本態性振戦(読み)ホンタイセイシンセン

デジタル大辞泉 「本態性振戦」の意味・読み・例文・類語

ほんたいせい‐しんせん【本態性振戦】

《「戦」は「顫」の書き換え》字を書いたり物を持ったりするときに手が震える症状。原因はストレスともされるが不詳。高齢者に多い。症状を軽減するためにベータ遮断薬が使われることがある。→振戦

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EBM 正しい治療がわかる本 「本態性振戦」の解説

本態性振戦

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 本態性振戦(ほんたいせいしんせん)は、ある動作をしようとしたり、一定の姿勢を保とうとしたりしたときに、体がふるえる病気です。ふるえ以外に症状はありません。ふるえはおもに手・腕・頭部・下顎(かがく)・舌に現れます。
 一般に精神が緊張したときや疲れたときなどにふるえが強くなり、アルコールを飲むと改善する傾向があります。しかし、アルコールによってふるえを抑えようとすると、アルコール依存症(アルコールに強い欲求をもち、飲酒行動を抑制できない状態)になることもあります。食事や字を書くのが困難になるなど、日常生活にいくらかの支障はありますが、ほとんどは深刻なものではありません。
 ただし、上肢(じょうし)(手)に精密な作業が要求される職業の人にとっては、一見わずかなふるえであっても日常生活への影響は大きいので、個人の背景を十分考慮して治療の必要性を検討しなければなりません。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 同じ病気の人が血縁者にいるなど、遺伝的な要素が明らかな場合は家族性振戦、お年寄りが発症した場合は老人性振戦と呼ばれます。くわしい原因はわかっていません。緊張するとふるえが激しくなることから、興奮したときに働く交感神経が関係しているのではないかという説もあります。
 たとえば①人前でスピーチや挨拶(あいさつ)をするとき声がふるえる。②宴席などでコップに飲み物を注いでもらうとき手がふるえる。③服のボタンがうまくかけられない。④食事(会食など)ではしをもつ手がふるえる。⑤頭部が左右にふるえ、外出や人に会うことが苦痛になるなどの症状がよくみられる場合は、本態性振戦の疑いがあります。
 筋肉が硬くなることもなく、進行はゆるやかで、良性の病気です。

●病気の特徴
 人口の2.5~10パーセントに見られ、調査によってややバラつきがありますが、頻度の高い神経症状の一つです。成年期以降に発症する場合がほとんどで、年齢が上がるほど多くなります。(1)


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]日常生活にそれほど支障がなければ、とくに治療は行わない
[評価]☆☆
[評価のポイント] ふるえ以外に症状はなく、悪化する病気でもないので、日常生活に支障がない程度であれば治療は必要ありません。そのため、患者さんに治療を行わないことを説明し、よく理解してもらうことになります。患者さんは安心感を得ることで症状が軽くなることもあります。このことは、専門家の意見や経験から支持されています。(1)(2)

[治療とケア]緊張するとふるえがおこりやすいことを理解する
[評価]☆☆
[評価のポイント] 専門家の意見や経験から支持されています。どのような状況でおこりやすいかがわかれば、ふるえがおこっても不安感が軽減されるようになります。(1)(2)

[治療とケア]職業上、あるいは緊張する状況が予想される場合などは薬によってふるえを抑える
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 精密な手作業を必要とする仕事をしている患者さんなどでは、薬を用いることが有効なことが、非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。(1)(2)

[治療とケア]ボツリヌス毒素療法を行う
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 薬物療法が無効で、日常生活に支障がある中等度から高度の障害を示す場合や、副作用により薬物療法が行えない場合に利用されることがあります。(1)~(3)

[治療とケア]脳手術を行う
[評価]☆☆
[評価のポイント] 脳の視床が標的になります。薬物療法などで効果が認められない場合で日常生活に著しく支障をきたす場合は選択肢の一つになりますが、現在のところ効果は限定的で明確に示されていません。(1)


よく使われている薬をEBMでチェック

β遮断薬
[薬名]インデラル(プロプラノロール塩酸塩)(1)(2)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によってプロプラノロール塩酸塩のふるえに対する効果が確認されています。

α・β遮断薬
[薬名]アロチノロール塩酸塩(アロチノロール塩酸塩)(1)(4)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 信頼性の高い臨床研究によって、プロプラノロール塩酸塩と同等の効果が報告されています。日本では唯一、本態性振戦に対する保険適用があります。ただし、副作用として、徐脈、めまい・ふらつき、脱力・倦怠感(けんたいかん)が知られています。

抗てんかん薬
[薬名]リボトリール/ランドセン(クロナゼパム)(1)(5)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 運動時振戦(ある動作をしようとしたときにふるえがおこる)に効果があるという臨床研究がありますが、一方で効果が認められないという報告もあります。また、副作用として眠気がでることが多く、注意が必要です。

