スペクトル拡散通信(読み)スペクトルかくさんつうしん(英語表記)spread spectrum communication

改訂新版 世界大百科事典 「スペクトル拡散通信」の意味・わかりやすい解説

スペクトル拡散通信 (スペクトルかくさんつうしん)
spread spectrum communication

略してSSともいう。通常の方式に比べて極端に広い周波数帯幅を使用して情報の伝送を行う一種の広帯域伝送方式。この方式は,番地(相手局)選択,符号分割多重化,高分解能距離測定,干渉除去などの機能を有する。また,電力密度が小さいこと,秘話性を有することも特徴にあげられる。この方式の研究は,1940年代から行われていたが,日本では,それほど注目されていなかった。ところが,78年に,新聞の一面トップにスペクトル拡散通信に関する記事が掲載されたことにより,一躍注目を浴びるようになった。その新聞記事は,スペクトル拡散通信により無線通信革命が起こるかのような印象を与えるものであった。しかし,一般の無線通信には,スペクトル拡散通信よりも狭帯域通信のほうが種々の点で有利であり,無線通信におけるスペクトル拡散通信の用途は,軍用など特殊な分野に限定される。そのため,最近は,無線通信よりも有線通信における利用に研究の中心が移っている。スペクトル拡散通信には,DS(direct sequence)方式,FH(frequency hopping)方式,TH(time hopping)方式,パルスFM方式,ハイブリッド方式などがある。

 DS,FH,THなどの方式では,情報と高速の符号系列の両方によって搬送波変調が掛けられる。したがって,送信信号帯域幅は,情報信号の帯域幅に比べて非常に広くなる。通常,その大きさは数千から数十万倍である。図1にDS方式の構成と信号波形を示す。まず入力情報(ディジタル2値とする)にPN(pseudo noise)系列(ランダムな2値系列)などの符号系列が2を法として加えられ,(2)の波形を得る。それによって,(1)の搬送波に変調が掛けられ,(3)の送信信号が得られる。符号系列は入力情報よりもはるかに高速であるので,スペクトルは拡散される。受信機では,(4)の受信信号に,送信側と同じ符号系列(5)で変調された参照信号を掛け,中間周波に落とす。この過程を逆拡散という。中間周波信号(6)は,情報のみによって変調された信号であるので,通常の方法で復調すれば情報が復元される。FH方式は,符号系列により周波数が制御される方式であり,TH方式は,符号系列により送信時刻と時間が制御される方式である。ハイブリッド方式は,DS,FH,THや他のSS方式のいくつかを組み合わせた方式である。

 これらの方式では,送信側と受信側の符号系列が同一な場合にかぎり通信ができるので,通信したい相手の符号に合わせることにより,番地(相手局)選択ができる。また,目的局以外の信号は,逆拡散の過程で拡散され,干渉を取り除くことができるので,異なる符号系列を用いれば,同じ周波数帯で同時に複数の通信を行う符号分割多重化ができる。さらに,高分解能距離測定も可能である。すなわち,符号系列は高速であるので,符号の1ビット間隔は非常に短い。したがって,その間に電波が進む距離も短く,その距離に応じた分解能が得られる。方式にもよるが,遠く離れた地点間の距離が数m程度の誤差で測定できる。軍用の面では,以上のほかに,電力密度が低いため電波の存在が知られにくいこと,符号系列がわからなければ受信できないため秘話性が高いことなども利点である。このように,DS,FH,THなどの方式は,種々の特徴を有するが,同じ周波数帯域幅で同時に行える通信の数は,狭帯域通信のほうが多い。またスペクトル拡散通信には,近距離の妨害,装置の複雑さなどの面で問題がある。ただ,狭帯域通信では,端末自身に番地選択の機能がないので,別に制御局を必要とする。しかし,一般の無線通信は,通信網の一部として用いられるので,当然制御局が存在し,問題はない。それゆえ,無線通信におけるDS,FH,THなどの方式は,軍用など特殊な分野に限られる。

 パルスFM方式(チャープ方式)は,DS,FH,THなどとはかなり異なったものである。パルスFM方式は,レーダーにおいて多く用いられる。この方式においては,符号化は使われない。この方式の信号は,図2-aのような周波数掃引パルスである。受信機では,掃引信号に整合したフィルターを用い,短い時間間隔に圧縮し,図2-bのような波形を得る。圧縮された信号の電力は大きくなるので,大きい電力の短いパルスと同様のふるまいをすることになり,パルスFM方式は,送信側の電力軽減に役だつ。
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