改訂新版 世界大百科事典 「アルタイ語系諸族」の意味・わかりやすい解説
アルタイ語系諸族 (アルタイごけいしょぞく)
アルタイ語族を構成する諸言語(アルタイ諸語)を話す民族の総称。アルタイ諸族ともいい,元来,18世紀半ばにストラレンベルクが提唱したアルタイ語族説にもとづく言語学的集団概念である。その分布はユーラシア大陸の中央部(一時はアルタイ地方が原郷と考えられていた)を中心にして,東はカムチャツカ半島西端から西はバルカン半島まで,北はシベリア北部から南は中国南西部まで,きわめて広い範囲に及ぶ。総人口は約6466万。これはさらにチュルク系諸族(5864万),モンゴル系諸族(314万),満州・ツングース系諸族(288万)に三分される。
(1)チュルク系諸族 ルーマニアのガガウズ,旧ユーゴスラビア地域,ギリシア,ブルガリアに住むバルカン・チュルク,クリミア・タタール,アゼルバイジャン,トルコ,中央アジアやイラン,アフガニスタンに住むトルクメン,中部ロシアのチュバシ,バシキール,ポーランドのカライム,カフカスのカラチャイ,バルカル,クムイク,ノガイ,中央アジアのカザフ,カラ・カルパク,ウズベク,ウイグルが西群を構成し,東群には南シベリアに住むトゥバ,トファラル,ハカス,カマス,ショル,チュリム,キルギス,アルタイ,そして北東シベリアのヤクートとドルガンが含まれる。チュルク系諸族は内陸アジア西部に発祥したと考えられており,さまざまな時代に西遷したものが西群を,また発祥地の近辺に残留したものが東群を構成している。ヤクートは10世紀ころにレナ川流域の草原へ移住したと考えられており,ドルガンは先住民がヤクート化されたものである。南シベリアでもサモエード系,ケート系の先住民がチュルク化されていった。ただし,バルカン半島のブルガリアでみられたように,征服したチュルク系のブルガール族が土着のスラブ系住民に同化された事例もある。
(2)モンゴル系諸族 内陸アジア東部の草原に発祥したモンゴル系諸族は,モンゴル国のハルハと内モンゴルのチャハル(東群),バイカル湖周辺のブリヤート(北群),ジュンガリアのオイラートとボルガ流域のカルムイク(西群)に三分される。アムール上流域のダフールとアフガニスタンのモゴールなどを南群として四分する場合もある。
(3)満州・ツングース系諸族 バイカル湖周辺の森林地帯に発祥したと考えられる(異説もある)。満州・ツングース系諸族では,中国東北部から東シベリアにかけて広く分布するエベンキ(中国ではオロチェン)とオホーツク海沿岸のエベン(両者を併せて,かつてはツングースと称した),アムール流域のネギダール,新疆ウイグル自治区のソロンが北群を,また中国東北部の満州族,アムール流域のナナイ,ウリチ,オロチ,ウデヘ,サハリンのオロッコは南群を構成する。
このようにアルタイ語系諸族は多岐にわたっているが,大局的にみて,チュルク系諸族とモンゴル系諸族は草原の民であって,遊牧生活に適応した文化を発達させたのに対し,満州・ツングース系諸族は森林の民で,狩猟・漁労を生活の基礎としていた。こうした差異にもかかわらず,イスラムを受容したチュルク系諸族(特にその西群)やラマ教徒のモンゴル系諸族のもとにも,満州・ツングース系諸族が伝えるシャマニズム的世界観が根強く保持されており,アルタイ語系諸族の基層文化の一端が露頭しているといえる。なお,言語学者の間には〈アルタイ語族〉という分類が成立しないと主張する見解もあり,その場合にはこのアルタイ語系諸族という概念自体が存立しないことになる。
執筆者:井上 紘一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報