高等教育教授法(読み)こうとうきょういくきょうじゅほう(英語表記)instructional method in higher education

最新 心理学事典の解説

こうとうきょういくきょうじゅほう
高等教育教授法
instructional method in higher education

大学および大学院における高等教育の教授法が初等教育や中等教育の教授法と異なる点は,次の点に集約される。⑴学習者の多様性:大学進学率が上がり,ユニバーサル化が進んだ結果,多様な学生が入学してくる。また入学後,学生がどの科目を履修するかの自由度が高く,同一の科目に対して,動機づけの幅があり,また,前提知識についても幅がある。⑵教科内容の自由度:単位制度により科目当たりの学習時間は決められているが,その学習目標や内容については教員の裁量によるところが大きい。⑶クラス形態の多様性:大学の授業はクラスサイズが数人のものから数百人のものまでと幅広く,またその形態もゼミ形式から大規模クラスまでと多様である。⑷教育方法の自由度:伝統的なレクチャースタイルから,実習形式,またワークショップスタイルまでと,使われる教育方法も教員の裁量によるところが大きい。また,近年ではインターネットを用いたオンラインによる教育も広まっている。⑸学習目標の多様性:大学が学生に修得させようとするものは,知識や問題解決などの認知的側面だけでなく,運動技能から態度や情意領域のものまで多岐にわたる。また,論文の作成や議論の技術,プレゼンテーションなどのアカデミックスキルや,社会から要請されるコミュニケーション能力や自己管理能力など,学習目標が多様である。

 このような条件下で,良い教育をするためには,授業の実施においてさまざまな工夫をすることが求められる。また逆にいえば,授業設計から授業運営の自由度の大きさにより,大学における教授法の開発には大きな可能性がある。一方,大学は,学生が身につけているべき基本的な能力を,卒業時までに修得するように社会から期待されている。これに対応して,文部科学省は「学士力」,経済産業省は「社会人基礎力」という名前でカテゴリー化された能力を提示し,学生に卒業までにこうした能力を修得するように促している。

【ファカルティ・ディベロップメントfaculty development(FD)】 以上のように,多様な条件下での良い教育と卒業時の質保証を実現するためには,効果的な教授法を用いた授業をすることが必要である。しかし,授業を実施する大学教員は主に研究業績によって採用されており,教育業績や教員免許の有無はそれほど重視されていない。そのため,授業の運営や教授方法についてのスキルのない教員がそのまま授業を受けもつことがある。大学教員が,必ずしも教育技術に関する訓練を受けていないということから,大学内で教育技術の訓練の機会を提供する必要がある。また,すでに一定の技術で授業を実施している教員に対しても,より効果的・効率的かつ魅力のある授業として改善していくためにも,教育技術の共有と改善の機会が必要である。このような訓練と改善の機会として,ファカルティ・ディベロップメントが位置づけられている。

 文部科学省は,大学設置基準の第25条の3で「大学は,当該大学の授業の内容及び方法の改善を図るための組織的な研修及び研究を実施するものとする」と規定し,大学院設置基準の第14条の3で「大学院は,当該大学院の授業及び研究指導の内容及び方法の改善を図るための組織的な研修及び研究を実施するものとする」と規定して,FDの実施を義務づけている。

 多くの大学では,FDの一環として,新任教員のための研修会,教員相互による授業参観,教育方法改善のための講演会や授業研究会などを行なっている。また,教育方法改善のためのセンターを設置している大学も多い。FDは,教員の研究重視の姿勢への学生からの反発や,卒業生の能力への社会からの不満を背景として,1970年代にアメリカでその動きが起こった。その範囲は,ただ教員の教授技能だけをターゲットにしたものではなく,教授技能を含めた,研究技能や自己管理能力などの資質の向上と,一般的に流通可能な教育方法の開発,そして大学組織の開発までを視野に入れている。

