内科学 第10版 「食道炎・食道潰瘍」の解説
食道炎・食道潰瘍(食道疾患)
食道は咽頭を介して外界に接している.このため嚥下物の物理・化学的刺激によって損傷を受け炎症を起こしやすい.また病原微生物の感染にもさらされやすい.さらに食道は強力な消化力を有する胃液を産生する胃に直接接しているが,胃液から粘膜を防御する粘液や重炭酸の分泌力が弱いため胃液の食道内への逆流と長時間の停滞によって粘膜の損傷と炎症が引き起こされ,びらんや潰瘍が形成されやすい.
分類・病因
食道炎とその結果生じる食道潰瘍は原因によって表8-3-2のように分類される.この中で,食道炎の原因として最も高頻度にみられるものは胃食道逆流症である.また近年,患者数の増加のために注目されているのが好酸球性食道炎である.
1)胃食道逆流症:
胃内容物が食道内に逆流し長時間停滞することによって食道粘膜が刺激され不快な症状が出現したり,食道に損傷が生じる病態を包括して胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease:GERD)とよぶ.胃食道逆流症は食道に限局性の発赤やびらん,潰瘍を有する逆流性食道炎と,これらの病変が発見されないにもかかわらず強い胸やけや呑酸症状を訴える非びらん性胃食道逆流症に分けられている. 胃食道逆流症はきわめて高頻度にみられる疾患であり,一般人口の10〜20%程度にみられる.また最近,Helicobacter pylori感染陽性者の減少による日本人の胃酸分泌能の増加と食生活の欧米化(高脂肪,高蛋白食)に伴って増加傾向にある. 胃粘膜は,粘液分泌細胞が分泌する糖蛋白を主成分とする粘液によって厚く覆われている.このため,胃液中の蛋白分解酵素であるペプシンは上皮細胞に到達できず,上皮細胞はペプシンによる消化から守られている.さらに,粘膜上皮は表面を覆う粘液層中にHCO3-を分泌し,粘液層中に胃内腔より拡散してくるHClを中和している.このような防御機構によって,胃粘膜は細胞傷害性,消化力の強い胃液が存在しても損傷を受けることがない.一方,食道の重層扁平上皮は防御機構が弱く,胃液に長時間接触すると粘膜上皮が傷害を受ける.傷害を受けた食道粘膜には強い炎症が起こり,びらんや潰瘍が形成されれば逆流性食道炎とよぶ.
一方,炎症が弱く胸やけなどの逆流症状と粘膜の発赤や白濁は出現するが,びらんや潰瘍のない状態を非びらん性胃食道逆流症とよんでいる.食道胃接合部には食道平滑筋と横隔膜脚によって形成される高圧帯が存在し,下部食道括約筋部(LES)とよばれている.この部位が胃内容の食道への逆流を防ぐ逆流防止機構として重要であるが,ここに機能障害が起こり逆流を防止できなくなると,胃液が食道内に高頻度に逆流し食道粘膜に炎症が起こる. 滑脱型の食道裂孔ヘルニアが存在すると胃内容物の食道内逆流が起こりやすくクリアランスも低下するため食道粘膜に傷害が発症しやすい.食道は蠕動運動と嚥下した唾液の洗浄・中和作用によって逆流胃液を胃内に排出するクリアランス能を有するが,この機能が低下していると逆流胃液が食道内に停滞しやすく食道の炎症は高度になりやすい.下部食道括約筋部の障害が強くLES圧が0 mmHgに近いと臥位や前屈位となっただけで胃食道逆流が起こり,LES圧が正常より低いとき腹圧が上昇するような行為を行うと胃食道逆流が起こってしまう.
また,LESの静止圧が正常でも,食道体部に蠕動性収縮が起こっていないときに下部食道括約筋部が拡張する一過性下部食道括約筋弛緩(TLESR)が起こると胃食道逆流が起こる.TLESRの出現には近位胃の伸展やコレシストキニンが関与するため,TLESRは食後に出現しやすく,胃食道逆流も食後に起こりやすい.また,強皮症,CREST症候群では食道の運動障害を伴いやすく逆流性食道炎を合併しやすい.
2)胃切除後の逆流性食道炎:
胃切除後であれば胆汁や膵液の食道内逆流が胃液に加えて起こりやすいため,食道粘膜が塩酸やペプシン以外の消化液で傷害されることもある.
3)感染性食道炎:
食道は重層扁平上皮でおおわれているため感染に対して抵抗性が強い臓器であると考えられている.しかし免疫不全の患者,グルココルチコイドや免疫抑制薬を投与中の患者では,日和見感染としてカンジダやサイトメガロウイルス,ときにはヘルペスウイルスの感染が起こり,炎症やその結果潰瘍が形成されることがある.
4)全身疾患による食道炎:
Behçet病やCrohn病などにより食道粘膜に潰瘍が形成されたり,天疱瘡に伴って上皮の一部の剥離が起こったりすることがある.
