改訂新版 世界大百科事典 「トウモロコシ」の意味・わかりやすい解説
トウモロコシ (玉蜀黍)
maize
corn
Zea mays L.
子実を食用や工業原料に,また子実と茎葉を飼料とするために栽培されるイネ科の大型一年草。トウキビ,トウムギともいう。イネ,コムギとともに世界の三大穀物の一つである。
形状
初夏に発芽して,茎を伸ばし,生育が進むにつれ徐々に大きな葉を互生し,盛夏には長さ1m,幅8cmを超える葉も現れる。茎は直立して高さは1~4m,太さ2~5cmとなる。分げつは比較的少なく,出ても1~2本である。草丈が1~2mに伸びると,地際から上の2~3節から多数の太い支持根が冠状に出て地面に入り,茎が倒れるのを防ぐ。穂(花序)は雌雄別々で,雄花序は茎の先端に,雌花序は茎の中ほどに1~3個が葉の付け根の節につく。雄花序は中央の長い軸から十数本の枝(枝梗)が分かれ,それぞれに2個ずつ対をなした小穂が多数つく。各小穂は2小花からなり,1穂に数千個の小花がつく。小花は2枚の穎で包まれ,3本のおしべがあるが,中央のめしべは退化している。雌花序は太く短い茎(穂柄)の先につく。穂柄からは6~10枚の苞葉が伸び,雌花序を包む。雌花序の軸(穂軸)は太く,軸上には小穂が2列ずつ対になっており,8~20列,縦方向に並ぶ。1小穂は2小花からなるが,下位の小花は退化し,上位の小花のめしべだけが発達して結実にいたる。めしべの花柱と柱頭はひじょうに長く伸び,苞葉の先から出て,束になって垂れる。これは絹糸と呼ばれ,長いものでは50cmを超し,この絹糸抽出をもって雌穂の開花とする。受粉は風媒により,他家受精をする。
粒(穎果)の形は品種によって異なり,大きさも3~20mmの幅があるが,10mm前後のものが多い。色も白,黄,橙,赤,紫色などがある。粒の腹面には大きな胚があり,全粒重の11~12%を占め,中には次代の幼芽,幼根が準備されている。残りの部分は胚乳で,タンパク質が豊富で,角質の硬質デンプン組織と,タンパク質含量が少なく,粉状質の軟質デンプン組織とからなり,その割合や胚乳内での分布は次に述べるような品種群によって大きく異なる。
品種
トウモロコシは,その粒の形状や胚乳の質に基づいて以下の8変種の品種群に区分される。馬歯種var.indentata Sturt.はデントコーンdent cornとも呼ばれ,果粒の側面が硬質,中央先端部が軟質で,成熟すると頂部がくぼむ。草丈は4mほどになり,子実収量が高い。おもに飼料用やデンプン,油などの工業原料用とする。硬粒種var.indurata Sturt.はフリントコーンflint cornとも呼ばれ,果粒の外側は硬い角質,草丈は1m前後である。馬歯種よりも早生で,作物を栽培できる期間が短い高緯度や高冷地に作付けされる。おもに飼料や工業原料用とする。爆裂種var.everta Sturt.はポップコーンpopcornとも呼ばれ,粒の大部分が硬く,中央部に水分を含んだ軟質部があり,熱すると軟質部が急に膨らんで粒がはぜる。粒は小さく,白,黄,赤色などを呈する。甘味種var.saccharata Sturt.はスイートコーンsweet cornとも呼ばれ,胚乳に糖を多く含み甘く,おもに未熟な果粒を缶詰にしたり,青果を間食用とする。茎葉は飼料にする。軟粒種var.amylacea Sturt.(英名soft corn)やもち(糯)種var.ceratina Kulesh.(英名waxy corn),軟甘種var.amylea-saccharata Sturt.(英名starchy-sweet corn)などは一部の国々で少量栽培されているが,日本ではほとんど栽培されていない。また,有稃(ゆうふ)種var.tunicata Sturt.(英名pod corn)は,果粒は硬粒種に似るが,その一つ一つが退化することなく発達した穎で包まれている。南アメリアから中央アメリカにかけての地域での古い栽培型で,現在ではほとんど栽培されていない。