【リメディアル教育・導入教育】 日本での大学進学率が上昇し,ユニバーサル化が進行するとともに,幅広い層の学生が入学するようになったこと,また,私立大学における入試科目数が少なくなったことなどにより,大学入学時における学生の前提知識が大きくばらつくことになった。このため,専門的な内容の授業についてくることができない学生が増加した。これに対処するために,リメディアル教育remedial educationという名称で高校までの学習内容を再度復習するための授業を設ける大学が増えている。また,大学では,高校までの授業のように,ただ教師が教えることを受け入れ,練習していくというような方法ではうまくいかない。たとえばゼミでは,自分で関連する文献を探してそれを読み,要約を作ったりするなどのスキルが要求される。また,筆記試験だけでなく,自分でトピックを設定してレポートを書くスキルやプレゼンテーションのスキルも要求される。このようにとくに大学で要求される学習スキルを,入学後早い段階で身につけさせることが,大学での学習を実質的なものとする条件となる。

 これに対応するのが,導入教育あるいは初年次教育とよばれる授業科目である。高等教育においては,逆説的ではあるが,まず高等教育の内容についていくために,リメディアル教育や導入教育といった準備的な教育が必要になってきており,実際に多くの大学でこのような科目が開設されている。このような準備教育はますます重要性を増している一方で,そのための専門スタッフの用意は万全ではない。それは,大学の教員の多くが特定の研究領域の専門家であり,必ずしも準備的な教育を実施するのに最適な人材ではないからである。したがって,大学全体が学部や専門領域の違いを乗り越えて,共通的な準備教育を用意する必要がある。

【インストラクショナル・デザインinstructional design】 大学の授業の特徴は,前述のようにクラスの形態に幅があることである。少人数のゼミ形式の授業から,数百人の学生が集まる大規模なクラスまで,教員はまったく異なるクラス運営手法を駆使しなければ,効果的な授業を実施することはできない。また,その授業内容も多様であり,最新の知識を伝授するものから,実習形式で具体的なスキルを学ぶものまで多岐にわたる。このようにクラスの規模や内容の多様性に対応するような実践的な教授モデルと技法を提供しようとするのがインストラクショナル・デザインである。インストラクショナル・デザイン理論theory of instructional designとは,「ある状況下で望ましい成果を達成するためにはどのような教授方法を使えばよいのか」ということを解決しようとする理論である。ここで,状況とは,⑴望まれている学習目標(技能なのか認知なのか態度なのか),⑵学習者の条件(既有知識や動機づけのレベル),⑶学習環境(1人なのか集団なのか,あるいは学校なのか会社なのか),⑷教材開発や授業設計への予算的・時間的制約,などの要因から構成されている。また,望ましい成果とは,⑴効果(インストラクションがどれほど機能し,学習目標がどれほど達成されたか),⑵効率(学習目標を達成するのにどれくらいの時間と労力がかかったか),そして⑶魅力(学習者がインストラクションをどれくらい楽しんだか)から構成されている。これら三者は互いにトレードオフの関係にある。たとえば,効果を高めようとすれば,時間がかかり,効率は犠牲になる。また,効率を上げようとすれば,魅力はある程度損なわれるだろう。教授方法には幅広い選択肢がある。しかし,状況と望ましい成果を規定したとき,ある教授方法は適切に働き,違う教授方法はうまくいかないことが予測できる。

 インストラクショナル・デザイン理論と並行して,インストラクショナル・デザインをどのように進めていけばよいかというプロセスモデルが提案されている。授業改善のプロセスモデルであるADDIEモデルはその一つである。ADDIEは,analysis,design,development,implementation,and evaluationの頭文字で,それぞれ分析,設計,開発,実施,評価の五つのフェイズを表わしている。⑴分析においては,最終目的,学習目標,学習者のニーズ,既有知識などを分析し,学習環境の条件や制約などを加味する。⑵設計では,分析された学習目標を達成するために最適と思われる教材や学習活動,またその順番や,かける時間などが設計される。⑶開発では,その設計に基づいて実際に使われる教材が製作される。⑷実施では,製作された教材が配布され,実際に学習活動が実施される。⑸評価では,形成的評価と総括的評価の2種類が実施される。形成的評価では,実際に授業を運用しながらそのつど評価データを収集し,それに基づいて改善していく。総括的評価では,全体としてその教材や授業が最終目的を達成していたかについて評価する。こうした評価に基づいて,各フェイズに戻ってサイクル的に授業を改善していく。

