六訂版 家庭医学大全科「ストレス」の解説
ストレス
Stress
(生活習慣病の基礎知識)
ストレスに対処する能力を高めるための具体的な方法としては、
①ストレスの正しい知識を得る。
②健康的な睡眠、運動、食習慣によって心身の健康を維持する。
③自分自身のストレスの状態を正確に理解する。
④リラックスできるようになる。
⑤ものごとを現実的で柔軟にとらえる。
⑥自分の感情や考えを上手に表現する。
⑦時間を有効に使ってゆとりをもつ。
⑧趣味や旅行などの気分転換を図る。
などがあげられます。
個人が受けるストレスの影響は、配偶者や家族、友人、知人、職場や地域社会などのサポートによって緩和されます。このためには、個人の側から、周囲の理解と協力を得ることができるようになることも重要ですが、求めに応じて個人を支えるような社会的環境を整えることも重要になります。
ストレスの対処法
厚生労働省の調査によると、ストレスがあった時の対処法は、「人に話して発散する」が39%で最も多く、「のんびりする」「テレビを見たりラジオを聞いたりする」が続いています。性別でみると、男性は「趣味・スポーツに打ち込む」が35%で最も多く、「のんびりする」「テレビを見たりラジオを聞いたりする」「アルコール飲料(酒)を飲む」が続いています。一方女性は、「人に話して発散する」が際立って多く、50%を超えています。
ストレスの相談相手
ストレスが生じた時の相談相手は、男女とも「家族」「友人・知人」がとくに多くなっています。性別でみると、男性は「家族」49%、「友人・知人」38%ですが、女性では、両者とも55%を超えています。
これを、年齢階級別にみると、男性では、12~34歳までは「友人・知人」が、35歳以上では「家族」が最も多くなっています。一方、女性でも同じような傾向ですが、45歳以上では「家族」が最も多くなっています。
いろいろな休養法の実際と効果
①アウトドアでの休養法
・森林浴
都会の雑踏を歩いていると、妙に気持ちがいら立ったり、ちょっとしたことでも過剰に反応して腹立たしく感じたりすることがあります。一方、森林や高原などの空気がきれいなところは、空気が澄んでいて、このようなところをゆっくり散策することは、ささくれ立ったこころや疲れた体をリフレッシュしてくれます。
・温泉浴
温泉には、ナトリウムやカルシウム、塩化物などさまざまな物質が溶け込んでおり、それらの成分が皮膚から浸透して細胞を活性化させます。さらに、温泉の広々とした湯船で手足を伸ばしていると、こころが開放的になります。
②家庭でできる休養法
・温浴効果
疲れてくたくたになっている時にも、お風呂に入ると体がよみがえります。これには医学的根拠があって、そのひとつが入浴による血行促進です。こわばった筋肉が、血行がよくなることで柔軟性を取りもどす効果があります。
また、運動などによって筋肉にたまる疲労物質を乳酸といいますが、入浴によって血液循環がよくなると、この乳酸が減少します。そのため、お風呂に入ると筋肉疲労が早く回復すると考えられています。
・音楽療法
音楽の効果には、音楽の奏でるメロディ、リズム、ハーモニーが気分を変化させ、緊張をときほぐす心理的作用や、血圧、呼吸、胃腸のはたらきに影響を与えるといった身体的作用があります。この効果を利用してストレスの治療が行われます。
音楽を使った療法には、専門家が音楽を利用して治療を行う音楽療法と、誰もが自由にそして好きな音楽を利用する音楽健康法があります。音楽療法は、その専門家が音楽という手段(聞く、歌う、演奏するなど)により患者を治療するという専門的な領域です。一方、音楽健康法は自分が心地好いと感じる曲を楽しく聞くことが中心になります。
そこで、自分専用のストレス解消用の音楽テープなどをつくり、これを聞くことによりストレスを解消することをおすすめします。眠りにつく時用、朝の目覚め用、いらいら解消用、不安解消用、仕事の能率向上用など、目的別に作成することが理想です。また、このような目的で作成されたCDや、個人でも手軽に多種の音楽が聞ける有線放送を利用するのもよいでしょう。
・アロマテラピー
