福島県、郡山(こおりやま)市を中心とする古くからの地名。古代には阿尺(あさか)(『国造本紀(こくぞうほんぎ)』)と書き、国造(くにのみやつこ)を置いたから国名であろう。のちの安積郡のほか、安達(あだち)、田村両郡をも含む地域であった。なお、『和名抄(わみょうしょう)』では郡名を「阿佐加」と訓じる。718年(養老2)石背国(いわせのくに)を設けたとき、その管下の郡となり、その後陸奥(むつ)国に所属、1868年(明治1)から岩代国(いわしろのくに)の所属となる。古代は阿武隈(あぶくま)川中流部の郡山盆地の大部分を占め、西は猪苗代(いなわしろ)湖の南東岸に延び、芳賀(はが)、葦屋(あしや)、安積の諸郷を含む。安積郷は安積軍団の所在地で大槻(おおつき)付近と比定され、葦屋はその東部で駅家の所在地。郡山はこの郡の郡家にちなむといわれる。
[安田初雄]
乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...