内科学 第10版 「C型急性肝炎」の解説
C型急性肝炎(急性ウイルス性肝炎)
C型急性肝炎は,肝細胞へのC型肝炎ウイルス(hepatitis C virus:HCV)の急性感染に対する免疫反応により肝細胞傷害が惹起され,肝機能の低下により全身倦怠感,食欲不振,黄疸などの症状を呈する疾患である.無治療の場合,約70%が慢性感染へ移行しC型慢性肝炎から肝硬変・肝癌の原因となりうるため,慢性化阻止のために急性期にインターフェロン治療が考慮される.
病因
HCVは約9500塩基からなる(+)鎖RNAウイルスであり,約3010個のアミノ酸からなる単一のポリプロテイン鎖から10個のウイルス蛋白が産生され肝細胞内で増殖する.HCVが増殖した肝細胞は細胞性免疫反応により排除されるためこの際の肝細胞傷害による肝機能の低下によって倦怠感,食欲低下,黄疸などの症状が一過性に出現する.肝細胞内で増殖したHCVは血液中に放出され主として血液を介して感染するため,かつては輸血後肝炎の主要な原因であったが,1990年以降に開始された輸血のHCVスクリーニングにより輸血後肝炎はほとんど認められなくなっている.現在のおもな感染経路は感染者(主として慢性感染)の血液に暴露されることであるが約60%で明らかな原因は不明である.原因が推定可能なもののなかでは,医療行為などに関連するもの(針刺し事故,透析,医療上の検査・処置,歯科治療,院内感染など)(35%),性的接触(21%),静脈薬物使用(13%),医療行為以外での針などの刺入(刺青,ピアス,カミソリなど)(11%),輸血・血液製剤関連(5%),鍼治療(3%),家族などの感染者との接触(2%),母子感染(1%)と報告されている.
疫学
日本では急性肝炎に占めるC型急性肝炎の頻度は約10%と報告されている.C型急性肝炎は2003年11月の感染症法の改正に伴い五類感染症の「ウイルス性肝炎(E型肝炎およびA型肝炎を除く)」に分類され,その発生動向が監視されている.届出対象は急性肝炎のみであり,慢性肝炎や肝硬変,肝癌は含まれない.C型急性肝炎と診断したすべての医師に,診断後7日以内に保健所への届出基準に基づく届出が義務づけられており,発生報告頻度は年間50例前後であるが不顕性感染はこの2倍以上発生している可能性もある.男女差はなく,年齢の中央値は50歳(0〜90歳)である.
病理
病理学的には,肝小葉内に巣状壊死とよばれる感染肝細胞を中心としたリンパ球主体の炎症細胞の集簇が散在性に認めらる.傷害された肝細胞は腫大・風船化し,さらにアポトーシスに陥った肝細胞が好酸体となって脱落する.門脈域にはリンパ球を中心とした反応性の炎症細胞浸潤が出現し浮腫状となる.完成された慢性肝炎と異なり小葉内および門脈域に線維化を認めない.
病態生理
C型急性感染の70%はHCVに対する免疫反応が不十分で慢性感染へ移行するが,約30%は自然治癒しHCVが体内から排除される.その詳細なメカニズムは解明されていないが,HCV感染に伴ってインターフェロンが体内で誘導され,ウイルス増殖を抑制するさまざまなインターフェロン誘導遺伝子群が発現することが重要である.2010年にゲノムワイド関連解析によりC型慢性肝炎に対するインターフェロン治療の効果は19番染色体上のインターロイキン-28B(IL28B,インターフェロン-λ3:IFN-λ3)遺伝子の多型に強く関連することが発見され,抗ウイルス治療によるHCVの排除にはIL28Bがかかわっていることが示唆された.さらにC型急性感染からの自然治癒においてもIL28B遺伝子多型が関連し,IL28Bの遺伝子型により慢性感染への移行率が異なることが明らかとなっている(TT型で低く,TG/GG型で高い).IL28Bの遺伝子型によりHCVに感染した肝臓内でのインターフェロン誘導遺伝子の発現が異なることが報告されていることから,これらの抗ウイルスシステムの個体差が慢性感染成立に関与すると考えられる.一方,HCV遺伝子は非常に変異しやすく免疫反応から逃避するescape mutationの出現により自然排除を免れている可能性もある.自然治癒においてもHCV再感染が認められることから,再感染を効率的に防御する中和抗体は出現しないと考えられている.
臨床症状
自覚症状としては食欲不振60%,全身倦怠感54%,黄疸35%,褐色尿19%,嘔吐12%,発熱12%と報告されているが,症状は一般に軽微であり,不顕性感染が60~70%を占める.自覚症状は黄疸の出現時には軽快する.他覚症状ではほかの急性肝炎と同様に,肝腫大,肝叩打痛(肝腫大による肝被膜の伸展による),脾腫大などが出現する.
検査成績
肝細胞傷害により血中のAST・ALTがALT優位に上昇する.総ビリルビン,直接ビリルビンが上昇するが,γ-GTP,ALPなどの胆道系酵素,LDHの上昇は軽度である.ALTの上昇が変動して多峰性となる場合は慢性化する可能性が高く,ALTが正常化してもHCVは持続感染していることが多い.肝臓の蛋白合成能の低下によりプロトロンビン時間は延長するが,劇症肝炎となることはまれである.CT・エコーなどの画像診断では肝臓・脾臓の腫大を認める.まれに広汎な肝細胞壊死が起これば地図状肝となる.急性肝炎においては胆汁産生が減少するため胆囊は収縮し壁が浮腫状となり急性胆囊炎様の画像所見を呈する.
