アンモナイト類(読み)アンモナイトるい

最新 地学事典 「アンモナイト類」の解説

アンモナイトるい
アンモナイト類

学◆Ammonoidea

軟体動物門頭足綱アンモナイト亜綱の総称。日本では古くから菊石類ともいうが,これは縫合線の形が菊の葉の輪郭に似ているものがあることによる。デボン紀に出現し白亜紀末に絶滅するまで,世界の海洋に繁栄した代表的な示準化石の一つ。一般に,らせん状に巻いた殻(螺環)をもち,その中は隔壁によって多数の部屋に仕切られている。軟体部は一番外側の部屋(住房)に収容され,内側の部屋(気房)とは細い体管(連室細管)によってつながれている。体管には血管が通り,隔壁で仕切られた各室内の液体の排出などの働きをしたと考えられている。軟体部は化石に残りにくいため,アンモナイト類の分類は,CaCO3でつくられ,よく保存されている殻の諸特徴によってなされている。おもなものは,殻の巻きの強弱,殻の断面の形,殻の表面装飾,殻と中の隔壁とが接してできる曲線模様の形(縫合線)などで,これらを総合的に見て分類がなされる。現在までに3目8亜目255科1万種以上が知られている。アンモナイト類の起原は,オウムガイ亜綱から派生したバクトリーテス亜綱のバクトリーテス科にあるとされる。デボン紀に,やや湾曲した殻をもったバクトリーテス類が,徐々にらせん状に巻くようになり,それに伴って体管が腹側に移動した一群が生じた。この一群は,殻の巻き方が密ならせん状になってから以後繁栄しはじめ,急速に世界の海に広がり,ペルム紀末までにさまざまな形のものに適応放散した。古生代末の一斉絶滅のときにゴニアタイト亜目・プロレカナイト亜目のほとんどは絶滅したが,わずかにプロレカナイト亜目から派生したセラタイト亜目が生き残った。この生き残ったグループから,三畳紀のセラタイト亜目の著しい適応放散があった。三畳紀末の海洋動物の大量絶滅でセラタイト亜目は絶滅した。しかしフィロセラス亜目は生き残り,ここからリトセラス亜目・アンモナイト亜目が生じ,ジュラ~白亜紀に大発展した。最終的に中生代末に絶滅。なお絶滅に関連して,アンモナイト類のいわゆる異常巻きは進化の末期を示し,病的現象である,というような説明がなされたことがあったが,まったくの誤解である。異常巻きはきわめて誤解を与えやすい名称だが,殻が一平面上で巻いていないというだけで,それぞれ巻き方に規則性がある。海洋のさまざまな場所(生態的位置)に適応放散した結果である。アンモナイト類の個体発生は,殻のどの部分までが卵殻内で形成されたか不明であり,議論の対象となってきた。現生頭足類のイカ・タコは直接発達で,孵化後変態しない。アンモナイト類に最も体制の類似している現生オウムガイ類もやはり直接発達である。殻の微細構造を電子顕微鏡で観察した結果,その形成順序が予測され,当初,巻きの中心にある胚殻の一部だけが形成されてから孵化したとする見解もあった。しかし,現在では,胚殻とそれを取り囲む最初の一巻きまで形成されて,ほぼ成体に似た形で孵化したであろうと推測されている。殻の表面装飾は成長に伴って変化し,殻の断面形や縫合線のパターンの変化とかなりよく対応することが多く,成長につれ生活の場所や様式を変えたと考えられる。成長の一番最後に形成された隔壁は,それ以前のものよりその間隔が狭い。アンモナイト類は,古生代半ば~中生代末の,それぞれの時代の大陸と海洋の位置関係,さらには古海流などを反映した地理的分布をもつことがわかっている。全時代を通じて,環北極圏のボレアル海にすみ,そこで発展したグループと,南のテチス海で発展したグループがある。白亜紀には,これらとは別に北太平洋で発展したグループも生じた。

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出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報

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