理知的なロック・ミュージシャン、ブライアン・イーノによって生み出されたジャンル。イーノは1975年ころから、20世紀初頭に活動したフランスの作曲家エリック・サティの「家具の音楽」という考えに影響を受けた音楽を作り始めた。「音楽は集中して傾聴されるべき芸術作品ではなく、家具のように生活とともにあるべきものである」というサティの思想を継承し、イーノは「環境に働きかけ、その特性を強調する音楽」として数枚のレコードを制作し、従来のBGMのような「環境を遮断する音楽」との区別を明確にするために、「環境を包み込む音楽」という意味を込めて「アンビエント・ミュージック」と名づけた。
彼による最初のアンビエント・ミュージックの記念碑的作品である『ミュージック・フォー・エアポート』(1978)は、穏やかでゆったりとしたピアノや電子音、エコー処理された女声がテープ・ループにより繰り返され、周囲の音環境と違和感なく融合すると同時にそれを浮き立たせるような効果をもつ音楽であった。イーノはアンビエント作品をその後いくつか制作する。追随するミュージシャンも出現したが、その多くはイーノの音楽の表面的な特徴をなぞったものであった。
とりわけ、ポップ・ミュージックの分野での「アンビエント」とは(イーノの思想とはさほどかかわりなく)「穏やかでリラックスできる、非情緒的な雰囲気のサウンド」といった程度の意味として理解された。1990年ころ、イギリスで盛んだったレイブ(野外ダンス・パーティー)では、オールナイトで踊り明かし高ぶった神経を鎮(しず)めるために、明け方ゆったりとしたアンビエント・ミュージックを流すことがしばしばあり、そこからアンビエント・ミュージックにハウス・ビートをリミックスしたアンビエント・ハウスが生まれた。KLF『チル・アウト』(1990)やオーブ『U. F. Orb』(1992)などがその代表的な作品である。
[増田 聡]
『小川博司・庄野泰子・田中直子・鳥越けい子著『波の記譜法――環境音楽とはなにか』(1986・時事通信社)』▽『エリック・タム著、小山景子訳『ブライアン・イーノ』(1994・水声社)』
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