な歴史意識と理性への信頼を基礎にしている。こうした伝統に立って,たとえばコントは社会の進歩は知識の進歩によって決定されるとし,サン・シモンにならって人間の知識の発展を神学的→形而上学的→実証的の3段階に分け,社会構造も知識の発展に応じて憶測的知識の支配する軍事的時期から抽象的知識が支配する法律的時期を経て,科学的知識が支配する産業的時期へ進歩するとした。…

【進歩】より

… この意味での進歩が人類史に関して自覚されるようになったのは,近世,とくに18世紀以降のことであった。それが〈進歩の観念〉である。当初,それは運命観念や回帰的歴史観が支配的であった古代の世界観や,キリスト教的な〈摂理の観念〉に対抗して生まれてくる。…

※「進歩の観念」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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