日本大百科全書(ニッポニカ) 「サイトカイニン」の意味・わかりやすい解説
サイトカイニン
さいとかいにん
cytokinin
植物ホルモンの一グループ。6位アミノ基に置換基をもつアデニン(6-アミノプリン)の誘導体で、カイネチンと同じ生理作用を示す一群の化合物の総称である。また、カイネチンと同じ作用をもつチジアズロンのようなフェニル尿素系化合物を含めることもある。
[勝見允行]
カイネチンの発見
アメリカ、ウィスコンシン大学のスクーグFolk Skoog(1908―2001)グループの植物組織培養に関する研究の過程で発見された。タバコ茎の髄組織をオーキシン(インドール酢酸)の存在下で、ニシンの精子から得た古くなったDNAといっしょに培養すると、著しく細胞分裂が促進されることがつきとめられた。その後、同じグループのミラーCarlos. O. Miller(1923―2012)らは1955年、DNAの分解産物であるこの活性物質を単離して構造を決定し、6-アミノフルフリルプリンであることを明らかにし、カイネチンkinetinと名づけた。
[勝見允行]
天然サイトカイニン
最初に発見された天然サイトカイニンは、1963年、オーストラリアのリーサムDavid. S. Lethamによって、トウモロコシの未熟種子から単離されたトランス・ゼアチンtrans-zeatin(ゼアチン)である。天然サイトカイニンは、ほかにも幾種類か単離されているが、ゼアチンがもっとも広く植物界に分布する。天然サイトカイニンは、ゼアチンのように、普通、6位のアミノ基に炭素数5のイソプレン骨格の置換基をもつ。サイトカイニンは、9位の窒素原子にリボフラノシルribofuranosyl基、あるいはリボフラノシルリン酸ribofuranosyl-5-phosphate基が置換した複合型としても存在する。複合型は、植物体内の移動のための形、あるいは貯蔵のための形と考えられている。サイトカイニンは、普通、根で合成され、木部樹液によって地上部に輸送されて、成長の盛んな若い組織に集められるほか、篩管(しかん)液によって植物体内に再分布される。
[勝見允行]
サイトカイニンとtRNA
サイトカイニンは、植物のほか、動物や微生物から得られるtRNA(転移RNA)のなかに、アンチコドンの3'末端の次に並ぶヌクレオチドとしても存在している。しかも、サイトカイニンを含むtRNAは、mRNA(メッセンジャーRNA)のU(ウラシル)で始まる3塩基の配列したコドン(遺伝暗号)に対して相補的な関係にあるアンチコドンをもつものに限られている。しかし、このように、限られたtRNA種中だけに存在するということが、サイトカイニンの生理作用と直接関係をもつとは考えられていない。
[勝見允行]
生理作用
サイトカイニンは、オーキシンと共同して細胞分裂(増殖)を促進する。切り出した植物組織を両ホルモンを含む寒天栄養培地に置くと、細胞が増殖して不定形の細胞塊(カルス)が形成される。カルスは新しい培地に移せば継続的に増殖することができる。自然界ではアグロバクテリウムAgrobacterium tumefasciensというバクテリアに植物が感染すると、カルスに似たこぶ(クラウンゴール)ができる。アグロバクテリウムにはTi-プラスミドがあり、そのTi領域にはオーキシンとサイトカイニンの合成にかかわる遺伝子が含まれている。Ti領域は感染した植物の細胞に入り、染色体に組み込まれる。そこでこの遺伝子は発現して、オーキシンとサイトカイニンを多量に生産することになる。その結果、細胞の異常増殖がおきる。
サイトカイニンは側芽の成長、不定芽の分化を促進する。自然界にみられるサクラの樹木などでのてんぐ巣病による不定芽の形成はこの微生物によってサイトカイニンの合成が促された結果である。サイトカイニンはほかにも、植物器官、とくに葉の老化の遅延、葉の緑化と成長促進、蒸散の促進などの働きがある。
[勝見允行]
『増田芳雄著『植物生理学』(1988・培風館)』▽『倉石晋著『植物ホルモン』(1988・東京大学出版会)』▽『勝見允行著『生命科学シリーズ 植物のホルモン』(1991・裳華房)』▽『増田芳雄編著『絵とき 植物ホルモン入門』(1992・オーム社)』▽『高橋信孝・増田芳雄編『植物ホルモンハンドブック』上(1994・培風館)』▽『小柴共一・神谷勇治編『新しい植物ホルモンの科学』第2版(2010・講談社)』