ストレスに対処する能力を高めるための具体的な方法としては、
①ストレスの正しい知識を得る。
②健康的な睡眠、運動、食習慣によって心身の健康を維持する。
③自分自身のストレスの状態を正確に理解する。
④リラックスできるようになる。
⑤ものごとを現実的で柔軟にとらえる。
⑥自分の感情や考えを上手に表現する。
⑦時間を有効に使ってゆとりをもつ。
⑧趣味や旅行などの気分転換を図る。
などがあげられます。
個人が受けるストレスの影響は、配偶者や家族、友人、知人、職場や地域社会などのサポートによって緩和されます。このためには、個人の側から、周囲の理解と協力を得ることができるようになることも重要ですが、求めに応じて個人を支えるような社会的環境を整えることも重要になります。
厚生労働省の調査によると、ストレスがあった時の対処法は、「人に話して発散する」が39%で最も多く、「のんびりする」「テレビを見たりラジオを聞いたりする」が続いています。性別でみると、男性は「趣味・スポーツに打ち込む」が35%で最も多く、「のんびりする」「テレビを見たりラジオを聞いたりする」「アルコール飲料(酒)を飲む」が続いています。一方女性は、「人に話して発散する」が際立って多く、50%を超えています。
ストレスが生じた時の相談相手は、男女とも「家族」「友人・知人」がとくに多くなっています。性別でみると、男性は「家族」49%、「友人・知人」38%ですが、女性では、両者とも55%を超えています。
これを、年齢階級別にみると、男性では、12~34歳までは「友人・知人」が、35歳以上では「家族」が最も多くなっています。一方、女性でも同じような傾向ですが、45歳以上では「家族」が最も多くなっています。
①アウトドアでの休養法
・森林浴
都会の雑踏を歩いていると、妙に気持ちがいら立ったり、ちょっとしたことでも過剰に反応して腹立たしく感じたりすることがあります。一方、森林や高原などの空気がきれいなところは、空気が澄んでいて、このようなところをゆっくり散策することは、ささくれ立ったこころや疲れた体をリフレッシュしてくれます。
・温泉浴
温泉には、ナトリウムやカルシウム、塩化物などさまざまな物質が溶け込んでおり、それらの成分が皮膚から浸透して細胞を活性化させます。さらに、温泉の広々とした湯船で手足を伸ばしていると、こころが開放的になります。
②家庭でできる休養法
・温浴効果
疲れてくたくたになっている時にも、お風呂に入ると体がよみがえります。これには医学的根拠があって、そのひとつが入浴による血行促進です。こわばった筋肉が、血行がよくなることで柔軟性を取りもどす効果があります。
また、運動などによって筋肉にたまる疲労物質を乳酸といいますが、入浴によって血液循環がよくなると、この乳酸が減少します。そのため、お風呂に入ると筋肉疲労が早く回復すると考えられています。
・音楽療法
音楽の効果には、音楽の奏でるメロディ、リズム、ハーモニーが気分を変化させ、緊張をときほぐす心理的作用や、血圧、呼吸、胃腸のはたらきに影響を与えるといった身体的作用があります。この効果を利用してストレスの治療が行われます。
音楽を使った療法には、専門家が音楽を利用して治療を行う音楽療法と、誰もが自由にそして好きな音楽を利用する音楽健康法があります。音楽療法は、その専門家が音楽という手段(聞く、歌う、演奏するなど)により患者を治療するという専門的な領域です。一方、音楽健康法は自分が心地好いと感じる曲を楽しく聞くことが中心になります。
そこで、自分専用のストレス解消用の音楽テープなどをつくり、これを聞くことによりストレスを解消することをおすすめします。眠りにつく時用、朝の目覚め用、いらいら解消用、不安解消用、仕事の能率向上用など、目的別に作成することが理想です。また、このような目的で作成されたCDや、個人でも手軽に多種の音楽が聞ける有線放送を利用するのもよいでしょう。
・アロマテラピー
アロマテラピーとは、植物から抽出した自然の精油(エッセンシャルオイル)が醸し出す香りの効用を楽しむ自然療法です。香りは吸入すると、その刺激が大脳辺縁系から脳下垂体へと伝わります。ここは自律神経、ホルモン分泌などのシステム中枢ですので、香りのメッセージが体のすみずみまで伝わり、その結果、体とこころが活性化したり、あるいは興奮が抑制されたりする効果が現れます。
・ペット