診断
上述の急性肝炎を示す臨床症状・検査成績を認めた場合には,HCV抗体および血中HCV-RNA検査を行う.HCV抗体は中和抗体ではなく,その存在は過去あるいは現在のHCVの体内での増殖を示す.体内のHCVの存在の直接証明はPCR法による血中HCV-RNAの検出による.急性感染においては感染初期はHCV抗体は陰性であり,HCV-RNAのみが陽性となる.HCV-RNAは感染後数日から陽性となりうるがHCV抗体は通常4週以降に陽性となる.したがってHCV-RNA陽性,HCV抗体陰性からの陽性化が確認できればC型急性肝炎と診断できる.しかし,医療機関受診時にすでにHCV抗体陽性となっている場合には,C型慢性肝炎との鑑別は容易ではなく,感染時期は病歴からの推定(HCV暴露の可能性,過去の肝障害歴など),肝生検による病理所見で慢性肝炎を示す進展した線維化の確認などが必要となる.HCV遺伝子型および血中HCV-RNA量は治療方針の決定のため重要である.
鑑別診断
急性の肝障害をきたすすべての疾患が鑑別の対象となる.ALP/γ-GTPなど胆道系酵素優位の急性肝障害であればまず画像診断(エコー・CT)により肝内胆管拡張所見を検索し結石・腫瘍などによる肝外胆汁うっ滞を除外する.AST/ALT優位の急性肝細胞傷害をきたす疾患としては,ウイルス肝炎(A〜E型),ほかのウイルスによる肝障害(EBウイルス, サイトメガロウイルス,ヘルペスウイルス,麻疹ウイルス,風疹ウイルス,パルボウイルス),急性循環障害(ショック肝),成人Still病,悪性リンパ腫・血球貪食症候群,薬剤性肝障害,アルコール性肝障害,Wilson病,自己免疫性肝炎,総胆管結石による急性胆道閉塞(胆道系酵素優位とならない場合がある)などの鑑別が必要である.
合併症
劇症肝炎はまれであり約0.5%と報告されている.肝性脳症の出現およびアンモニア値の上昇,プロトロビン時間の延長に注意する.
経過・予後
HCVへの暴露から症状出現までの潜伏期間は2〜12週であり平均40日である.まずHCV-RNAが陽性化し,続いてALTが上昇,倦怠感・食欲不振が現れ,最後に黄疸が出現する(この時点で医療機関を受診し診断されることが多い).症状の持続は2〜12週である.自然治癒する場合は通常発症後,12週以内にHCV-RNAが陰性化する.これ以降に自然治癒する可能性は低く慢性感染に移行する.慢性感染に移行した患者の約半数は20〜40年の経過で慢性肝炎から肝炎・肝癌へと進展する.
治療
発症後12週までは自然治癒の可能性があるため食欲不振などに対して補液などの対症治療をしつつ経過観察を行う.12週の時点でHCV-RNAが陽性であればインターフェロンによる治療を行う.現在推奨されている治療は持続作用型のペグインターフェロンの週1回皮下注射を12〜24週間続けることで約90%の症例で治癒が得られる.インターフェロン抵抗性のHCV遺伝子型1型では24週治療が,インターフェロン感受性の遺伝子型2型では12週治療が推奨される.血中HCV-RNA量の多い遺伝子型1型では難治性であり発症後12週まで待たずに8週で治療を開始した方が治癒率が高いが自然治癒しうる例を治療してしまうデメリットもありうる.またIL28B遺伝子多型により自然治癒率が異なることから,IL28B遺伝子型により持続感染への移行が高いと予想される患者では12週の経過観察をまたずに早期にインターフェロン治療を導入することも提唱されている.慢性C型肝炎の治療で使用されるリバビリン併用ペグインターフェロン治療でも高い治癒率が報告されているが十分なデータはない.ごく最近実用化されたHCVプロテアーゼ阻害薬などHCV特異的阻害薬のC型急性肝炎に対する効果はいまだ検討されていない.
予防
医原性感染の防止,不潔な観血的処置(刺青,麻薬注射の回し打ち,ピアスなど)によるHCV陽性の血液への暴露を避けることが重要である.尿・唾液・便などへのHCVの混入は微量であり家庭内での通常の接触,日常の社会生活で感染が起こる可能性はほとんどない.性交渉による感染リスクは正確には不明であるがごく低いと考えられている.母子感染率は4~10%,医療従事者の穿刺事故では0.3~3%と報告されているが感染率はHCVの暴露量により大きく異なり,大量に体内にHCVが侵入した場合には感染が成立する.医療従事者の穿刺事故などでは暴露後1年間は定期的にALT,HCV抗体,HCV-RNAをモニターして感染の早期発見と早期治療に努める.HCVワクチンはいまだに開発されておらず,また暴露直後にインターフェロンを投与することで感染成立を阻止できるかは不明であり,標準予防策による感染防止が重要である.消毒法はオートクレーブ,乾熱滅菌,15分以上の煮沸消毒,次亜塩素酸,グルタールアルデヒド,エチレンオキサイド,ホルマリンが有効であり,エタノールは無効である.[榎本信幸]
■文献
Grebely J, Matthews GV, et al : Treatment of acute HCV infection. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 8(5): 265-274.
Maheshwari A, Ray S, et al: Acute hepatitis C. Lancet, 372(9635): 321-332, 2008.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報