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麗々亭柳橋(3代) れいれいてい りゅうきょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

麗々亭柳橋(3代) れいれいてい-りゅうきょう

1826-1894 幕末-明治時代の落語家。
文政9年3月24日生まれ。初代滝川鯉(り)かん,2代麗々亭柳橋にまなび,嘉永(かえい)4年3代をつぐ。音曲噺(おんぎょくばなし),人情噺にすぐれ「四谷怪談」を得意とした。後年麗々亭柳叟(りゅうそう),春錦亭柳桜を名のった。明治27年6月8日死去。69歳。江戸出身。本名は斎藤文吉。前名は滝川鯉之助,昔々亭(せきせきてい)桃流,麗々亭鯉橋。

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朝日日本歴史人物事典の解説

麗々亭柳橋(3代)

没年:明治27.6.8(1894)
生年:文政9.3.24(1826.4.30)
幕末明治期の落語家。江戸京橋の呉服屋の子。本名斎藤文吉。天保12(1841)年,16歳で初代滝川鯉かん門に入り鯉之助,2代目柳橋門に移り昔々亭桃流,麗々亭鯉橋を経て嘉永4(1851)年柳橋を襲名。幕末から明治初年へかけての大看板で,明治8(1875)年芸人の賦金制度発足の際は昔話頭取に推された。11年長男に4代目を譲り麗々亭柳叟,さらに16年春錦亭柳桜を名乗る。音曲噺,人情噺に優れ「四谷怪談」を売り物とし,若いころの三遊亭円朝にも大きな影響を与えたとされる。長男,3男が噺家,次男が講釈師という芸人一家。<参考文献>「柳橋代々」(『落語界』24号)

(山本進)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の麗々亭柳橋(3代)の言及

【落語】より

… 円朝と同時代にはまた多くの名手がいた。円朝と並ぶ人情噺の名手初代柳亭(談洲楼(だんしゆうろう))燕枝(えんし),やはり人情噺をよくした3代麗々亭柳橋(れいれいていりゆうきよう)(のち春錦亭柳桜(しゆんきんていりゆうおう))(1835‐97),芝居噺の名手6代桂文治,花柳物の名手4代桂文楽,落し咄,人情噺ともによくした2代古今亭志ん生,滑稽噺の2代柳家(禽語楼(きんごろう))小さんなどがそれだった。異彩を放ったのは,〈ステテコ踊り〉の,俗に初代ともいう3代三遊亭円遊,鉄道馬車のラッパを吹く音曲師4代橘家(たちばなや)円太郎(?‐1898),〈郭巨(かつきよ)の釜掘り踊り〉の4代立川談志(?‐1889),〈ヘラヘラ踊り〉の三遊亭万橘(まんきつ)(?‐1894)という〈寄席四天王〉で,彼らは珍芸を売物にして人気を博した。…

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