改訂新版 世界大百科事典 「インド料理」の意味・わかりやすい解説
インド料理 (インドりょうり)
広大な国土と,話者人口100万人以上の言語が33もあるインド亜大陸では,食事文化の面でも,ひじょうに大きな違いがある。しかし,〈インド料理〉としての共通性は香辛料の多用ということであろう。そしてこれら香辛料で味つけした料理をカレー料理と定義するならば,インド料理のほとんどはカレー料理ということになる。香辛料は釈迦が教えてくれたものという俗説があるが,事実相当古くから使われていたらしく,玄奘の記録にも残されているという。このコショウやシナモン,クローブ,チリ,クミンなど,香味野菜を合わせて100有余ほどにものぼる香辛料をいかにブレンドするかで,地方の味,家庭の味が生み出されてくるのである。総じて南インドへ下るほどチリやコショウ,粒辛子など辛みを出す香辛料の使われ方が多くなる。
インド料理は,地域的に大きく三つに分けて考えられる。一つは,イラン,アフガニスタンにつながる,イスラム教徒の影響を強く受けた北西インド料理で,ムガル朝の時代に宮廷を中心に大きく発展した。羊肉や鶏肉を中心とした肉料理に名物が多い。調理法としては,大きな土竈(タンドール)の中であらかじめ香辛料に漬けこんだ材料を焼き上げたタンドール料理,肉を串焼きにしたカバーブ料理,ヨーグルトで煮こんだコールマー料理などが有名である。肉を柔らかくするために,ヨーグルトが効果的に使われる。これに対し,ヒンドゥー教の伝統の強い南インドやジャイナ教徒の多いグジャラート地方では,菜食料理が特色で,野菜と豆だけで実に多彩な調理法がみられる。とくに豆(ダール)料理の種類が多く,ミルクとともに人々の貴重なタンパク源となっている。また,カルカッタ(現,コルカタ)を中心とするベンガル湾沿岸地方や,ボンベイ(現,ムンバイー)からゴア,ケーララ地方にかけてのアラビア海沿岸地方では,魚料理が多く,豊富にとれるエビやカニ,サワラ,マナガツオなどのカレー料理がうまい。魚は,香辛料をまぶして一度揚げてから煮こまれることが多く,ココナッツミルクがよく使われる。
主食としては,北では麦=パン,南およびベンガルでは米=ごはんが普通である。北,とくにパンジャーブ地方は昔から良質の麦の産地で,いろいろな種類のパンの仲間がみられる。中でもアーターとよばれる全粒の小麦粉を練って鉄板で焼いた無発酵のうすパンであるチャパーティー,同じ生地を油で揚げたプーリーが,最も一般的である。それぞれ,具を練りこんだり包んだりしたバリエーションも多い。そのほか,精白粉を発酵させてからタンドールで焼いた木の葉形のパンはナーンとよばれ,これらパン類を総称してローティーともよぶ。北インドでは米はご馳走としての性格が強く,具とともに炊きこんだプラオ,さらに豪華な具を入れてココナッツミルクで炊いたビリヤーニーなどは,祝いの宴には欠かせない。南インドでは,米は白いごはんとして食べるが,新年にはポンガルという甘いミルクがゆを作って祝う習慣がある。
また,インドでは夕方のお茶の時間が重視され,おやつも多彩である。南インドでは,豆・米・麦などを材料とした比較的塩味のスナックに名物が多いのに比べ,北インドでは,多くの種類の甘い菓子が名物となっている。そのほとんどは,ミルクを加工したパニール(カッテージチーズ)や,ミルクを煮つめてかためたコーヤと砂糖が主材料で,これに種々の香辛料やナッツがふんだんに入れられるので,ひじょうにこくのあるものが多い。ベンガル地方のラスグッラー,グラーブジャームンがとくに有名である。飲物も,北では紅茶,南ではコーヒーが一般的であり,ラッシーとよばれるバターミルクは全国で愛飲される。
インド料理を考える上での一つの特色は,菜食者と肉食者の存在である。ジャイナ教徒と伝統的なヒンドゥー教徒は,厳重に菜食を守っていることが多い。牛はその神聖さのゆえに,口にするなど殺人を犯すよりも恐ろしい罪になるが,その他の肉食もひじょうに不浄な行為とみられて,飲酒,喫煙とともに避けるのである。浄・不浄の観念は食生活全般を規制しており,豚より羊肉と鶏肉が好まれるのも,煮た料理(カッチャー)より油で揚げるかいためるかした料理(パッカー)がよく作られるのも浄性が高いと考えられるためである。その他,排泄のときに使う左手は不浄だから,食事には右手しか使ってはいけない,だれが使ったかわからぬスプーンより,自分の指の方がより清浄である,自分よりカーストランクが下の人の作った料理を食べたり,彼らと食卓をともにするのは好まない,したがって最上位であるバラモンのレストラン経営者やコックが多い,などといった興味深い習慣や現象がみられる。イスラム教徒の場合はそれほど複雑ではないが,豚はけがれのゆえに避けられるし,飲酒も慎み,ラマダーンの期間は,日中の飲食はいっさい行わないなどの規制が守られている。
執筆者:辛島 貴子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報