乞巧奠(読み)キッコウデン

  • ▽乞巧×奠
  • きぎょうでん キゲウ‥
  • きこうでん
  • きこうでん キカウ‥
  • きこうでん〔キカウ〕
  • きっこうでん キッカウ‥
  • きっこうでん〔キツカウ〕

デジタル大辞泉の解説

陰暦7月7日の行事。女子が手芸・裁縫などの上達を祈ったもの。もと中国の行事で、日本でも奈良時代、宮中節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機女(たなばたつめ)の伝説や祓(はら)えの行事と結びつき、民間にも普及して現在の七夕行事となった。乞巧祭会(きこうさいえ)。きこうでん。 秋》

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百科事典マイペディアの解説

〈きっこうでん〉とも。中国における七夕(たなばた)行事。巧とは牽牛・織女の2に裁縫技芸の上達を祈り,とは物を供えて祭る。唐代では飾りたてた櫓(やぐら)を庭に立て乞楼といった。この星祭が日本に伝わり,最初の乞巧奠が755年清涼殿の庭で行われた。
→関連項目七夕伝説
乞巧奠(きこうでん)

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大辞林 第三版の解説

きっこうでん乞巧奠
技巧を乞う奠=祭りの意
陰暦七月七日の行事。牽牛けんぎゆう・織女の二星を祭って、手芸・芸能の上達を祈願する。中国から伝わった行事で、日本では奈良時代から宮中で行われ、のち七夕として民間にも普及した。きこうでん。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

「きっこうでん」ともいう。七夕(たなばた)祭の原型で、7月7日の行事。牽牛(けんぎゅう)・織女(しょくじょ)の二星が天の川を渡って1年一度の逢瀬(おうせ)を楽しむ、という伝説が中国から伝わり、わが国の棚機(たなばた)姫の信仰と結合して、女子が機織(はたおり)など手芸が上達することを願う祭になった。『万葉集』に数首歌われているが、持統(じとう)天皇(在位686~697)のころから行われたことは明らかである。平安時代には、宮中をはじめ貴族の家でも行われた。宮中では清涼殿の庭に机を置き、灯明を立てて供物を供え、終夜香をたき、天皇は庭の倚子(いし)に出御し、二星会合を祈ったという。貴族の邸(やしき)では、二星会合と裁縫や詩歌、染織など、技芸が巧みになるようにとの願いを梶(かじ)の葉に書きとどめたことなども『平家物語』にみえる。[山中 裕]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 =きっこうでん(乞巧奠)〔書言字考節用集(1717)〕
〘名〙 =きっこうでん(乞巧奠)・秋》
※中務内侍(1292頃か)正応元年七月七日「きかうてんの火の光り水にうつろひて」
※滑稽本・大千世界楽屋探(1817)中「七夕の乞巧奠(キカウデン)、彼(かの)五色の糸を備るといふ形に」
〘名〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなばたつめ)の伝説や祓(はら)えの行事とも結びつき、民間にも普及して現在の七夕行事となった。きこうでん。きぎょうでん。乞巧祭会(きこうさいえ)。乞巧。《季・秋》
※中右記‐嘉保二年(1095)七月七日「主上渡御中宮御方、乞巧奠前召伶人両三人

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世界大百科事典内の乞巧奠の言及

【裁縫】より

…【三徳 四水】
[民俗]
 裁縫をめぐる行事や俗信は多く伝えられている。正月には仕事始めの一つとして〈縫初(ぬいぞめ)〉や〈初針(はつばり)〉があるほか,2月と12月の〈こと八日〉には針供養が行われ,七夕には乞巧奠(きつこうでん)といって針糸や着物の雛形を吊して裁縫の上達を祈る風習があった。近年まで家族の衣服を整えるのは女の重要な仕事であり,裁縫の巧拙は嫁の評価に直接つながった。…

※「乞巧奠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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