アズラキー
Azraqī
生没年:?-858以後
アッバース朝時代のメッカの歴史家。先祖のアズラクはルーム(小アジア)出身の奴隷で,メッカに住みつきウマイヤ家と婚姻関係を結んで勢力を伸ばした。メッカの歴史に興味を抱いた祖父のアフマドは,町と聖堂に関する膨大な史料を収集し,アズラキーはこれを利用して《メッカ史》を編纂。伝承や地誌の記述に富むこの著作は,後世メッカ史の典拠として大いに用いられた。
執筆者:佐藤 次高
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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アズラキー
あずらきー
Abū al-Ma
āsin Azraqī
(?―1072ころ)
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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アズラキー
Azraqī, Abū Bakr Zayn al-Dīn
[生]? ヘラート
[没]1072以前
ペルシアの詩人。セルジューク朝時代にヘラートの太守トガーン・シャーに仕えた著名な頌詩詩人で,作品に『アズラキー詩集』 Dīwān-e Azraqīがある。『スィンド・バードの書』の作詩者としても知られるが,作品は散逸した。
アズラキー
al-Azraqī, Abū al-Walīd Muḥammad
9世紀のイスラム教徒の歴史家。祖父アフマド (837没) の集めた資料をもとに,メッカとその聖域に関する歴史書『メッカ史』 Akhbār Makkaを著わした。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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