トウモロコシは,多くの品種と品種群を分化させているが,基本的には他の個体の花粉によって受精する他家受粉植物で,とくに異なる品種間で交雑してできた雑種の1代目は,その両親の形質よりも優れた形質を示す〈雑種強勢〉と呼ばれる性質を示すことがある。これを利用して作られた品種をハイブリッドコーン(一代雑種トウモロコシ)と呼び,現在の栽培品種の中心となっている。馬歯種と硬粒種とを掛け合わせたものなど,品種群(変種)間の交雑によって優れたハイブリッドが得られている。とくに優秀なハイブリッドの交配親となる品種は,種苗会社がこれを育成し,その交配種子を独占的に販売している。
栽培
トウモロコシは土から養分を吸収する力が強く,少ない肥料でもある程度の収量が得られ,また,肥料を多く与えた場合にも,生産量の増加する割合が他の作物より高い。施肥方法は,地域や土質によって異なるが,10a当りで,子実600kgの収穫を目標とした場合,基本的な施肥量は,窒素約11kg,リン酸約11kg,カリ約9kgとされている。高い草丈となる作物なので,深く耕して,風で倒れないように根を張らせるようにする。10a当りで必要な種の量は1.3~6kgで,後に間引きして条間60~90cm,株間30~45cm,1株1~2本とし,10aで3700~5500本を仕立てる。アメリカでの近年の栽培は株間10cm程度で栽植密度が高い。播種(はしゆ)から生育初期にかけては鳥害に注意し,生育中期以降はアワノメイガなどの害虫を防除しなくてはならない。青果用とする場合は,ほとんどが小規模な集約的栽培で,収穫は手でもいで集めることが多い。収穫適期は糊熟(こじゆく)期の穂から垂れた絹糸が枯れたころである。穀物として完熟した子実を採る場合には,大規模栽培が多く,コーンコンバインなど機械によって収穫される。収穫適期は粒が硬くなり,苞葉が黄変したころである。
利用
完熟したトウモロコシは,粉にして練って焼いたり圧扁してコーンフレークスとしたりして食用とする。また,粒のままいったり煮たりして食べることもある。ウィスキーの原料にもする。しかし,現在は主として成熟粒からデンプン(コーンスターチ)を採り出し,かまぼこやソーセージなどの練製品や菓子類など加工食品の原料とし,また,ビールなどの醸造原料にも利用し,糖化して甘味料にもする。コーンスターチは工業原料としての利用も多く,のり(糊)として製紙や織物工業に使われる。また,粒の胚からは半乾性油のトウモロコシ油が採れ,食用油として使われる。甘味種や硬粒種の未熟なものは,焼いたり煮たりして生食用とし,粒を缶詰にして料理などに使う。爆裂種はいって菓子用にする。また,開花前のひじょうに若い雌穂は,ベビーコーン(ヤングコーン)と称してサラダや中華料理に使う。トウモロコシは飼料としても重要で,先進諸国の畜産を支えている主要な作物である。完熟した粒を破砕して濃厚飼料の主原料とする。茎葉は青刈りして家畜に与える。また穂のついた茎葉を細かく切ってサイロに詰め,サイレージとする。果軸はコーンパイプを作る。稈(かん)や葉などの植物体は燃料や建築材料に用いられる。
執筆者:星川 清親
起源と新大陸のトウモロコシ利用
トウモロコシは新大陸原産の穀類で,15世紀末にコロンブス一行がスペインに持ち帰って,初めて旧大陸でも知られるようになった作物である。その起源については祖先種が未確定なので明らかではない。しかし,起源地は近縁野生種や原始的な品種の存在,品種の多様性などの点から,メソアメリカもしくはアンデス地域のいずれかであるとされる。考古学的に知られているトウモロコシに関する最も古い証拠は,メキシコで発掘された約7000年前のものと推定される,長さ約2.5cm,50~60粒の種子をつけた穂軸である。これは野生のトウモロコシと考えられていて,その栽培はメソアメリカで前3000年,アンデス地域でも遅くとも前1000年ころには始まったらしい。その後,新大陸各地でさまざまな品種がうみだされ,コロンブスが新大陸を発見した当時,現在みられるおもだった品種のほとんどが開発されていた。
