金融理論(読み)きんゆうりろん

改訂新版 世界大百科事典 「金融理論」の意味・わかりやすい解説

金融理論 (きんゆうりろん)

金融は,その言葉が示すとおり,お金を融通することに関することである。したがって,金融理論は貨幣や信用に関する理論的な解明を試みるものである。貨幣や信用はわれわれの日常生活に欠かせないきわめて重要な役割を担っているが,それらがわれわれ国民の福祉に直接関係をもつ理由は,貨幣的な現象が生産とか雇用とかいった実物的な現象に大きな影響を与えるためである。また貨幣や信用が価値をもつのは,それが物に変わるからである。したがって,金融理論の研究にあたっては,経済の表面に貨幣や信用として現れるものの背後にある経済の実物的側面,すなわち雇用や実質所得等の動きに十分注意を払わなければならないのである。

さて,金融理論の対象は,まず第1に,われわれが保有する資産や負債性質,金融資産の性質を明らかにすることにある。とくにその中で価値尺度,取引手段,そして富の保蔵手段として重要な役割をはたす貨幣の性質が論じられる。なぜ貨幣がこの世の中に用いられるようになり,また何が貨幣として選ばれるのか,その貨幣がどのような社会的機能をはたし,そして人々がどのような動機で貨幣を保有するかなどが金融理論の一つの大きな研究対象である。また,実物財相互の相対価格の問題を取り扱う一般均衡モデルに対して,貨幣の導入がどのように行われるかも金融理論の対象とする重要な問題である。第2の対象は,家計や企業などの経済主体がどのような形で金融資産を保有したり,金融負債を負ったりするか。そして,それがどのように消費や投資などの日々の経済活動の決定に影響を与えていくかという問題である。つまり,個別主体の金融行動の分析である。金融資産保有の理論は資産選択理論という形で展開され,金融理論の理論的基礎となりつつある。第3に,これらの経済主体は貯蓄を行ったり,投資を行ったりするが,貯蓄主体から投資主体への資金の移転を可能にするのは銀行,信託,保険,投資信託等の金融仲介機関である。そして,金融理論の一つの目的は,このような金融仲介機関の働きを明らかにするところにある。そして,金融仲介機関の中でも,とくに貨幣を債務として発行できる銀行の役割が詳しく論ぜられる。

 最後に,金融理論はこのような金融現象がどのような経路を経て実物経済に影響を与えていくか,そして,金融政策がどのような経路を経て実物経済に効果を及ぼすかを明らかにしようとする。さて,金融現象と実物経済の相互依存関係に対しては大別して,次の二つの考え方の流れがある。

第1は,古典学派からピグーらの新古典学派を経て,現在M.フリードマンらによって主張されている貨幣数量説ないし,その現代版であるマネタリズムの考え方である。この考え方によると,われわれの実物経済は価格メカニズムによって規定され,実物的な現象は実物的な財の相対価格によって決定される。そして,それに名目的な価格をつけるのが貨幣の中心的役割である。したがって,この考え方によれば貨幣的現象は実物的な現象をおおう名目的なベールにすぎない。そして,貨幣の需給に関する分析が金融理論のもっとも重要な主題であるとされるのである。

 第2の立場は,ケインズの《一般理論》(1936)以来の考え方であって,価格メカニズムは必ずしも資源の完全な利用を達成するとは限らず,現代社会はたえず資源の不完全利用の危険にさらされているという認識から出発する。金融現象と実物現象は,金融が単なる貨幣的な名目価値を与えるという形でなく,国民経済の実体的側面,とくに雇用や国民所得の水準に貨幣量や利子率といった貨幣的な要因が影響を与えることを強調する立場である。ケインズとその後継者たちは,政策論としては金融政策よりも政策手段としての財政政策の重要性を強調したが,ケインズの《一般理論》の本質は金融的な側面と実物的な側面を一体化してみるところにあったといえよう。ケインズにはじまるこの流れは,経済活動に対するストックとしての資産選択を重視する立場によって受けつがれた。J.トービンらは,資産選択理論に基づいて,貨幣のみならず貨幣,公債,社債,株式などのさまざまな資産の量と構成がわれわれの経済活動に及ぼす影響に興味を集中する。金融理論の最近の発展は,この資産選択理論の発展に負うところが多い。