【ARCS動機づけモデル】 ケラーKeller,J.M.はさまざまな動機づけ理論を統合し,実際の教授場面で使いやすい形としてまとめたARCS(アークス)動機づけモデルを提案している。ケラーによれば,インストラクショナル・デザインの一部として学習意欲をデザインする必要性がある。よく設計されたインストラクションであっても,学習者の動機づけがうまくいっていない場合があるため,ADDIEの各プロセスにおいて,学習意欲のデザインを組み込むことが必要である。ARCSとはそれぞれ,注意attention,関連性relevance,自信confidence,満足感satisfactionの頭文字を取ったものである。⑴注意は,学習者に興味をもたせ,探求の態度を刺激し,注意を維持すること,⑵関連性は,学習者のニーズを満たし,学習者自身の経験とインストラクションを結びつけること,⑶自信は,成功への期待感を形成し,体験を通じて自分の能力を信じるようになり,成功が努力と能力の結果であることを確信させること,⑷満足感は,新たに修得した知識やスキルを使う機会を提供し,学習者の成功を強化し,達成に関する肯定的な感情をもちつづけるようにすることである。インストラクションを通じて以上のような要素を満たせば,望ましい結果の一つである学習活動の魅力を高めることが期待できる。

【インストラクションの設計モデル】 インストラクショナル・デザインでは,その基礎理論を心理学の知見に求めている。したがって教授学習に関する心理学理論の変遷と進展の流れによって,その影響を受けている。たとえば,1960年代にケラーKeller,F.S.によって提唱され,アメリカの大学で広く採用された個別化教授システムpersonalized system of instructionは行動主義心理学の理論を応用したものである。その特徴は,完全習得学習を指向し,スモールステップで設計された印刷教材を用いて,学生の自己ペースによって学習を進めていく点にある。学習単元は基礎的な内容から高度な内容の順番に配列されており,各単元末に置かれた通過テストに合格することで次の単元に進むようになっている。このようにして完全習得学習を自己ペースで完遂していく。

 ガニェGagné,R.M.は,認知心理学の知見をベースにして,九つの教授事象を分類し,これらを実行することで効果的なインストラクションができることをモデルとして提案した。この9教授事象は,⑴学習者の注意を獲得する,⑵授業の目標を知らせる,⑶前提条件を思い出させる,⑷新しい事項を提示する,⑸学習の指針を与える,⑹練習の機会を作る,⑺フィードバックを与える,⑻学習の成果を評価する,⑼保持と移転を高める,である。

 設計モデルの一つとして,問題ベース学習がある。これは,目標が曖昧で解を求める手続きがはっきりしていない場合に,問題を解決するための学習活動を学習者が積極的に行なうことにより,問題解決の方略とその領域の知識ベースを同時に獲得しようとする教授方略である。メリルMerrill,M.D.はこの考え方をさらに一般化して,効果的なインストラクションのための「第一原理first principles of instruction」としてモデル化している。それは,⑴現実にありそうな問題を提示する,⑵既有知識を活性化させる,⑶新しい知識を例示する,⑷新しい知識を応用させる,⑸新しい知識を自分が活用できるように統合する,という原則である。

 以上のようにインストラクショナル・デザインは,1960年代からその時代の心理学的な知見を応用してさまざまな設計モデルを提示してきた。1990年代以降は,社会構成主義の流れに並行して,教師主導の教育から学習者中心主義learner-centered approachが主張されるようになった。学習者中心主義の意味は使われる文脈に依存するが,学習者が獲得する知識は外側から与えられるものではなく,学習者自身の解釈のもとに構成されるものであり,同時に,他者や環境とのやりとりのなかで構成されていくものであるという考え方が核である。インストラクショナル・デザインもこの考え方の影響を受けて,学習者の社会的な相互作用を重視する方向に向かっている。

