ドイツの文豪シラーの最後の戯曲。5幕。1804年春完成。1300年ごろにスイス三州の住民がハプスブルク家の圧迫に反抗して旧来の自由権を守ったときに、英雄的な活躍をしたと伝えられる伝説的人物テルの説話を素材とした韻文劇。圧制に対して結束して戦うことを誓い合う素朴でたくましい中世の男たちが、アルプスの大自然を背景にして躍動するこの民衆的解放劇は、自由と正義と人間愛の壮大なドラマとして、発表当時から今日に至るまで絶大な人気を保っている。石弓の名手テルが、棒の上に掲げられた代官ゲスラーの帽子に敬礼することを怠ったかどで逮捕され、強要されて80歩離れた所から息子の頭上のリンゴを射(う)ち落とす場面は、とくに有名である。このあとテルは第二の矢を隠し持っていたことから再度逮捕され、湖上を護送されたとき、嵐(あらし)に紛れて逃亡し、山道にゲスラーを待ち伏せて射殺する。これと時を同じくしてスイス人は一斉に蜂起(ほうき)し、圧制者側の城砦(じょうさい)を次々に破壊し、敵勢を駆逐して凱歌(がいか)をあげる。
この作品はわが国には自由民権運動の盛んな1880年(明治13)にいち早く翻訳紹介され、1905年(明治38)3月、明治座で巌谷小波(いわやさざなみ)の翻案により『瑞西(スイス)義民伝』の題で初演された。本格的翻訳上演は関口存男訳による『ウヰルヘルム・テル』の題で、28年(昭和3)4月、帝国劇場での劇団築地(つきじ)小劇場公演である。
[内藤克彦]
イタリア初期ロマン派の大作曲家ロッシーニは、このシラーの戯曲による4幕のオペラ『ウィリアム・テル』を作曲した。脚色ジュディ、フランス語翻案ビーで、1829年9月、Guillaume Tellのタイトルでパリのオペラ座で初演。ロッシーニの数多いオペラの最後の大作だが、今日では標題音楽的に優れた4部からなる序曲(夜明け、嵐、牧歌、スイス独立軍の行進)がよく知られる。
[三宅幸夫]
『桜井政隆・桜井国隆訳『ヴィルヘルム・テル』(岩波文庫)』
シラーの完成した最後の韻文戯曲。1804年作。初演は同年3月ワイマール宮廷劇場。ハプスブルク家の支配に反抗するスイス連邦の独立騒動とテルの英雄的行為と平和への熱情の賛歌で,シラーはこの題材をチューディの《スイス年代記》(1734-36)と各種のテル伝説から得た。筋は悪代官ゲスラーに対するスイス3州代表のリュートリの同盟,愛児の頭にのせた林檎を一矢で射落とし,ゲスラーの難題をはね返すテル,テルのゲスラー殺害と農民の一斉蜂起と展開するが,シラーはスイスの自然と風俗と言語の研究にもとづくすぐれた情景や人物描写によって,牧歌的で格調の高い民衆の自由の勝利のドラマに仕立て上げた。国民演劇の典型としてドイツ人に愛好され,日本でも明治初期の自由民権運動との関係で多く紹介された。本邦初演は,1905年莚升一座による明治座での巌谷小波翻案・演出《瑞西義民伝》といわれる。なお,ロッシーニ作曲の歌劇《ギヨーム・テル》(4幕)も,シラーのこの作品にもとづくもので,一般には《ウィリアム・テル》の名で知られる。1829年パリで初演,〈序曲〉がとくに有名である。
執筆者:長屋 代蔵
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