龍源寺(読み)りゆうげんじ

日本歴史地名大系 「龍源寺」の解説

龍源寺
りゆうげんじ

[現在地名]八戸市根城三丁目

根城(ねじよう)三丁目の中ほど、沢里(さわさと)堤跡の西の丘陵地斜面に位置する。三級山と号し、曹洞宗。本尊は釈迦牟尼。

寛保四年(一七四四)の諸寺院寺号山号帳(八戸市立図書館蔵)に「一新井田村対泉院末寺沢里村 三級山龍源寺」とある。寛永一〇年(一六三三)の建立で、開山は対泉(たいせん)院二世活厳とされる(新撰陸奥国誌)。「八戸藩史料」によれば根城南部氏の根城在城時代には三軒屋(さんげんや)の南側台地上り口(現根城四丁目北東付近か)にあり、のち現在地に移ったといい、口碑に寛永四年根城南部氏とともに遠野(とおの)(現岩手県遠野市)へ移ったとも伝える。


龍源寺
りゆうげんじ

[現在地名]登米町寺池 金谷

登米町市街地の南側、保呂羽(ほろわ)館跡の北側山麓に位置する。桁淵山と号し、曹洞宗。本尊は釈迦牟尼如来。葛西氏の菩提寺で、承久三年(一二二一)葛西清重が龍源院を創建。その後廃絶したが、文明一五年(一四八三)葛西満重が再興し平沢山龍源寺と改める。享禄三年(一五三〇)天台宗を曹洞宗に改め、桁淵山と改号。天文五年(一五三六)葛西晴胤の石巻(いしのまき)城から寺池(てらいけ)城への移転に従い、家臣小野寺氏の牌所柳源寺の故地に再興したと伝える(登米町史編纂資料集・封内風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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