( 1 )挙例の「曾丹集」によって、朝の菜として食したことがわかる。ただし、この詞書には「三月終」とある。
( 2 )「万葉集」には見えず、八代集でも「拾遺集‐雑春」の「雪を薄み垣根に摘めるからなづななづさはまくのほしききみ哉〈藤原長能〉」の一首が見えるだけであるが、これは「なづさふ」を導き出す序詞なので、平安前期は和歌の景物、春の七草という意識はなかったらしい。
( 3 )その後、和歌に用いられる時は「摘む」物として取り上げられ、平安後期になって「君がため夜ごしにつめるなな草のなつなの花を見て忍びませ」〔散木奇歌集‐春〕のように、七草の一つと考えるようになったらしい。
出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...