ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アクトン」の意味・わかりやすい解説
アクトン
Acton, John Emerich Edward Dalberg, 1st Baron Acton
[没]1902.6.19. バイエルン,テーゲルンゼー
イギリスの自由主義的歴史家。祖父はナポリ王国に招かれ,同王国の首相となった人。カトリックの家柄で,彼もミュンヘン大学でカトリックの神学,歴史学を J.デリンガー教授から学ぶ。その後,自由党所属の下院議員 (1859~65) となり,W.グラッドストンと親交を結ぶ。 1869年男爵を授かる。 70年のバチカン公会議ではデリンガー教授とともに教皇不可謬性の教理に強く反対した。 95年ケンブリッジ大学近代史欽定講座担当教授に就任。『ケンブリッジ近代史叢書』 The Cambridge Modern History (14巻,1902~12) の監修に着手したが,その刊行前に死去。
アクトン
Acton, Sir John Francis Edward
[没]1811.8.12. パレルモ
フランス生まれのイギリスの軍人,政治家,ナポリ王国首相。父はフランスを追放され,イギリスに帰化。トスカナ大公国の海軍に入隊し,そこで頭角を現し,ナポリ王国の要請を受けて同王国の艦隊編成の指導にあたった。その功が認められて,1785年ナポリ王国首相となる。フランス革命思想を嫌い,フランス敵視政策をとり,イギリスとナポリの提携による地中海支配を求めた。しかしフランス軍の攻撃をたびたび受け,シチリアに亡命した。
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