[薬名]プリミドン(プリミドン)(1)(6)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によって、プロプラノロール塩酸塩と同等の効果があると確認されています。ただし、副作用(眠気、運動失調吐き気など)のため、約3分の1の患者さんで内服が継続できなくなったと報告されています。気管支喘息(きかんしぜんそく)や低血圧、徐脈があってプロプラノロール塩酸塩が使えない場合に使用されます。少量の使用と普通の使用量を比較した研究があり、副作用に関しては変わらなかったと報告されています。少量でも副作用に注意をする必要があるでしょう。

抗不安薬
[薬名]コンスタン/ソラナックス(アルプラゾラム)(7)(8)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。しかし、眠気などの副作用が約半数に認められ、プロプラノロール塩酸塩やアロチノロール塩酸塩、プリミドンで効果が認められない場合に使用すべきでしょう。

[薬名]セルシン/ホリゾン(ジアゼパム)
[評価]☆☆
[薬名]セレナール(オキサゾラム)
[評価]☆☆
[評価のポイント] プロプラノロール塩酸塩やアロチノロール塩酸塩で十分な効果が得られず、不安で症状が強くなる場合はこれらの抗不安薬が有効かもしれません。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
ふるえ以外に症状はなく、原因不明だが良性の病気
 本態性振戦では、ある動作をしようとしたり、一定の姿勢を保とうとしたりしたときに、おもに手・腕・頭部・下顎・舌などにふるえが現れます。遺伝が明らかであれば家族性振戦、お年寄りが発症すれば老人性振戦と呼ばれます。
 くわしい原因はわかっていませんが、ふるえ以外に症状はありません。進行性の病気ですが、進行は非常にゆるやかであり、日常生活にほとんど支障をきたすこともなく、治療が必要となる患者さんは、ほんの一部と考えられます。

生活が困難でなければ治療の必要なし
 どのような薬でも、副作用の可能性はゼロではありません。日常生活に困るほどのふるえでなければ、薬を使わないのがもっとも安全です。非常に精密な手作業を要求される仕事をもつ患者さんでは、早期から薬を用いることもあります。

インデラル(プロプラノロール塩酸塩)などβ遮断薬が第一選択
 薬を使う場合には、以前からインデラル(プロプラノロール塩酸塩)などのβ遮断薬が有効であることが確認されていますので、それが第一選択薬になります。
 しかし、β遮断薬は心臓の収縮力を抑えたり、心拍数(脈拍数)を少なくしたり、気管支喘息を悪化させたりする可能性もあり、使用してよいかどうか患者さんごとに注意深く判断する必要があります。
 α・β遮断薬であるアロチノロール塩酸塩(アロチノロール塩酸塩)も、日本では唯一本態性振戦への保険適用があり、第一選択として考えられます。

抗てんかん薬プリミドン(プリミドン)も有効
 β遮断薬が使えない場合には、抗てんかん薬として使われているプリミドン(プリミドン)が用いられます。この場合も、副作用(眠気、運動失調、吐き気など)に注意する必要があります。
 インデラル(プロプラノロール塩酸塩)、アロチノロール塩酸塩(アロチノロール塩酸塩)、プリミドン(プリミドン)でも効果が認められず、不安でふるえが強くなっている場合は、抗不安薬コンスタン/ソラナックス(アルプラゾラム)を使うこともあります。これもやはり、眠気などの副作用には注意すべきです。

(1)日本神経治療学会. 標準的神経治療:本態性振戦. 2011. https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/hontai.pdf
(2)Zesiewicz TA, Elble RJ, Louis ED, Gronseth GS, Ondo WG, Dewey RB Jr, Okun MS, Sullivan KL, Weiner WJ. Evidence-based guideline update: treatment of essential tremor: report of the Quality Standards subcommittee of the American Academy of Neurology. Neurology. 2011;77(19):1752.
(3)Brin MF, Lyons KE, Doucette J, Adler CH, Caviness JN,Comella CL, et al. A randomized, double masked, controlled trial of botulinum toxin type A in essential hand tremor.Neurology 2001; 56(11):1523-1528.
(4)Lee KS1, Kim JS, Kim JW, Lee WY, Jeon BS, Kim D. A multicenter randomized crossover multiple-dose comparison study of arotinolol and propranolol in essential tremor.Parkinsonism Relat Disord. 2003 Aug;9(6):341-347.
(5)Biary N, Koller W. Kinetic predominant essential tremor: successful treatment with clonazepam.Neurology. 1987;37(3):471.
(6)Elias WJ, Shah BB. Tremor. JAMA. 2014 Mar;311(9):948-954.
(7)Huber SJ, Paulson GW. Efficacy of alprazolam for essential tremor. Neurology. 1988;38(2):241.
(8)Gunal DI, Afşar N, Bekiroglu N, Aktan S. New alternative agents in essential tremor therapy: double-blind placebo-controlled study of alprazolam and acetazolamide. Neurol Sci. 2000;21(5):315.

