ベルギーの画家,版画家。イギリス人を父として港町オステンデに生まれる。両親はみやげ物屋を営む。1877年からブリュッセルの王立アカデミーで学ぶが,その伝統的美学にあきたらず,外光派や台頭しつつあった象徴派などの革新的傾向に関心をもつ。80年に帰郷し,以後生涯を独身のまま故郷で送る。1879-83年ころは,〈暗い時代〉とも呼ばれるように,抑えた色調で室内,人物,静物,海岸風景などを描く。81年のブリュッセルでの〈蛹(さなぎ)La Chrysalide〉グループ展で初めて作品を公開した際は,光の効果に敏感な色彩家としてかなり好意的な評価も得たが,サロン(官展)にはこの時期の作品さえも,形や構図の不明晰,主題の卑近さ等を理由にほとんど受けいれられなかった。83年にブリュッセルで前衛的芸術団体レ・バン(二十人組)が結成され,クノップフらとともに創立会員となる。しかし,80年代半ばの作風の転換,すなわち明るく強烈な色彩の使用,いっそう激しさを増したタッチ,彼が好んで描いた骸骨(がいこつ)や仮面の跳梁するグロテスクで風刺的な主題は,反伝統主義的立場で結ばれたこのグループにおいてすら彼を孤立させることになり,《キリスト,ブリュッセルに入る》は89年のグループ展への出品を拒絶された。とはいえ90年代以降,徐々に批評家ドモルデEugène Demolder,ベルハーレンらをはじめとする支持者を集め,やがて1929年には国王から男爵位を授けられるほどその名声は一般的なものとなる。これに対し彼の創造力は,1900年ころを境に質量ともに急激に衰えた。短期間に爆発的燃焼をとげたアンソールの芸術は,ボス,レンブラント,ターナーらさまざまの先人の影響,同時代の象徴主義との関連があるにせよ,独自のものであり,色と形を強烈な表現の手段として解放したことによりドイツ表現主義に刺激を与え,またその幻想性において自国のシュルレアリスムの先駆となった。なお,エッチングにも多数の優れた作品があり,また著述や作曲にも携わった。姓は元来〈エンソール〉だが,一般にはフランス語読みで知られる。
執筆者:高橋 裕子
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ベルギーの画家、版画家。4月13日オーステンデに生まれる。父はイギリス人。1877~1879年ブリュッセル美術学校に学ぶ。初期にはマネおよび印象派を手本とし、同時にターナーや象徴主義の影響も認められる。1880年オーステンデに帰り、1883年グループ「XX」のメンバーとしてフランドル風の風景画や室内画のモチーフを写実的に、あるいは象徴的に描く。1885年ごろからしだいに独自の画風を確立し、同時に時流から離れていく。それは亡霊、仮面、骸骨(がいこつ)、怪物といった幻想的な形姿をモチーフとし、それらを鮮やかな色彩と大胆なデフォルメによって形象化したもので、ボッシュやブリューゲルを想起させる。とくに仮面への愛好は強く、『キリストのブリュッセル入市』や『仮面の中の自画像』には、群衆の底知れぬエネルギーと自我の孤絶感とが20世紀を先取りする感覚で厭世(えんせい)的に表現されている。1949年11月19日オーステンデで死去。
[野村太郎]
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…優れた人間観察とヒューマニズム精神により,ドーミエは従来の戯画と風刺画を超えた新しい次元の風刺芸術の世界を築いた。19世紀末,ベルギーのJ.アンソールは群衆の存在を奇怪な仮面によって描写することで,彼の芸術を拒否する美術界を風刺している。 20世紀になり,ベルリン・ダダの中心人物G.グロッスは第1次大戦後,反軍国主義,反資本主義の思想を表明するために,〈政治的,破壊的な風刺〉に奉仕した。…
…ベルギーは世紀末の象徴主義の一中心でもあり,〈レ・バン〉の創設者の一人クノップフがこれを代表する。同じく創立会員のアンソールは,独特の幻想世界を創造,強烈な色彩と大胆な筆致により,表現主義の先駆ともなった。 世紀のかわり目に主として工芸・建築に新風を吹き込んだアール・ヌーボーの運動においても,オルタとバン・デ・ベルデという傑出した建築家を生んだベルギーの役割は大きい。…
…〈20(人)〉の意で,〈二十人組〉と訳されることもある。芸術愛好家の弁護士マウスOctave Maus(1856‐1919)が幹事となり,フォーヘルスJ.Vogels,アンソール,クノップフ,ファン・レイセルベルヘT.van Rysselbergheら20人で発足した。のち外国からトーロップ(オランダ),ロダン(フランス)などが参加する一方,退会者もあり,メンバーは通算32名であった。…
※「アンソール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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