ペットは、見ているだけでこころが和みます。ことにイヌやネコなどの哺乳類はスキンシップを好むので、なでたり抱き上げるととても満足気な表情をします。それが人間にとっても心地のよいスキンシップとなるばかりでなく、こころも癒されます。
・睡眠
睡眠は、1日の疲れを解消するのに最も有効です。睡眠時間には個人差があり、何時間でなければならないということはありません。疲労が蓄積している時は、午後3時以前に20~30分程度仮眠するのも有効です。
③その他のストレス解消法
・笑い
漫才、落語、喜劇などによる笑いは悩みやストレスを解消してくれます。漫才や喜劇を楽しむことで、体の抵抗力を示す免疫能が約30%もアップしたとする報告があります。このことは明らかに笑いが体の抵抗力を高め、ストレス耐性も増すことを意味しています。
職場も笑いのない職場では過度の緊張が張りつめ、発展的な成果は生み出せません。家庭も同じで、笑いのある生活にしたいものです。
・おしゃべり
全国調査においても、ストレス発散のために最も多く行われる方法は、人と話すことです。自分の悩みを話すことで、解決を求めます。たとえ解決できなくても、ストレスは軽減されます。最近は、おしゃべりでなくEメールが多く利用されています。
・運動療法
「ランナーズ・ハイ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。マラソンランナーが競技中に感じる恍惚感のことをいいますが、この時ランナーの脳の中では、オピオイドという物質が分泌されていることがわかっています。
このオピオイドは、マラソンのように激しい運動をした時や、激しい痛みやストレスを感じた時に分泌され、痛みや荒んだ気持ちを和らげてくれます。スポーツ好きで体力のある人は、強めの運動でオピオイドを分泌させ、ストレス解消をしてみましょう。
モノアミンは、オピオイドと同じく脳内物質の一種で、人にやる気を起こさせ、動きを活発化する作用があります。オピオイドが激しい運動で増えるのに対して、モノアミンは軽い運動でも増加します。
あまり運動が好きでない人や体力のない人は、エクササイズ・ウォーキング(腕を大きく振って速めに歩く)でモノアミンを増やし、ストレスを解消しましょう。筋力トレーニングも併せて行えば、天候や体調に左右されずに継続的にストレス解消ができます。
一方、体によくないストレス解消法もあります。やけ食いは、繰り返し行うと胃腸の調子が悪くなり、肥満となり、脂質異常症、糖尿病などの病気を起こします。やけ酒は、他人に迷惑をかけるばかりでなく、アルコール依存症になります。
たばこは一時的な解消法で、長い目でみればニコチン依存症になり、がんや心筋梗塞などになりやすくなります。コーヒーは、1日5杯以上飲むとカフェイン中毒になりやすく、興奮状態が続き、睡眠障害の原因にもなります。
どれもがよく行われている方法ですが、決して体にはよくない解消法です。
和田 高士
ストレスとは、本来は物理学でスプリングのなかに生じるひずみを表現する用語ですが、それが生命に生じたひずみの状態を表現する言葉として使われるようになりました。カナダの生理学者、ハンス・セリエ氏が1935年に用いたのが最初です。
すなわち、ストレスとは体外から加えられた各種の有害な原因に応じて体内に生じた障害と、これに対する防衛反応の総和と考えられています。つまり、体に悪い結果となる現象すべてを併せて、ストレスといいます。
ストレスを引き起こすもの(原因)を「ストレッサー」といいます。ストレッサーは、私たちのまわりにいくらでもあります。基本的には、人間の身体に対して、刺激となるあらゆる事物がストレッサーになりうるということです。大別すると、おおよそ4つに分けられます。
①物理的刺激
②化学的刺激
③生物学的刺激
④心理・社会学的刺激
私たちの身のまわりには、これらのストレッサーがたくさんあり、いろいろな形で複雑に作用しています。
①の物理的なものには、寒冷、暑熱、騒音などがあり、②の化学的なものには、お酒やたばこなどがあります。お酒やたばこでストレスを解消しようとしても、もともと強いストレッサーなので、かえってストレスは高まってしまうのです。細菌やウイルス感染は、③の生物学的なストレッサーです。
このようにストレッサーが心身にストレスをためると、いろいろな病気を引き起こすのですが、とりわけ④の心理・社会学的ストレッサーは、現代社会と深い関わりをもっています。