5)薬剤の食道内停滞,腐食性薬剤の誤飲:
高齢者では食道体部の蠕動運動能は低下している.また,唾液の分泌量も低下していることがある.このような例が大型のカプセル剤や錠剤を内服すると,薬剤が食道壁に接着して食道粘膜局所が高濃度の薬剤に接触し傷害が誘発されることがある. また,腐食性のある酸,アルカリなどを誤って飲用した場合にも食道粘膜に損傷が生じる.
6)好酸球性食道炎:
食道粘膜上皮に多数の好酸球が浸潤して慢性の炎症を起こし,食道の知覚と運動に障害を及ぼすアレルギー性の疾患を好酸球性食道炎という.アレルギー性疾患の増加に伴って有病率が増加している.
臨床症状
1)自覚症状:
胃食道逆流症では胸やけ(前胸部が下から上へと熱くなるような感じ)や呑酸(胃から口の方へ液体が上がってきて酸味や苦味を感じる)を訴えることが多く,これらは定型症状とよばれている.これらの症状は食後に出現し,胃体部を伸展させる大食後やコレシストキニンの分泌を起こしやすい高脂肪食の摂取後に出現しやすい.さらに,横臥位,前屈位,腹圧上昇時にも出現しやすい.また,狭心症様の胸痛,咽喉頭違和感,慢性咳,咳払い,嚥下障害などの非定型症状を有する場合もある.
感染性の食道炎では,胸痛,嚥下痛を訴えることが多い.物理,化学的刺激によるものでは,はっきりとした誤飲の病歴があり,その後急に胸痛や嚥下障害を起こしてくる.
好酸球性食道炎では発症は比較的ゆっくりで,胸やけ,胸痛が初期症状となり進行すると食べ物の胸部でのつまり感や嚥下障害を訴える.好酸球性食道炎例の半数は喘息をはじめとするアレルギー疾患を有する.
2)他覚症状:
逆流性食道炎では他覚症状は多くの場合ないが,潰瘍が深くなり出血すると吐血,瘢痕収縮のため食道が狭窄すると嚥下障害や嘔吐が出現する.感染性食道炎の場合は発熱などの感染に伴う全身症状がみられることがある.
検査成績
胃食道逆流症では血液検査や尿検査に異常がみられることはない.内視鏡検査を行えば,下部食道粘膜に炎症に伴って発赤や白濁がみられる.また炎症が強くなると食道胃粘膜接合部直上の食道粘膜に縦走のびらんや潰瘍を認め,胃食道逆流症の中でも逆流性食道炎とよぶ.逆流性食道炎の重症度は内視鏡検査で観察される食道粘膜傷害の程度により分類されることが多く,Los Angeles分類(表8-3-3)として知られている.Los Angeles分類A/Bの軽症例では,日中食後に胃食道逆流が多く病変は食道の右前壁に多い(図8-3-6).一方,C/Dの重症例では夜間の胃食道逆流が多く病変は食道の後壁に多い. 24時間胃食道内pHモニタリング検査は経鼻的に挿入するカテーテルにpHセンサーをつけたもので,胃,食道内の任意の部位のpHを24時間にわたって連続して記録することができる(図8-3-7).これを用いると,食道粘膜が胃酸にさらされている時間を判定することができる.健常者であれば食道内のpHが4以下となる時間は全測定時間の5%以下であるが,逆流性食道炎,非びらん性胃食道逆流症例では5%以上となることが一般的である.感染性食道炎でも食道のX線造影検査や内視鏡検査は重要で病変の形態的特徴から病原微生物を判定できることが多い.しかし常に病原体に特異的な食道病変が存在しているわけではなく,確定診断のために病変部の生検組織より病理組織検査,培養,PCRなどによって病原微生物を同定するか,血清学的な診断を行うことが必要となる場合も多い. 好酸球性食道炎では,血液検査を行うと30%の例で好酸球増加を70%の例でIgEの増加を認める.内視鏡検査を行うと,食道粘膜に縦走溝,白斑,輪状狭窄などの特徴的な異常を認め,生検を行うと食道粘膜上皮内に多数(20個以上/高倍率視野)の好酸球の浸潤を認める.
診断・鑑別診断
胸やけ,呑酸,胸痛,嚥下障害,嚥下時痛,一般的な治療に抵抗する慢性咳や咽喉頭部違和感などを訴える例では内視鏡検査が行われる.内視鏡検査によって食道に炎症,びらん,潰瘍を発見した場合は感染性のもの,物理・化学刺激によるもの,腫瘍によるもの,好酸球性食道炎などのアレルギー性のもの,アカラシアなどの食道運動異常によるもの,胃食道逆流症などの鑑別が必要となる.逆流性食道炎はこれらの中で最も頻度が高く内視鏡検査を受ける例の10%程度に認められる.病変部位が食道下端を中心としていること,縦長のびらんや潰瘍が存在することから形態のみで診断が可能である(図8-3-6)が,24時間pHモニタリングを行えば確実である(図8-3-7).また咳や咽喉頭症状を伴う逆流性食道炎では喉頭の食道に近い背側よりの部分に発赤などの炎症を認めることがあり,後部咽頭炎(posterior laryngitis)とよばれている. 物理・化学的刺激によるものでは病歴から判定が可能である.誤飲した物質が残っていれば,必ずその性状を調べる必要がある. 好酸球性食道炎の25%程度は内視鏡検査で異常が発見できないため,症状が存在する場合には内視鏡検査で異常を発見できなくても生検診断を行っておくことが必要である.
