改訂新版 世界大百科事典 「ウルク文化」の意味・わかりやすい解説
ウルク文化 (ウルクぶんか)
南メソポタミアにおいてウバイド期(ウバイド文化)に続く前5千年紀後半から前4千年紀中ごろまでの文化。シュメール都市ウルクの中心にあるエアンナEanna地区のXIV~IV層を標式とする。ウルクは1辺約2.5kmの不整方形の城壁で囲まれ,神殿や宮殿などの建造物,個人の家,墓地と田園がそれぞれ3分の1を占めていたと推測される。シュメール王名表に5回登場し,その第1王朝5代目には英雄叙事詩で有名なギルガメシュが王としてみえる。ウルク期を前(ⅩⅣ~Ⅸ),中(Ⅷ~Ⅵ),後(Ⅴ~Ⅳ)に細分し,中・後期をジャムダット・ナスル文化期と連続させて〈原文字期Proto-literate Period〉と呼ぶこともある。
ウバイド期と区別されるのは,ⅩⅣ層に赤色磨研土器および灰色磨研土器が新しく登場し,轆轤(ろくろ)製の無文土器が優勢になるからであり,ⅩⅣ層の新要素とシュメール人の到来を関連させる考え方もある。ウバイド文化を基盤としてこの時代にシュメール都市が形成されたが,その過程を追跡することのできる資料はほとんどない。Ⅴ,Ⅳ層の80m×30mの石灰岩神殿,80m×50mのD神殿は明らかにウバイド期の神殿が発達したものであり,その頂点として文字の発明がある。Ⅳ層出土タブレットの文字にみえる家畜が引く犂(すき),おそらく銅製の鎌,車などの存在,遺物にみられる冶金術の発達と広範な交易は,その発達の背景と成果を示す一部であろう。神殿などの巨大な建造物の壁面装飾として,壁や柱には,円形部を塗り分けた土製の長い円錐の先端を,幾何学文を構成するようにモザイク状に全面にわたってさしこんでいる。神殿の祭りには,正座の礼拝者像,女性頭部,祭儀の場面を低浮彫で表した高さ1mに及ぶ大型石製壺などが用いられた。古代西アジアの最も特徴的な遺物である円筒印章を生み出したのも,この文化の末期である。一種の升といわれる型製三角縁鉢もこの頃つくられ,西アジアに広く分布する。ウルク文化の中心はバビロニアであるが,ユーフラテス川沿いに北上し,北シリアで最近発見されたハブバ・アルカビラHabuba al-Kabiraはシュメール人の植民都市と考えられる。この時代のティグリス川流域は〈眼の神像〉に代表されるようなシリアと関連の強い文化を形成しており,一般にガウラ期と呼んでいる。
執筆者:小野山 節
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報