改訂新版 世界大百科事典 「微細構造」の意味・わかりやすい解説
微細構造 (びさいこうぞう)
fine structure
元来は,原子の発光スペクトルにおいて,波長の接近した何本かの発光線が一群となって観測される場合,その構造を一般的に微細構造と呼んだが,現在は主として電子のスピン軌道相互作用による発光線の分裂,または同じ原因による原子内の電子のエネルギー準位の変化について用いられる。
原子内の電子は,空間的な運動による軌道角運動量L(プランク定数をhとして,h/2πを単位としてはかる)のほかスピンと呼ばれる固有の角運動量S(同じくh/2πを単位としてはかる)をもち,両者に伴う磁気モーメントの間には相互作用(スピン軌道相互作用)がある。このため,特定のLに対する原子内のエネルギー準位は,LとSの合成運動量Zの値|L-S|,|L-S|+1,……,|L+S|によって2S+1個(S≦Lのとき)または2L+1個(S>Lのとき)の接近した準位に分かれ,発光線にもそれに対応した構造,すなわち分裂が現れる。この分裂した各発光線を微細構造線と呼ぶ。分裂の大きさは微細構造定数αに特徴づけられる。αは,光の速度をc,電子の電荷を-e,真空の透磁率をμ0とすると,α=μ0ce2/2h=(137.03604)⁻1で与えられる(CGS単位では2πe2/hc)無次元の普遍定数で,微細構造に限らず,電子,中間子,光子の間の相互作用を特徴づける自然界の重要な定数である。異なるJの値をもつ準位の間隔および微細構造線の間隔は,準位の深さあるいは発光線の振動数のおよそα2≅10⁻4倍であり,重い原子ほど,また深い準位ほど大きくなる傾向がある。1個の価電子(S=1/2)をもつアルカリ金属では,L=1の励起準位PがP1/2とP3/2(添字はJの値)に分裂しているので発光は二重線となる。ナトリウムのD1線とD2線の存在はこの例であり,分裂の大きさは波長で約0.6nm,波数にして1719m⁻1である。2個の価電子(S=1)をもつカルシウムやストロンチウムのようなアルカリ土類金属では,P準位がP0,P1,P2準位に分裂しているので三重線が観測される(ただし,いずれの場合も基底状態はL=0で分裂しない)。
今世紀初頭の原子構造論において,微細構造の存在は,異常ゼーマン効果と並んで,スピンの発見(1925)に重要な手がかりを与えた。微細構造は多くの場合,通常の可視分光器で分解できるが,軽い元素では線幅の中に入ってしまい精密な測定はできない。W.E.ラムとR.レザフォードは極超短波の吸収を使って水素原子の微細構造準位を精密に測定し,現在,ラム・シフトと呼ばれている量子電磁力学の重要な効果を発見した(ラム=レザフォードの実験)。
原子スペクトルには,原子核と電子の相互作用に基づくさらに微細な構造があり,それは超微細構造と呼ばれている。なお,分子スペクトルでは,電子準位または振動準位に対して回転準位を含む遷移を微細構造と呼ぶこともある。
→超微細構造
執筆者:鈴木 勝久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報