合併症
1)胃食道逆流症:
合併症はグレードC/Dの重症型の逆流性食道炎に発症しやすい. a)出血:食道のびらん,潰瘍から出血が起こりうる.深い潰瘍が形成された場合や,アスピリン,非ステロイド系抗炎症薬を使用中の例に起こりやすく,急性出血に伴って吐血することも慢性出血を起こして貧血となることもある. b)狭窄:グレードC/Dの横方向に長い潰瘍が治癒した後に瘢痕収縮が起こって発症する.バルーン拡張術などの治療が必要となることもある. c)Barrett食道:下部食道の扁平上皮が円柱上皮に変化した状態を示しており,長さが3 cmをこえるものでは年間0.2%程度の腺癌の発癌リスクを有するとされている.
2)腐食物誤飲による食道炎:
a)狭窄:腐食性の化学物質による食道の強い炎症の後,瘢痕収縮に伴って食道の狭窄が起こる.狭窄例では後に扁平上皮癌を発症するリスクが高くなるとされている.
b)穿孔: 強い炎症に伴って穿孔が起こりうる.
3)好酸球性食道炎:
a)狭窄:長年にわたって好酸球性食道炎が持続すると粘膜下に起こる線維化のために食道狭窄が生じる.
治療
1)胃食道逆流症:
胃食道逆流症に含まれる逆流性食道炎も非びらん性胃食道逆流症も基本的な治療方針は同じである.治療法は,生活・食事指導,薬物療法,手術治療に分けられる. 生活・食事指導では大食・高脂肪食をさけ,肥満,腹部を締め付ける服装,前屈位などの腹圧を上昇させる生活をさけるように指導する.また睡眠時に上半身を少し挙上することも有効である. 薬物療法は,消化器病学会が作製したエビデンスに基づく胃食道逆流症診療ガイドラインに沿って行うことが多い.現状では有効性の確立している逆流防止薬は存在しないため胃酸分泌抑制薬や胃酸中和薬を用いて胃内の酸度を低下させ酸性下でのみ活性を示す消化酵素であるペプシンの作用を抑制し,胃液が食道内に逆流しても食道粘膜傷害が起こらないようにしている.胃酸分泌抑制薬の中ではプロトンポンプ阻害薬の有効性が最も高く第一選択薬である.プロトンポンプ阻害薬に加えて水酸化マグネシウム/水酸化アルミニウムゲルなどの酸中和剤を用いれば症状は軽快しやすいとされている.薬物療法では胃食道逆流症の原因である胃食道逆流を防止しているわけではないので,治療の中断に伴って再発再燃しやすく,年余にわたる薬物の内服を必要とすることが多い. 薬物治療で十分な効果が得られない場合,長期の薬物の内服が困難な場合などでは手術治療が選択される場合がある.胃食道逆流症の手術は噴門形成術と食道裂孔ヘルニアの修復を行うもので,胃体部を胃食道接合部の外部に巻きつけ,下部食道括約筋部の機能を回復させようとするものである(Nissen手術,Toupet手術).腹腔鏡を用いて行われることが多い.
2)胃切除後の逆流性食道炎:
胃部分切除後の例では胃酸分泌抑制薬や酸中和剤も用いられているが,それ以外に膵液中のトリプシンの作用を阻害して食道粘膜の損傷を防ぐために蛋白分解酵素阻害薬であるメシル酸カモスタットの投与が行われる.
3)好酸球性食道炎:
好酸球性食道炎に対しては気管支喘息の吸入療法に用いられる局所作用型のグルココルチコイドを口腔内に投与し,ゆっくりと嚥下をさせ,食道粘膜面に局所作用ステロイドを十分に行きわたらせる.治療の中断によって再発を起こしやすい.
4)その他の食道炎に対して:
感染性のものでは,症状と病原微生物の種類に合わせて抗菌薬の投与を行う.化学物質によるものでは,急性期は全身管理を行うとともに抗生物質とグルココルチコイドホルモンの投与を行う.瘢痕狭窄が起これば拡張術が必要となる.[木下芳一]
■文献
胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン委員会:胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン(日本消化器病学会編),南江堂,東京,2009.
Kinoshita Y, Ashida K, et al: The impact of lifestyle modification on the health-related quality of life of patients with reflux esophagitis receiving treatment with a proton pump inhibitor.Am J Gastroenterol, 104: 1106-1111, 2009.
Kinoshita Y, Furuta K, et al: Asymmetrical circumferential distribution of esophagogastric junctional lesions: anatomical and physiological considerations. J Gastroenterol, 44: 812-818, 2009.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報