オーストロアジア系諸族(読み)おーすとろあじあけいしょぞく(その他表記)Austroasiatic Peoples

日本大百科全書(ニッポニカ) 「オーストロアジア系諸族」の意味・わかりやすい解説

オーストロアジア系諸族
おーすとろあじあけいしょぞく
Austroasiatic Peoples

オーストロアジア語族に属する言語を母語とする諸種族、民族集団。アメリカの民族学者ルバールFrank M. Lebarによれば、大陸東南アジアのオーストロアジア系諸族はモン・クメール、ベト・ムオン、セノイセマンなどの諸族群に大別される。これをさらに細分すれば、ほぼ100種に近い異なる名称をもつ種族、民族集団に分別される。人種的には、オーストロアジア系諸族の核をなすモン・クメールや、ベト・ムオンなどは広義モンゴロイドに入るが、変異が大きい。またセマンなどのネグリト系、セノイなどの原マレー系、その他ドラビダ系やベッダ系の種族も含まれている。

 通常モン・クメールは水田耕作に従事しているが、彼らのなかにはインドシナ半島のバナル、ムノン、セダン、ロベンのごとく山地民族とよばれているものも含まれている。これら山地民族は、ベトナムではモイカンボジアではプノン、ラオスやタイ、東部ビルマミャンマー)ではカーなどとよばれ、その名称は未開人を意味する一種軽蔑(けいべつ)的な呼び名でもあった。近年ではその名称も徐々に改められ、カンボジアでは山地民族をクメール・ルー、ベトナム南部ではドン・バオ・トゥーン、ベトナム北部ではノイ・キンとよび、ラオスではカーのことをプーテンまたはプーティン、すなわち「高地住民」とよんでいる。

 モン・クメールはいわゆるモン・クメール語族中核であり、広義オーストロアジア語族中の一語族群であるが、それをさらに方言や民族特徴のうえで区別すれば、モン・クメール、パラウン・ワ、カシ、バナルなどのように分類することができる。言語学的な立場からだけでなく、地理的景観に基づいて高地住民、低地住民というような類別も行われ、生業形態または親族組織や社会構造の側面からも個々の種族、民族集団について相互の比較検討が試みられている。東南アジアにおけるモン・クメール語系諸民族の分布を展望すれば、北部高地地帯によるものとして、ベトナム北部のクア、マイ、ルエおよびサックの諸民族、ラオスやタイの北部山地にいるクム、ラメト、プノイ、ティンおよびユムブリの諸民族、上ビルマのシャン諸州地域に住むラワ、パラウンおよびワの諸民族、さらに、アッサム地方に住むカシなど一連の種族、民族集団があげられる。また中部高地地帯によるものとしては、ベトナムの中央部山地、南部ラオス山岳渓谷地帯およびタイ・カンボジア国境山脈地帯に散住するアラク、アタウア、バナル、カオ、チェン、クワ、ロベン、セダン、セクなど一群の種族、民族集団が数えられる。このほか、低地平野地帯に住むものとして代表される民族は、下ビルマのモンとカンボジアのクメールである。インドシナ半島のモン・クメール系山地民族は体質的にはパレオモンゴロイドに属し、ラオより黒ずんだ顔色を示し、現在のタイ人、ラオス人、ベトナム人の形成より古い年代層に属する民族であるという説もある。彼らは焼畑耕作を行い、通常、糯米(もちごめ)を主作物としている。

 また低地では、メコン川、紅河の肥沃(ひよく)なデルタ地帯およびこの両デルタを結ぶ海岸線にベト・ムオンが居住している。彼らは水田耕作を主生業とするが、そのほかトウモロコシ、コーヒーなどの商品作物など多種多様の作物をつくる。親族組織は父系で、その社会生活においては父系親族集団が重要な役割をもっている。

 西マレーシアの北部からタイ国境地帯の山麓(さんろく)部に住むセマンは、30人程度の集団、バンドで移動生活を送る。彼らはヤムイモや果実の採集、吹き矢猟、漁労を生業とする狩猟採集民であるが、トウやその他のジャングルの産物の交易も行う。セノイはマレー半島の山岳地帯で、コメやキャッサバ、トウモロコシなどの移動焼畑農耕を営む。典型的なセノイは、50~200人の集団でロングハウスで生活する。

 以上のように、ひと口にオーストロアジア系諸族と称しても、そのなかには幾多の趣(おもむき)を異にする諸種族、民族集団があって、隣接諸種族との接触混合をはじめ、居住地の相違によってさまざまな様相を現している。

 近年、華南や西南シナ山地地帯に分布残存するミャオ(苗)族、ヤオ(瑤)族と称されている民族の一部構成員の言語をモン・クメール語族に結び付けようとする学説も現れている。また、南部中国地域に住む百越系とよばれている民族の一部の言語や文化にもモン・クメール諸族、広義にはオーストロアジア諸族の特徴を指摘できるとする説もある。このように、華南や東南アジアの民族や文化の系統、ならびにその複合的性格を理解するうえにも、オーストロアジア系諸族の問題はきわめて重要である。

[白鳥芳郎]

『ハイネ・ゲルデルン著、小堀甚二訳『東南アジアの民族と文化』(1942・聖紀書房)』『白鳥芳郎著『華南少数民族の生業形態の分析と分類』(1965・中国大陸古文化研究会)』『大林太良著『東南アジア大陸諸民族の親族組織』(1955・中国大陸古文化研究会)』『大林太良編『民族の世界史6 東南アジアの民族と歴史』(1984・山川出版社)』『桑原政則著『東南アジアの民族と言語文化 タイおよび東南アジア・中国・太平洋諸民族』アジア文化叢書(1989・穂高書店)』『矢野暢著『講座東南アジア学 第5巻』東南アジアの文化(1991・弘文堂)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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