ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「鶴沢清治」の意味・わかりやすい解説
鶴沢清治
つるざわせいじ
義太夫節の三味線方。本名中能島浩。1953年 8歳で 4世鶴沢清六に入門,鶴沢清治を名のり翌 1954年1月因会(ちなみかい)派の四ッ橋文楽座(→文楽座)で初舞台。1960年師の没後,養父鶴沢徳太郎(2世鶴沢道八)の教えを受け,1964年から 10世竹沢弥七の門下となる。早くからその才能を認められ将来を嘱望された逸材で,1963年の文楽協会設立後は早世した 5世豊竹呂大夫と素浄瑠璃の会を主催するなど,本公演以外にも意欲的に活動した。1976年に太夫の第一人者の 4世竹本越路大夫に抜擢され,越路大夫が引退する 1989年まで相三味線を務める。抜群の健腕と切れ味鋭い妙音は比類がなく,2007年に三味線格となると同時に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。新作の作曲や中絶した古典の復曲にも熱心で,「清治 近松復曲三夜」と題し,2009年から 3年にわたって『用明天皇職人鑑』などを復活させた。鶴沢清介,2世鶴沢藤蔵など数多くの門弟を育成。妻は箏曲家の中能島知子。1972年芸術選奨文部大臣新人賞,2004年日本芸術院賞恩賜賞など多くの賞を受賞。2006年紫綬褒章を受章。(→浄瑠璃,人形浄瑠璃,文楽)
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報