ヒトのこころや体のはたらきは、複雑に絡み合っていますが、これらは脳が中心となって調節しています。情動、内分泌、自律神経、免疫、運動、記憶、そのほかたくさんのはたらきがありますが、生体がストレッサーにさらされると、これらのはたらきが影響を受けることになります。ストレッサーに関する情報はすぐに脳に送られ、これまでに脳が獲得した経験、記憶、学習、さらに本能まで動員して、回避行動や体の防御反応など、さまざまな対応のしかたで影響を和らげるのです。
これがストレス反応ですが、ストレスの大きさは、そのストレッサーを受け取る側の状態によっても変わります。ストレッサーが、生体の適応力を超えるほど強力だと、心身に何らかの異常が起こってしまいます。逆に遺伝、経験、環境、生体の防御機構など生体側の機能が
精神面では、感情の揺れすべてがストレッサーになります。怒ったり、悲しんだりといった負の感情だけでなく、喜ぶ、楽しむといった一見ストレスには直結しないと思われる感情も、実はストレスの原因になります。
ストレッサーによる刺激は、大脳から視床下部へ、そして視床下部から自律神経系、内分泌系、免疫系へと伝わります。加わったストレッサーが生体に対して過剰でかつ長期にわたってあると、慢性疲労となり(図5)、心身にさまざまな症状が現れてきます(表8)。病気としては、かぜなどの感染症にかかりやすくなったり、胃・十二指腸潰瘍、高血圧、
厚生労働省の2000年保健福祉動向調査によると、何らかのストレスがある人について、その内容をみると、「仕事上のこと」31%が最も多く、「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」「職場や学校での人付き合い」が続いています。性別でみると、男性は「仕事上のこと」が41%と際立って多く、女性は「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」が25%を超えています。
年齢階級別にみると、24歳以下では、男女とも「職場や学校での人付き合い」が最も多くなっています。男性は、25~64歳までは「仕事上のこと」、65歳以上では「自分の健康・病気・介護」が最も多く、女性では、25~54歳までは「収入・家計」、55歳以上では「自分の健康・病気・介護」が最も多くなっています(図6)。
最近のOA化などの技術革新も、ストレスを増強させる要因になっています。コンピュータ端末を長時間扱うと、眼の疲れ、肩こりなどの身体的ストレスを高める一方、OA化のテンポについていけない不安感、常時機械に対面しているための対人間的関係に対する枯渇感など、新たな心理的ストレスを増やしています。
2010年、脳血管疾患および虚血性心疾患など(負傷に起因するものを除く)の労災認定基準が策定されました。脳・心臓疾患は、その発症の基礎となる動脈硬化、動脈
負荷要因として、①労働時間、②不規則な勤務、③拘束時間の長い勤務、④出張の多い業務、⑤交替制勤務・深夜勤務、⑥作業環境(温度環境・騒音・時差)、⑦精神的緊張を伴う業務、があります。①については、1週間あたり40時間を超えて労働した時間自体が、発症前1カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月あたりおおむね45時間を超える時間外労働、発症前1カ月間におおむね100時間または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働は、十分な負荷要因として考慮されます。
和田 高士
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