アロマテラピーとは、植物から抽出した自然の精油(エッセンシャルオイル)が醸し出す香りの効用を楽しむ自然療法です。香りは吸入すると、その刺激が大脳辺縁系から脳下垂体へと伝わります。ここは自律神経、ホルモン分泌などのシステム中枢ですので、香りのメッセージが体のすみずみまで伝わり、その結果、体とこころが活性化したり、あるいは興奮が抑制されたりする効果が現れます。
・ペット
ペットは、見ているだけでこころが和みます。ことにイヌやネコなどの哺乳類はスキンシップを好むので、なでたり抱き上げるととても満足気な表情をします。それが人間にとっても心地のよいスキンシップとなるばかりでなく、こころも癒されます。
・睡眠
睡眠は、1日の疲れを解消するのに最も有効です。睡眠時間には個人差があり、何時間でなければならないということはありません。疲労が蓄積している時は、午後3時以前に20~30分程度仮眠するのも有効です。
③その他のストレス解消法
・笑い
漫才、落語、喜劇などによる笑いは悩みやストレスを解消してくれます。漫才や喜劇を楽しむことで、体の抵抗力を示す免疫能が約30%もアップしたとする報告があります。このことは明らかに笑いが体の抵抗力を高め、ストレス耐性も増すことを意味しています。
職場も笑いのない職場では過度の緊張が張りつめ、発展的な成果は生み出せません。家庭も同じで、笑いのある生活にしたいものです。
・おしゃべり
全国調査においても、ストレス発散のために最も多く行われる方法は、人と話すことです。自分の悩みを話すことで、解決を求めます。たとえ解決できなくても、ストレスは軽減されます。最近は、おしゃべりでなくEメールが多く利用されています。
・運動療法
「ランナーズ・ハイ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。マラソンランナーが競技中に感じる恍惚感のことをいいますが、この時ランナーの脳の中では、オピオイドという物質が分泌されていることがわかっています。
このオピオイドは、マラソンのように激しい運動をした時や、激しい痛みやストレスを感じた時に分泌され、痛みや荒んだ気持ちを和らげてくれます。スポーツ好きで体力のある人は、強めの運動でオピオイドを分泌させ、ストレス解消をしてみましょう。
モノアミンは、オピオイドと同じく脳内物質の一種で、人にやる気を起こさせ、動きを活発化する作用があります。オピオイドが激しい運動で増えるのに対して、モノアミンは軽い運動でも増加します。
あまり運動が好きでない人や体力のない人は、エクササイズ・ウォーキング(腕を大きく振って速めに歩く)でモノアミンを増やし、ストレスを解消しましょう。筋力トレーニングも併せて行えば、天候や体調に左右されずに継続的にストレス解消ができます。
体によくないストレス解消法
一方、体によくないストレス解消法もあります。やけ食いは、繰り返し行うと胃腸の調子が悪くなり、肥満となり、脂質異常症、糖尿病などの病気を起こします。やけ酒は、他人に迷惑をかけるばかりでなく、アルコール依存症になります。
たばこは一時的な解消法で、長い目でみればニコチン依存症になり、がんや心筋梗塞などになりやすくなります。コーヒーは、1日5杯以上飲むとカフェイン中毒になりやすく、興奮状態が続き、睡眠障害の原因にもなります。
どれもがよく行われている方法ですが、決して体にはよくない解消法です。
和田 高士
ストレス
Stress
(生活習慣病の基礎知識)
ストレスの定義
ストレスとは、本来は物理学でスプリングのなかに生じるひずみを表現する用語ですが、それが生命に生じたひずみの状態を表現する言葉として使われるようになりました。カナダの生理学者、ハンス・セリエ氏が1935年に用いたのが最初です。
すなわち、ストレスとは体外から加えられた各種の有害な原因に応じて体内に生じた障害と、これに対する防衛反応の総和と考えられています。つまり、体に悪い結果となる現象すべてを併せて、ストレスといいます。
ストレスを引き起こすもの(原因)を「ストレッサー」といいます。ストレッサーは、私たちのまわりにいくらでもあります。基本的には、人間の身体に対して、刺激となるあらゆる事物がストレッサーになりうるということです。大別すると、おおよそ4つに分けられます。
①物理的刺激
②化学的刺激
③生物学的刺激
④心理・社会学的刺激
私たちの身のまわりには、これらのストレッサーがたくさんあり、いろいろな形で複雑に作用しています。
