高井鴻山(読み)タカイコウザン

デジタル大辞泉 「高井鴻山」の意味・読み・例文・類語

たかい‐こうざん〔たかゐ‐〕【高井鴻山】

[1806~1883]幕末・明治初期の陽明学者。信濃の人。本名、市村健。京都で梁川星巌やながわせいがんに、江戸で佐藤一斎に師事。攘夷じょうい論・公武合体論を唱えた。明治維新後、東京・長野に高矣義塾たかいぎじゅくを開いた。

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関連語 公武合体論

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高井鴻山」の解説

高井鴻山 たかい-こうざん

1806-1883 江戸後期-明治時代の豪農。
文化3年生まれ。京都で梁川星巌(やながわ-せいがん),江戸で佐藤一斎に儒学をまなぶ。天保(てんぽう)7年の飢饉には信濃(長野県)小布施に帰郷して窮民を救済した。詩文,書画をよくし,晩年の葛飾北斎(かつしか-ほくさい)を小布施にまねいた。維新後,東京と長野に高矣(たかい)義塾をひらいた。明治16年2月6日死去。78歳。本姓は市村。名は健。字(あざな)は子順。通称は三九郎。

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