警告反応と訳される医学、生物学用語。生体に有害刺激が加わると、脳の特定部位や下垂体前葉の分泌細胞の活動が高まり、それによって副腎(ふくじん)皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌が増加し、その結果、血中の糖質コルチコイド濃度が上昇する。この下垂体前葉―副腎皮質系の機能上昇は、有害刺激から生命を守り、生命を維持するためには不可欠なものである。カナダの内分泌学者セリエH. Selyeは、ACTH分泌を増加させる有害刺激をストレッサーstressorと定義した(1936)。これは生体諸機能にひずみstrainを生ぜしめるものという意味であるが、現在このようなひずみをおこすことを含めてストレスとよんでいる。その後、カナダの内分泌学者フォーティアC. Fortierは、ストレッサーをその有害刺激の作用の仕方から、神経性(音、光、痛み、恐れ、悩み)、体液性(毒素、ヒスタミン、ホルマリンなど)、ならびにこれら両者の混合した型の3種に大別した。これらの異常刺激に生体が曝露(ばくろ)されると、生体は視床下部―下垂体前葉―副腎皮質系の活動を高めて循環血液中に副腎皮質から糖質コルチコイド濃度を上昇させて自己を防衛する。その際、ストレッサーは、その種類によって生体にそれぞれ特異的な反応を引き起こすとともに、非特異的な変化を惹起(じゃっき)する。この非特異的変化は、生体がストレッサーに曝露されたときに生体に備わっている防衛機構を刺激して、生体に適応させて生命を維持するものである。しかし、有害刺激があまりにも強いと、適応機能は破綻(はたん)し、ついに疲憊(ひはい)に陥って死に至る。これら一連の反応過程を総括して、セリエは汎(はん)適応症候群general adaptation syndrome(GASと略す)と名づけ、次の三つの時期に区分した。
第一期には二つの時期がある。初めにストレスを受けると、生体は強いショック状態(血圧の低下、心臓機能の低下、骨格筋の緊張や脊髄(せきずい)反射の減弱、体温の低下、意識の低下など)に陥る。これがショック期とよばれる時期である。ついでストレス刺激により、視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が放出され、これが下垂体前葉からACTHを一般体循環に放出する。このACTHが副腎皮質に作用して副腎皮質ホルモンの一つである糖質コルチコイドの分泌を促進する。この時期を警告反応期といい、生体の防衛機序が働き始める時期である。
第二期は、第一期を経過して、ストレスに対する生体諸機能を有機的に再構成し、ストレスに耐え、適応するようになる時期で、抵抗期ともいう。第三期は、ストレスがさらに持続し、生体の適応機序に破綻を生じ、生体諸器官が協調的に機能しなくなり、生体の恒常性が失われる時期である。この時期を疲憊期ともいう。
ストレッサーによって刺激された視床下部―下垂体前葉―副腎皮質系の活動によって放出された糖質コルチコイドは、〔1〕間葉組織の炎症反応に対して細胞のリソゾーム膜を安定化させる作用(抗炎症作用)、〔2〕筋その他の組織における糖新生作用、ならびに肝臓に直接作用することによって糖新生に関与する一連の酵素の合成を賦活(ふかつ)する作用、〔3〕他のホルモン、たとえば甲状腺(せん)ホルモン、成長ホルモン、性ホルモン、インスリン、カテコールアミンなどの効果を増強する作用があるとされる。これらの作用によって、ストレスに曝露された生体諸機能のひずみは正常状態に戻る、というのがセリエの考えである。
しかし、その後の研究から、セリエの学説には問題点のあることが明らかにされ、現代では古典的なものになっている。
[川上正澄]
生体の生存している生体外部の環境がきわめて変化に富み、刺激も多いにもかかわらず、生体の内部環境は恒常的に維持されている。このことは、19世紀の後半にフランスの生理学者ベルナールC. Bernardによって発見された。この内部環境の不動性こそ、生命を維持するうえに必要なものである。この内部環境の特性を、アメリカの生理学者キャノンW. B. Cannonはホメオスタシス(恒常性)とよび、これを保つ仕組みには視床下部―交感神経―副腎髄質系が大きな役割を演じていることを明らかにした(1927)。この系を刺激する生理的要因には、感情の激動、痛み、寒さ、酸素欠乏、飢え、激しい筋作業など多くのものがある。このような因子がストレッサーとして生体に作用すると、視床下部―交感神経系が刺激され、副腎髄質からアドレナリン、ノルアドレナリンが血中に放出される。これらのホルモンは、両者にわずかな差異はあっても、ともに心臓機能の亢進(こうしん)、血圧上昇、骨格筋への血流増加、血糖(血液のブドウ糖)の血中への増加をもたらし、筋活動に必要なエネルギーの供給、脾臓(ひぞう)収縮による循環血流への赤血球放出増加、気管支の平滑筋の弛緩(しかん)による呼吸気量の増加、立毛(鳥肌)などをおこす。