コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

鍵屋 カギヤ

3件 の用語解説(鍵屋の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

かぎ‐や【鍵屋】

江戸の花火製造元の屋号。万治2年(1659)初代の鍵屋弥兵衛によって創設。玉屋と並称され、両国川開きの花火で有名。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

かぎや【鍵屋】

江戸の花火屋の屋号。鍵屋弥兵衛が1659年に創業。玉屋とならび称された。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鍵屋
かぎや

江戸時代、両国の川開きにあげる仕掛け花火の製造元で、草分け的存在である。1658年(万治1)に大和(やまと)国(奈良県)の篠原(しのはら)(現五條(ごじょう)市大塔(おおとう)町篠原)から江戸に出てきた初代の鍵屋弥兵衛(やへえ)が、幕府の狼烟(のろし)方の打上げを見て玩具(がんぐ)花火を考案したという。1717年(享保2)水神祭の夜、余興として献上花火を打上げたのが、納涼花火の起源である。店は日本橋横山町にあった。6代目のとき番頭清吉を分家し、両国吉川町に「玉屋」をもたせ、以後この2軒で両国橋の上下流を二分して請け負った。趣向を凝らした華麗な花火は、見物人から「鍵屋!」「玉屋!」と掛け声がかかり、まさに江戸の名物であった。のちに玉屋は出火により断絶、鍵屋のみが明治まで続いた。[稲垣史生]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の鍵屋の言及

【花火】より

…大花火には〈しだれ柳〉〈大桜〉〈天下泰平の文字うつり〉〈流星〉〈ぼたん〉〈ちょう(蝶)〉〈ぶどう〉などがあり,見物人は両国橋界わいに集まるほか,屋形船を浮かべてこれを見物した。両国横山町の鍵(かぎ)屋,鍵屋から別家した両国吉川町の玉屋がその花火の製造元であった。 日本で花火の色彩が明確に現れはじめたのは,塩素酸カリウムが輸入されるようになってからで,1879年ころからといわれ,その後つぎつぎと新しい化学薬品が導入されるようになった。…

※「鍵屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

鍵屋の関連キーワード鈴木英仲打上げ花火古梅園手花火花火師万治日本煙火協会全国花火競技大会(大曲の花火)鍵屋弥兵衛(初代)棚橋通治

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

鍵屋の関連情報