 このようなマネタリストによる金融理論とケインズ派による金融理論の差異は,マクロ経済学の諸論争とも関係している。マネタリズムが貨幣供給を一定率で増加させるといったルールに基づく自律的政策を主張するのに対して,ケインズ派の金融政策論は経済政策の裁量的な政策,金融資産のスペクトルを左右することによって経済活動の水準に対する微調整の可能性と必要性を認めるのである。
金融 →資産選択理論 →流動性選好理論
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資本主義経済が発展し,その諸現象の理論的把握が試みられるようになると,貨幣やその貸借なども当然考察の重要な対象になった。《経済学原理》(1767)を著したJ.スチュアートはその集大成をとげた学者である。しかしその後,A.スミス(《国富論》1776)からD.リカード(《経済学と課税の原理》1817)へと,価値論にもとづく分配論の体系化が進むにつれて,貨幣や信用に関する議論はそこから遊離した地位におかれるようになり,後に〈貨幣ベール観〉と呼ばれるような,貨幣が経済システムにとって本質的でないような扱いをうける傾向が生じた。それと裏腹に,近代的金融制度の本格的発展のなかで行われた金融分野の研究は古典派経済学の理論的体系化とは別の流れを形づくるようになった。このような状況下で,価値論を基礎とする経済学の一貫した体系の中に金融理論をもう一度織りこむことを目指したのがK.マルクスである。1867年に第1巻が刊行された《資本論》は未完成に終わるが,友人F.エンゲルスが編集した続巻を含む全3巻の体系の中では,貨幣や信用・利子の議論が他と不可分の重要な構成部分をなしている。

 貨幣は,まず,貸借を前提としてではなく,金のような一つの商品が貨幣という独特の地位におかれる論理を明らかにする,というかたちでとらえられる。次いで,貨幣の諸機能が,基本的なものから発展したものへと順次関連づけられるが,そこで,その機能のあるものは一定の条件のもとで金貨幣の現実的登場をまたずに行われることが示され,紙幣,信用とその決済などの概念も明らかにされる(第1巻冒頭部分)。ところで,〈増大する価値の運動体〉である資本は生産過程を内部にとりこむことによって価値増大を続ける一般的・社会的基礎を与えられるが,その価値増大の効率にとっては,生産過程だけでなく流通過程で要する時間や費用も重要である。これらの要因を明らかにすることが,商業や金融の働きを理解する前提になる(第2巻)。産業資本や商業資本にとっての金融の役割は,まず,売手と買手との間の信用(商業信用)という単純な関係から解明され,次に,その限界をこえるものとして銀行信用の役割が説かれる。さらに,銀行と銀行との間の貸借関係も問題になり,全体として,金貨幣はおもに中央銀行に準備として集中され,それを基礎としつつその何層倍もの〈貨幣資本〉が銀行券や預金などの信用貨幣のかたちをとって形成されるという,信用制度の構造も明らかにされなければならない。そして,この貨幣資本の蓄積と実物資本の蓄積との関係,利子率と利潤率との関係,景気循環における金融の役割などが次の課題になる。なお,利子が,資本家的活動の成果とみなされる企業者利得と分離されて,資本そのもののもたらす果実とみなされる関係が,資本主義社会の経済主体の認識に対してもつ意味(資本主義社会の物神崇拝的性格)の解明も重要な論点の一つである(第3巻1)。

 このような,資本主義一般に通ずる理論レベルでのマルクスの成果を基礎として,重工業の発展やドイツ,アメリカの台頭という19世紀末以降の資本主義の新たな発展に対応して,〈金融資本〉,すなわち株式会社形式をとる大産業企業と銀行の融合による独占体を形成する資本,の金融を理論化する試みを展開したのがR.ヒルファディング(《金融資本論》1910)であった。また,これらの成果を継承しつつ,金本位制度から管理通貨制度へと変わった現代の新しい現象を射程に入れた金融理論の研究が,とくに第2次大戦後の日本で活発に行われている。その多彩な研究の源流的な地位にある学者として,宇野弘蔵,岡橋保,川合一郎などが挙げられよう。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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