【eラーニングelectronic learning】 eラーニングとは,インターネットとパソコンやモバイル端末を利用したオンラインによる教育方法である。典型的には,デジタル教材やレクチャービデオをインターネットを経由して個別の学習者に配信し,学習者はそれを視聴し,課題を行なったり,オンライン上で議論をしたり,テストを受けたりして,学習を進めていく。オンラインの学習では時間と場所の制約がないために,学習者の都合に合わせて学習を進めることができる。そのため,とりわけ有職者が高等教育を受ける可能性を拡大するものとして,広まりつつある。eラーニングは,単に学習者の利便性を高めるというだけでなく,一度制作されたコンテンツを教室や大学という物理的な枠を越えて流通させるという可能性を広げた。たとえば,マサチューセッツ工科大学のオープンコースウエアopen course wareは,大学が開講しているすべての授業科目の内容をインターネット上で公開しており,世界中のだれもがそれにアクセスすることができる。このようにこれまで大学内でしかアクセスできなかった教育資源を公開し,インターネットを通じて全世界に流通させようとする動きは日本を含む各国の大学で広まっている。

 eラーニングを構成する要素は,⑴電子教科書,⑵ビデオレクチャー,⑶練習,小テスト,質疑,掲示板(BBS)議論などのインタラクティビティ,⑷学生が取ったノートや資料などを共有するソーシャル機能,⑸学習のまとめ,教員とのやりとり,レポートなどを集めた学習ポートフォリオ,⑹学習履歴,である。これらをインストラクショナル・デザインの枠組みを援用しながら設計して,実施することになる。eラーニングの実施にあたっては,学習者が個別に,また別々の場所で学習を進めることによる孤立感の解消が課題である。このためオンライン上にメンターとよばれる学習指導者を配置し,必要なときに学習者に助言や指導を行なうことが必要である。

 eラーニングでは,教員がじかに学習者に接する場面が少ない分,効果的なコースを設計するためには,インストラクショナル・デザインの考え方が重要となる。たとえば,シャンクSchank,R.C.は,ゴールベースシナリオgoal-based scenarioという設計モデルを提示している。これは,学習者がリアリティのあるシナリオに従って,ある役割を演じていくことにより学習を進めるものである。シナリオにはさまざまな課題や困難が埋め込まれており,それを解決するためには必要とされる知識や問題解決スキルを学習者が習得していかなければならないように設計されている。

 ブレンド型学習blended learningとは,広義には,複数の種類の教材,学習メディア,そして学習活動を組み合わせたものであるが,とくに,対面授業とeラーニングを組み合わせた学習形態を指すことが多い。学習形態を組み合わせることにより,個人差やペースの違いに対応しにくい対面授業の欠点と,孤独で退屈になりがちなeラーニングの欠点を互いに補い,さらにそれらの相乗効果により効率を高めようとする。対面授業では,同時に同じ場所にいるという臨場感を生かした学習活動を行ない,eラーニングでは,時間と場所を選ばずに自己ペースでできるような自習活動を行なうことで,それぞれの学習形態の長所を生かした学習が促進されることが期待できる。

【FDからSOTLへ】 SOTLとは,scholarship of teaching and learningの略で,教育活動においても学究性を追求し,進歩させようとする学問領域である。教育活動を改善していくだけでなく,そのプロセスそのものを研究として位置づけることにより,知見を蓄積するとともに,その業績を評価していこうという活動である。ファカルティ・ディベロップメント(FD)と同じく,授業実践を記録,公開し,ピア・レビューをし,お互いの実践から学び合うという活動が中心であり,FDの発展形としてとらえることができる。一方で,大学の授業に関してティーチング・ポートフォリオを作っていくという動きもある。これは,自分の担当授業についての振り返り,成果と改善,そしてその証拠資料を冊子にまとめたものである。自分の教育実績を文章で記述したものに加えて,証拠資料として,教材例や学生からの評価などをつける。評価やアピールの方法は,各自が選ぶ。ティーチング・ポートフォリオを作ることにより,教員の教育業績を蓄積し,それを評価していくことができる。SOTL,ティーチング・ポートフォリオともに,大学における教育実践を蓄積し,公開し,互いに共有,議論するためには,情報技術を活用することが不可欠である。ここでもまたeラーニングを可能にした情報技術の利用がその進展の鍵となる。 →完全習得学習 →教育評価 →教授学習
〔向後 千春〕

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