小田氏治(読み)おだ・うじはる

朝日日本歴史人物事典 「小田氏治」の解説

小田氏治

没年:慶長6.閏11.13(1602.1.6)
生年:享禄4?(1531)
戦国時代の武将常陸国小田(つくば市)の城主越前守。政治の子。常陸の小規模大名のひとりとして,近隣の諸勢力と戦いを繰り返す。弘治2(1556)年には結城氏と戦って敗れ,永禄2(1559)年にも結城氏を攻めてまた敗れた。その後は佐竹氏と対立して相模,武蔵の北条氏と結び,同12年に常陸手這坂で佐竹方の軍と戦って大敗した。天正18(1590)年には豊臣秀吉の小田原参陣の命に従わず所領を没収され,のち越前に移り同地で死去した。

(山田邦明)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小田氏治」の解説

小田氏治 おだ-うじはる

1534-1602* 戦国-織豊時代の武将。
天文(てんぶん)3年生まれ。常陸(ひたち)(茨城県)小田城主。結城(ゆうき),佐竹氏ら近隣の領主抗争をくりかえす。永禄(えいろく)12年手這(てばい)坂の戦いで佐竹氏に敗れ,支城の土浦城にのがれる。豊臣秀吉の小田原攻めにしたがわなかったため所領をうしない,越前(えちぜん)(福井県)にうつった。慶長6年閏(うるう)11月13日死去。68歳。通称小太郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android