これらの変化がおこることによって、生体は非常事態に遭遇した場合でも、生体を防衛するための可能な限りの努力が払えるわけである。キャノンはこれらの事実から、生体が非常事態に直面したときには、主として交感神経―副腎髄質系の活動によって生体を危機から防衛することができると考え、緊急反応理論emergency theoryを展開した。この副腎皮質の働きは、動物がストレス環境にない場合には生命維持に必須(ひっす)ではないが、ストレスに曝露された場合には必要となる。一般にACTH分泌を増加させるような有害刺激は、交感神経―副腎髄質系の活動も高める。このACTHとアドレナリンやノルアドレナリンのようなカテコールアミンとの協同活動については不明な点が多いが、血中糖質コルチコイドがカテコールアミンに対する血管の反応性を維持することはわかっている。また、カテコールアミンは遊離脂肪酸を血中に遊離させる作用を促進するほか、生体がストレス刺激を受けて緊急状態に置かれた場合には、エネルギー源としても重要な働きをもつことが明らかにされている。
[川上正澄]
ストレスとその適応症候群の考えは、動物の個体群生態学にも大きな影響を及ぼした。アメリカのクリスチャンJ. J. Christianは、ノネズミなど哺乳(ほにゅう)類の個体数変動の機構を、セリエのストレス学説によって説明しようと試みた(1950)。すなわち、大発生により食物の欠乏、すみかの不足、闘争など個体間の干渉の増大がおこると、これらがストレッサーとなって作用し、生殖機能の低下、出生率の低下、死亡率の上昇がおこり、個体数の減少に至るというものである。セリエのストレス学説と同様、クリスチャンのこの説明にも、その後さまざまな批判がなされ、修正が加えられてはいるが、現在でも個体群の動態を生理学的に解明しようとするもっとも有力な仮説とされている。
[町田武生]
ストレスは元来は機械工学的な用語で,物体を圧縮したり引き伸ばしたりしたときにその物体に生じる〈ひずみ〉を意味するが,1936年H.セリエによってストレス学説が提唱されて以来,この語はしだいに流布し,現今では日常用語化している。その邦訳語は〈負荷〉であるが,ほとんど用いられず,外来語のまま使用されている。
セリエは生体が外傷,中毒,寒冷,伝染病のような異なった種類の刺激にさらされた際,刺激の性格のいかんにかかわらず,ある種の一様な反応が生じる事実に注目した。この反応は脳下垂体-副腎皮質系の内分泌系統が関与して成立するもので,もともと生体の防衛あるいは環境の変動に対する適応的な反応であると考え,汎適応症候群general adaptation syndromeと命名している。このような反応の原因となる刺激はストレッサーstresserまたはストレス作因という。セリエのストレス学説によると,生体が脅威となるストレッサーにさらされると,警告反応期,抵抗期,疲憊(ひはい)期の3期の反応が順次起こる。警告反応期は生体が防衛反応を開始する時期で二つの相がある。最初のショック相は防衛体制が不備で,まだ十分副腎皮質ホルモンが分泌されないため,血圧低下,体温低下,胃・十二指腸の潰瘍化傾向,無尿,血糖値低下,アドレナリン分泌などが起こる。これにひきつづいて抗ショック相となると,副腎皮質刺激ホルモン,副腎皮質ホルモンの分泌が高まり,上記の諸反応は逆転し生体の抵抗力は高まる。そのまま生体への脅威が去らなければ,抵抗期に入り適応状態を保つ。あまりに刺激が長期間つづけば,適応を持続できなくなって疲憊期になり,諸反応は失調状態となる。これは一種の過剰反応である。過剰反応は病因的に作用して悪循環も形成される。セリエは,高血圧症,胃・十二指腸潰瘍,糖尿病,リウマチ性疾患などの一部はこのようなストレスの過程に起因すると考えた。このセリエの汎適応症候群の概念は,基本的にはW.B.キャノンのホメオスタシスのそれと一脈通じるものがある。
