翻訳|hypnotherapy
催眠の特性を利用することによって行う心理治療の総称。これには、催眠そのものが治療効果をねらうものと、催眠を利用することにより他のさまざまな心理療法の効果をいっそう高めようとするものとがある。また、催眠というとき、普通は他者催眠、すなわち催眠者が被催眠者に働きかけて催眠法を行うものをさすが、それ以外に、自己催眠、すなわち自分が自分に催眠法を行うものもある。多く心理療法は他者による治療だから、これが他者催眠と結び付く。自己催眠は催眠自体の治療法のうち自己治療と結び付きやすい。
[成瀬悟策]
他者催眠・他者療法のうち広く行われるものは、精神分析を催眠中に行う催眠分析で、それには、正統的な精神分析の途中、一部分を催眠中に行うようなものと、そのほとんどを催眠中に進めるものとがある。また、催眠中のあらゆる現象をその時点時点で活用しながら治療を進めるものもあれば、催眠トランスtrance中に普通のカウンセリングを行うだけのものもある。
精神分析と対置される行動療法も、催眠のトランス中に行うことにより、効果のあがりやすいことがわかっている。ことにイメージが催眠中に出現しやすいことから、精神分析も行動療法も、ともにそれが盛んに用いられる。催眠中には心身の深いリラクセイションrelaxationができやすいことと、暗示がさまざまな形で有効なので、行動療法ではこれが活用される。
催眠誘導の過程、すなわち正常覚醒(かくせい)の状態からトランスに移行していく途中には、クライアントclient(相談者)の心のなかで非常に多様で大きな変化がおこる。治療者との人間関係、現実との接触、非現実世界の受容や適応などの体験は、それ自体が心理治療の要因と一致する。精神分析では感情転移とその抵抗などの取扱いにこれを利用する。現実と非現実との関係は、行動療法でリラクセイションとともに利用して効果をあげている。
[成瀬悟策]
自己催眠は主として自己治療と結び付けられることが多く、その代表的なものはシュルツの自律訓練法で、その標準練習は心身症に広く適用されている。イメージによる黙想練習は精神分析にも行動療法にも用いられるが、特殊な暗示練習は新しい形の自己コントロール療法を生み出している。成瀬の自己治療法は自分で心身の弛緩(しかん)を図るリラクセイション、心を静め注意集中により瞑想(めいそう)状態に入っていくメディテイションmeditation、生き生きした心像が心に浮かぶようにするイメージimage、予想される現実場面をあらかじめイメージで心に描いて予演するメンタル・リハーサルmental rehearsal、実際にからだを動かして練習するのではなく、心のなかでイメージにより練習するメンタル・プラクティスmental practiceなどを通して、現実適応のための自己変革を目ざす新しいタイプの人間学的心理療法として特徴づけられる。
[成瀬悟策]
『成瀬悟策著『催眠面接法』(1968・誠信書房)』▽『成瀬悟策著『自己コントロール』(1969・講談社)』▽『J・H・シュルツ、成瀬悟策著『自己催眠』(1963・誠信書房)』
催眠を用いた治療の総称。治療者が患者に対して行う場合を他者催眠,患者自身で行う場合を自己催眠という。治療の目的や方法によりさまざまな治療法がある。代表的な治療法として,他者催眠では,暗示によって直接,症状を除去しようとする方法を暗示療法suggestion therapyといい,古くから広く用いられてきた。症状の除去のみならず,痛みの軽減など感覚閾値(いきち)を変化させる暗示を与えることによって,手術などの治療法の補助的手段としても用いられる。催眠と精神分析治療を結びつけた治療法は,催眠分析hypnoanalysisと呼ばれている。通常,覚醒時に行う自由連想法や夢の分析など精神分析技法を催眠状態下で行う場合と,覚醒時に強い抵抗が生じたとき,催眠の導入によって抵抗を弱めるために用いる場合がある。いずれの場合も無意識の諸問題を比較的容易に把握しようとするものである。なお,アミタールなどの薬物によって抵抗や抑圧をとり除こうとする麻酔分析も催眠分析と呼ばれることがある。自己催眠では,系統的練習を通して,心身の安定や調整をはかろうとする自律訓練法がよく知られている。ドイツの医師J.H.シュルツによって考案されたこの治療法は,筋肉や血管の弛緩のもつ心理的効果と生理的効果を重視し,患者自らが段階的な練習を通して,全身の弛緩を修得していくものである。ヨーガや座禅など自己催眠に類した治療法は,古くから世界各地で用いられている。
→催眠
執筆者:秋谷 たつ子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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