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竹沢弥七 たけざわやしち

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世界大百科事典 第2版の解説

たけざわやしち【竹沢弥七】

義太夫節の三味線演奏者。(1)初世(?‐1754(宝暦4)) 初世竹沢藤四郎の門人。竹本錦太夫(《沓掛村》《松波検校琵琶の段》を初演),島太夫,2世政太夫,大和掾らの名人を弾いた。(2)2世 生没年等未詳だが,3世政太夫,組太夫(《野崎村の段》を初演)らを弾いた。(3)3世(1777‐1824∥安永6‐文政7) 2世門人で,源吉,千右衛門,2世竹沢権右衛門から1808年(文化5)に弥七をつぎ,のち初世豊沢広助となって,豊沢姓を興した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

竹沢弥七
たけざわやしち

義太夫(ぎだゆう)節の三味線。1721年(享保6)の竹本座出演以来、大坂で名声を博した初世(?―1754)に始まる。3世(1777―1824)はのちに豊沢(とよざわ)広助と改名して一派をたてた傑物であり、また7世(1831―76)の大三味線は、明治初年に大きな話題となった。[倉田喜弘]

10世

(1910―76)本名井上一雄。8世竹本綱大夫(つなたゆう)の相三味線として、多くの名演奏を残した名手。とりわけ近松物の『心中天網島』(しんじゅうてんのあみじま)「河庄」(かわしょう)の段と「大和屋」(やまとや)の段、『冥途の飛脚』(めいどのひきゃく)「封印切」(ふういんきり)の段などでは、作品の情景を余すところなく描き出した。硬軟自在の芸風で、三味線の魅力を聴衆に察知させた功績は大きく、1972年(昭和47)重要無形文化財保持者に認定された。[倉田喜弘]

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