ストレスの原因となるストレッサーとしてはさまざまな要因がある。それは,(1)寒暑,放射線,騒音,種々の化学物質などの物理化学的要因,(2)飢餓,寄生体の侵入,過度の肉体運動,睡眠不足,妊娠などのような生物学的要因,(3)精神緊張,恐怖,興奮などの生じる社会的要因,である。すなわち個体にかかわる外的・内的なありとあらゆる要因が刺激となりうる。人間はつねに対人的な環境のなかにあり,他者との関係に敏感であるので,われわれが日常受ける最大のストレスは対人的な社会的要因に属するものである。しかも人間は現在さらされている脅威に対して反応するばかりでなく,過去に体験した脅威の記憶や,将来襲ってくるかもしれない脅威を予想することによっても上記のような反応を起こしうる。このような事情で人間は下等動物よりもストレスに満ちた生活をしているといえる。ネズミやサルのような実験動物を身体的な自由を拘束しておぼれない程度に水中に浸すと,それがストレッサーとなり短時間のうちに胃に潰瘍をつくることができる。このようなストレス潰瘍は簡単に治癒する。人間にとってストレスとなり病因的にはたらく刺激は通常は長期にわたる持続的なもので,持続的な精神緊張,解決困難な欲求不満や葛藤のごときものである。個体の側でこれらの問題を心理的に適切に処理できるときは精神的な適応という。不適応におちいると上述の生理学的な反応系の作用によって,胃・十二指腸潰瘍,高血圧,ある種の糖尿病のような病気を生じる。このように心理的なストレスで身体疾患が生じた場合が心身症と呼ばれ,心身医学の対象となっている。また,この心理-身体的な因果関係はいわゆる心身相関にかかわる主要な部分を占めている。なお,ホロビッツJ.Horowitzはストレス反応症候群という用語を導入しているが,そこには心身症以外の神経症,心因反応,精神病などを含んでいて,広義である。さらに,ストレスにより病気が生じると,ストレスの源となった脅威よりも,その結果としての病気のほうが個体にとってはいっそう脅威となる事実のあることはストレスの意義を大にしている。
執筆者:永島 正紀+野上 芳美
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出典 ダイビング情報ポータルサイト『ダイブネット』ダイビング用語集について 情報
…症状の起き方,治癒に至る経過などにより急性胃潰瘍と慢性胃潰瘍とに分けられる。急性胃潰瘍は,ストレス潰瘍や明らかな血流障害をきたす血管性潰瘍を含み,がまんできないような激しい上腹部痛や吐き気,嘔吐を伴って発症し,出血も起こしやすいが比較的早く治癒する。
[発生原因]
胃炎説と血管障害説が原因として唱えられているが,単一の原因では説明しきれず,まだ不明な点も多い。…
…副腎皮質ホルモンは生命維持に不可欠なホルモンであるが,ACTHはその分泌を調節している。精神的あるいは肉体的ストレスに出会った場合,視床下部あるいはさらに上位の中枢から刺激を受けてACTHの分泌が増加し,その結果,副腎皮質ホルモンの分泌が促され,生体は新たな環境に適応しようとする。つまり,ACTHは,ストレスから生体を守る働きをするホルモンである。…
…カナダに帰化し,45年からモントリオール大学の実験医学研究所長兼教授。1936年以降,汎適応症候群general adaptation syndromeという新しい概念を提唱して国際的に高く評価されたがこの中にストレスという言葉が用いられているので,これは一般に〈ストレス学説〉とよばれている。ストレスとは,外界から心身へいろいろな傷害や刺激が加えられると,体内に種々の非特異的な生物反応が起こることをいい,その機序として脳下垂体‐副腎系のホルモン分泌が深く関与すると説く。…
…(94年の虚血性心疾患の対10万年死亡率は74人,脳卒中は97人,うち脳梗塞は54.4人である)このように,近年日本においても虚血性心疾患や脳梗塞,いいかえれば動脈硬化性疾患が増加の一途をたどっているという事実は,大都市の一部において食餌性の高脂血症に伴った虚血性心疾患がみられ,しかも30歳代の心筋梗塞をしばしば経験するようになったことからも十分うなずける。
[動脈硬化の危険因子]
動脈硬化症の成因は多元的なものとみなされており,高脂血症などの体液因子,血管壁の代謝異常や高血圧による局所的因子,食事組成やストレスなどの社会文化的条件,それにこれら多元的な因子の根底に遺伝的因子が存在している。(1)高脂血症 血清中の脂質分画のうち,一つまたはいくつかの成分が正常範囲をこえて増加した状態をいう。…
※「ストレス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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