改訂新版 世界大百科事典 「アシカ」の意味・わかりやすい解説
アシカ (海驢/葦鹿)
食肉目鰭脚(ききやく)亜目アシカ科Otariidaeに属する哺乳類の総称。狭義のアシカはカリフォルニアアシカZalophus californianus californianusとニホンアシカZ.c.japonicusを総称して呼ぶ。このうちニホンアシカがすでに絶滅したため,単にカリフォルニアアシカをアシカと呼ぶことが多い。カリフォルニアアシカは北太平洋のアメリカ沿岸に5万~10万頭が生息している。雄は体長2.3m,体重300kgに達するが,雌は1.9m,90kgくらい。全身黄褐色から焦茶色の体毛で覆われる。前・後肢ともひれ状で裸出し黒色。第2~4指のつめがひれ状の四肢中央背面にあり,毛すき,身づくろいなどをするのに役に立つ。オットセイのように体毛に綿毛がないので毛皮としては適さず,皮も薄く,なめしても使いみちが少ない。雄は5~7歳で成熟し,くびの毛足が長くなり,たてがみ状に毛が厚くなるので,英語でsea lionという。繁殖期は6~8月で,小さいながらハレム(雌5~10頭)をつくる。1産1子で乳頭は4個。生まれた子は体長75cm,体重5~6kg。毛は黒みがかっている。魚類,イカ,タコを好んで食べる。人になれやすく,飼育学習によりいろいろな芸を仕込める。
アシカ科には狭義のアシカのほか,オットセイ,トド,オタリアなど7属14種が知られている。アザラシ科に比べては小さい。もっとも大型の種はトドである。雄は体長3m,体重1.6t,雌は体長2.5m,体重1tであり,ミナミゾウアザラシの半分でしかない。もっとも小型の種はナンキョクオットセイで雄は体長1.9m,体重130kgとなるが,雌は体長1.3m,体重50kgと非常に小さい。前・後肢ともアザラシ科より大きく,後肢は前方に曲げられる。前肢はオール状をし,体長の1/3以上ある。四肢は毛が生えず裸出している。前肢の指は第1指がもっとも長い。耳介を有し,最大5cmに達する。体幹は細長く,紡錘形をしている。四肢により陸上を歩行,走行できる。皮下脂肪はアザラシ科よりはるかに少ない。歯冠部は茶褐色を呈し,犬歯は大きい。アザラシ科のように新生子毛を有さない。
全世界に分布するが,アザラシ科とは逆に北半球に4種と少なく,南半球に10種と多い。アシカ科はアザラシ科よりずっと低緯度に分布し,海氷が発達する高緯度海域には出現しない。北半球の中・低緯度地方は人類をはじめとする外敵が多く種数が少ない。南半球は外敵などが少なく,南アメリカを中心に南大洋(なんたいよう)(南極海と亜南極洋)の島々で種分化が進み種数が多い。とくにミナミオットセイ類は7種と多い。北大西洋にはアシカ科は分布しない。北太平洋にはキタオットセイ,トド,カリフォルニアアシカ,グアダルーペオットセイの4種が北から南に分布している。北太平洋の東西でキタオットセイ,トド,アシカが同緯度で分布していたが,ニホンアシカが1951年竹島から姿を消して以来,北太平洋の東西の分布は対応していない。
生態
アザラシ科に比較して明確な回遊をし,とくにキタオットセイの回遊は壮大である。もっとも長距離の場合ベーリング海のアラスカに近いプリビロフ諸島から日本の三陸沖にまで約7000kmに及ぶ。トドも数千kmの回遊をするが,南半球のミナミオットセイはあまり長距離の回遊をしない。アシカ科の生息数は,アザラシ科に比較して非常に少なく400万頭でありアザラシ科の1/7程度である。このうちキタオットセイが180万頭で45%を占め,もっとも多い。次いでミナミアフリカオットセイで87万頭。もっとも少ないのはチリ沖に分布するフアン・フェルナンデスオットセイで700~750頭と推定されている。
アシカ科の特徴はすべての種が陸上で繁殖する点にある。陸上での集団繁殖は,集団でいることによって外敵の発見を早める効果をもつが,一方では雄どうしの闘争を促し,ハレムというきわめて特異な繁殖様式を獲得した。同時に雄の体は大きく,雌は小さい(性的2型)。雄にはたてがみも見られる。ハレムの大きさは種類によって異なるが,もっとも大きいものはキタオットセイに見られ,1頭の雄が60頭の雌をテリトリー内にもつこともある。一般にミナミオットセイのハレムは非常に小さく,数頭の場合もあり,性的2型も小さい。
ほとんどの種類が,魚類,イカ・タコ類,エビなどの甲殻類を捕食するが,ナンキョクオットセイはオキアミを,トドは最近の研究からアザラシの幼獣を食べることがわかった。トドの胃内から小石が多く見つかるが,理由は不明である。アシカ科は夜間に餌をとるが,群れた魚を捕食するときは昼間でも行う。このような場合は集団で魚群を追い込むこともある。アシカ科の外敵はシャチやサメであるが,とくにシャチにより捕食される率は高い。
アシカと人間
オットセイやアシカなどのアシカ科の仲間が,人間に古くから利用されていたことは,遺跡出土品にこれらの動物が多く含まれていることから知られる。皮革,脂肪,肉,骨など貴重な生活資源として利用していたのであろう。しかし,このような有史以来の狩猟は非常に限定された範囲で成立しており,多分これらの動物の繁殖場や主要な生息域において,人が自己消費的に利用していたに過ぎない。しかし,18世紀以降は,これら動物,とくにキタオットセイやミナミオットセイのように毛皮が経済的価値をもつに至ると,商業的大規模な捕獲が行われるようになる。このため,18世紀後半には乱獲により各地で資源が枯渇した。例えばグアダルーペオットセイなど,ミナミオットセイの仲間は何種かが絶滅寸前になった。今日では,大部分の動物は捕獲禁止などの保護がなされている。動物園や水族館用に飼われているカリフォルニアアシカでさえ一般には捕獲が禁止されている。また,野生動物の輸出入を禁止する国際条約によって,カリフォルニアアシカやミナミオットセイの仲間は輸出入が禁止されている。このように保護が進んでいるが,一方,キタオットセイ,ミナミアフリカオットセイ,ミナミアメリカオットセイは毛皮資源として有用であり,科学的管理の下で捕獲は行われている。
執筆者:内藤 靖彦+西脇 昌治
民俗
日本近海のアシカ(ニホンアシカ)は土着のものであったが,現在はほぼ絶滅したとみられる。1900年代まで伊豆七島各地に生息し,1800年代には銚子半島や紀伊半島にも群れをなしていた。各地に〈あしか島〉(海鹿島などと書く)の名があるのは,この海獣が繁殖地としていた場所である。日本人はあまりこの獣を利用せず,観察がまれであったため,近世の書物では形態の類似したオットセイ,アザラシ,トド,ラッコなどと混同して論じられている場合が少なくない。古語では〈みち〉と呼んだものが現在のアシカに相当するとされる。
執筆者:千葉 徳爾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報