①の物理的なものには、寒冷、暑熱、騒音などがあり、②の化学的なものには、お酒やたばこなどがあります。お酒やたばこでストレスを解消しようとしても、もともと強いストレッサーなので、かえってストレスは高まってしまうのです。細菌やウイルス感染は、③の生物学的なストレッサーです。
このようにストレッサーが心身にストレスをためると、いろいろな病気を引き起こすのですが、とりわけ④の心理・社会学的ストレッサーは、現代社会と深い関わりをもっています。
心身に起こるストレス反応
ヒトのこころや体のはたらきは、複雑に絡み合っていますが、これらは脳が中心となって調節しています。情動、内分泌、自律神経、免疫、運動、記憶、そのほかたくさんのはたらきがありますが、生体がストレッサーにさらされると、これらのはたらきが影響を受けることになります。ストレッサーに関する情報はすぐに脳に送られ、これまでに脳が獲得した経験、記憶、学習、さらに本能まで動員して、回避行動や体の防御反応など、さまざまな対応のしかたで影響を和らげるのです。
これがストレス反応ですが、ストレスの大きさは、そのストレッサーを受け取る側の状態によっても変わります。ストレッサーが、生体の適応力を超えるほど強力だと、心身に何らかの異常が起こってしまいます。逆に遺伝、経験、環境、生体の防御機構など生体側の機能が
精神面では、感情の揺れすべてがストレッサーになります。怒ったり、悲しんだりといった負の感情だけでなく、喜ぶ、楽しむといった一見ストレスには直結しないと思われる感情も、実はストレスの原因になります。
ストレッサーによる刺激は、大脳から視床下部へ、そして視床下部から自律神経系、内分泌系、免疫系へと伝わります。加わったストレッサーが生体に対して過剰でかつ長期にわたってあると、慢性疲労となり(図5)、心身にさまざまな症状が現れてきます(表8)。病気としては、かぜなどの感染症にかかりやすくなったり、胃・十二指腸潰瘍、高血圧、
ストレス原因の内容
厚生労働省の2000年保健福祉動向調査によると、何らかのストレスがある人について、その内容をみると、「仕事上のこと」31%が最も多く、「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」「職場や学校での人付き合い」が続いています。性別でみると、男性は「仕事上のこと」が41%と際立って多く、女性は「自分の健康・病気・介護」「収入・家計」が25%を超えています。
年齢階級別にみると、24歳以下では、男女とも「職場や学校での人付き合い」が最も多くなっています。男性は、25~64歳までは「仕事上のこと」、65歳以上では「自分の健康・病気・介護」が最も多く、女性では、25~54歳までは「収入・家計」、55歳以上では「自分の健康・病気・介護」が最も多くなっています(図6)。
労働における負荷
最近のOA化などの技術革新も、ストレスを増強させる要因になっています。コンピュータ端末を長時間扱うと、眼の疲れ、肩こりなどの身体的ストレスを高める一方、OA化のテンポについていけない不安感、常時機械に対面しているための対人間的関係に対する枯渇感など、新たな心理的ストレスを増やしています。
脳・心臓疾患の労災認定
2010年、脳血管疾患および虚血性心疾患など(負傷に起因するものを除く)の労災認定基準が策定されました。脳・心臓疾患は、その発症の基礎となる動脈硬化、動脈
負荷要因として、①労働時間、②不規則な勤務、③拘束時間の長い勤務、④出張の多い業務、⑤交替制勤務・深夜勤務、⑥作業環境(温度環境・騒音・時差)、⑦精神的緊張を伴う業務、があります。①については、1週間あたり40時間を超えて労働した時間自体が、発症前1カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月あたりおおむね45時間を超える時間外労働、発症前1カ月間におおむね100時間または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働は、十分な負荷要因として考慮されます。
和田 高士
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報