イスラエルの北西部,地中海沿岸にある港市。アッコはヘブライ語で,アラビア語ではアッカー`Akkā。人口3万9100(1981)。古くから軍事的に重要な役割を果たしていた。旧約聖書の《士師記》1章31節にはその名が現れており,その後ギリシア,ローマの東方征服に際しても重要な拠点となった。ヘレニズム時代はトレマイ(プトレマイス)とよばれ,新約聖書にはこの名で現れる。12世紀の初め,第1次十字軍が侵攻してサラーフ・アッディーンをはじめ,イスラム勢力との間に激しい争奪戦が行われたが,1191年以降100年間,パレスティナの十字軍勢力の中心地となりヨハネ騎士団がこの地を管理,壮麗な教会もつくられた。16世紀以降はオスマン帝国の支配下に入り,18世紀末にはナポレオン軍の攻撃に耐えて,これを退却させた。第1次世界大戦末期イギリス軍が占領,1948年のイギリスの委任統治の終了とともに始まったパレスティナ戦争の結果,イスラエル領となった。現在では南方16kmのところにあるハイファに圧倒されて港としての重要性はなくなってしまったが,十字軍時代以降の数多くの遺跡に昔日の繁栄を偲ぶことができる。
執筆者:木村 修三
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