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内科学 第10版 「本態性振戦」の解説

本態性振戦(錐体外路系の変性疾患)

(4)本態性振戦(essential tremor)
概念
 原因不明の振戦を主訴とする疾患である.本態性振戦では振戦は手指に最もよくみられ,頸部振戦や音声振戦もみられる.単一疾患というよりは疾患群の中の1つと理解される.
疫学
 有病率は不明.欧米では家族歴を有することが多いがわが国では家族歴は少なく,孤発例が多い.通常40歳以降に発病する.欧米での有病率は,厳格な診断基準に従ったものでは人口の0.4~3.9%との報告がある.40歳以上に限れば4~6%と理解され老齢者には珍しくない.
病因と危険因子
 多くの研究は有病率と発現率ともに年齢とともに増加することを示している.人種ではアフリカ系アメリカ人に多いことが報告されている.コーカソイドの頻度はアフリカ系アメリカ人の5倍との報告もある.半数ないしそれ以上の患者は遺伝歴を有すると理解されているが報告でのばらつきは大きい.患者の半数以上は遺伝歴をもたないとも報告されている.疾患の原因遺伝子は同定さていないが2つの遺伝子にリンクの可能性が報告されている.
病理
 確立された病理所見はない.
病態生理
 振戦は骨格筋が,作動筋と拮抗筋が相反性,律動性に収縮することにより生じる.姿勢時に出現する振戦が特徴である.振戦発現の機序は中枢性か末梢性かは不明である.
臨床症状
 本態性振戦の振戦は通常,上肢に出現する.頭部振戦との合併例が多く34~53%との報告があるが,頭部振戦だけでは1~10%といわれる. 臨床表現型を表15-6-10に示す.症状は姿勢時(両上肢を水平に保持するなど)に出現する8~12 Hzの細かい振戦を特徴とし,ほかの神経症状は伴わない.しかし,静止時振戦は18.8%に認めるとの報告もある.遅い姿勢時振戦は企図振戦となる.また,手指,頭部の振戦が多い.書字の際に手が震えて書字困難なものは書家振戦(writer’s tremor)とよび,本態性振戦の臨床型の1つである.書家振戦は書痙とは異なり,書字以外にも振戦が出現することがある.頸部振戦は首を左右に振るもので,この症状のみで独立して出現し,高齢者に多い.起立性振戦は起立時に下肢と体幹がガタガタと大きく揺れたり,震えたりする.歩行時,坐位,臥位では消失する特徴がある.音声振戦は本態性振戦に特徴的なものである.アルコールの摂取により振戦が消失することが多いがこの原因は不明である.振戦は本態性振戦に限らず,肉体的疲労,精神的緊張,発熱により通常増強される.
予後
 一般には緩徐進行性であり,書字,食事,業務などの日常生活に支障をきたすようになる.
検査成績
 診断に参考となる特有な検査はない.
診断
 症状を参考として,甲状腺機能亢進症などの鑑別診断を行う.除外診断となる(表15-6-11).まれに本態性振戦は後にParkinson病を発病することがある.表15-6-12に本疾患とParkinson病の症候の差異を示す.
治療
 α,β遮断薬であるアロチノロールの有効性が確認されている.β遮断薬であるプロプラノロールも有効である.抗てんかん薬であるプリミドン,クロナゼパムも使用されることがある.激しい振戦で薬物抵抗性の場合は深部脳刺激の適応対象となる.[山本光利]
■文献
Deuschl G, Bain P, Brin M: Consensus statement of the movement disorder society on tremor. Ad Hoc Scientific Committee. Mov Disord, 13 (suppl): 2-23, 1998.岩田 誠:神経症候学を学ぶ人のために,pp130-132,医学書院,東京,1994.Louis ED: Essential tremor. Lancet Neurol, 4: 100-110, 2005.
山本光利:老年者の症状別診断ポイント 振戦.老年医学,37: 179-181, 1999.

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知恵蔵mini 「本態性振戦」の解説

本態性振戦

原因不明(本態性)で、不随意のふるえ(振戦)のみが起こる疾患。動作時に手・上肢・頭部などが震えるもので、進行性の神経疾患と位置づけられる。年齢とともに有病率が上がり、40歳以上の4%、65歳以上の5~14%以上に症状がみられ、有病率は人口のおよそ2.5~10%とされている。生命の危険はなく進行も一般に遅いが、日常生活に支障を来すほどに悪化した場合には、薬物療法・外科療法・ボツリヌス毒素注射治療などが行われる。

(2015-6-10)

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