スペイン人が到来する以前の新大陸では,アカザ科やヒユ科の数種の植物が雑穀として栽培されているくらいで,本来の意味で穀類といえる作物はトウモロコシが唯一のものであった。それだけにトウモロコシは新大陸の諸文化の成立や発達に大きな役割を果たしてきた。例えば,メソアメリカおよび中央アンデスは新大陸のなかでも最も古い時期に農耕が成立,発達した地域であるが,これら両地域でもかなり早い段階でトウモロコシが出現,その栽培とともに先史時代の人間の生活に大きな革新の生じたことが知られている。とくに,メソアメリカではトウモロコシを主作物とする農耕文化が発達,それを基盤として高度文明が成立したことで有名である。その代表的な例が紀元前後から10世紀ころまでユカタン半島を中心とするマヤ低地で栄えたマヤ文化である。マヤではトウモロコシを主作物とする焼畑農耕によって大きな人口を維持し,その余剰生産物によって,神官や職人階級の存在,さらには大型祭祀センターの建設も可能になったとみられている。さらにスペイン人によって滅ぼされるまで,メキシコ中央高原に栄えていたアステカ文化もまたトウモロコシ耕作を基礎とする農業によって支えられていた帝国である。乾燥した中央高原を舞台とするアステカ帝国では,階段耕作や灌漑技術の発達によってトウモロコシの大規模な集約農耕が可能になったのである。このようにメソアメリカではトウモロコシがきわめて重要な作物であったため,宗教のうえでもトウモロコシの神はとくに崇拝されていた。
新大陸におけるもう一つの高文明地帯である中央アンデス地域でも,海岸地帯などでは古い時代からトウモロコシ耕作を基礎とする農耕文化が発達してきた。また,15世紀に中央アンデスのほぼ全域を統一したインカ帝国は,中心地こそ寒冷な高地にあったが,周辺の温暖な谷間を利用して階段耕作によりトウモロコシの大量栽培が行われていた。このトウモロコシ栽培用の階段耕地はきわめて大規模で,しかもインカの石積み技術を駆使して精巧につくられたものが多かった。このような階段耕地はスペイン語でアンデネスandenesとよばれるが,アンデスということばはそれに由来するといわれる(インカ文明)。
16世紀以降,旧大陸産の作物や家畜が新大陸にも導入され,各地で大きな変化を及ぼしたが,メソアメリカや中央アンデスでは現在も大量にトウモロコシが栽培され消費されている。また,その利用の方法も伝統的なものをよく残している。まず,メソアメリカではスペイン人の到来以前から現在にいたるまで,主食はだいたいどこでもトウモロコシを材料とするトルティリャである。トルティリャは,薄く丸い生乾きのせんべいといった感じのもので,両面をかるく焼いてちぎって,トウガラシ汁につけて食べる。またこれを皿代りにして,肉や野菜,その他,いろいろなものを包み込んで食べるのがタコスtacosと呼ばれるメソアメリカの代表的な料理である。
アンデスのトウモロコシの利用法の特色は,日常的な食糧としてより,むしろ一般にチチャの名まえで知られる酒の材料として消費されるところが多い点である。チチャは,トウモロコシを発芽させて,もやしをつくり,これを長時間煮こんで発酵させたものである。そのアルコール分は,あまり強くはなく,老若男女を問わず飲まれている。とくに,祭りや儀礼にはチチャが不可欠になっているところが多く,その際にはトウモロコシが大量に消費される。この事情はインカ時代のほうが顕著で,トウモロコシは儀礼的にも重要な作物とされ,それがトウモロコシ用の階段耕地がとくに精巧に作られた理由であると説明されている。
執筆者:山本 紀夫
伝播
新大陸原産のトウモロコシを旧大陸に初めてもたらしたのはコロンブスの一行であった。スペイン語でトウモロコシを意味するマイスmaízの語は,コロンブスの部下がキューバでトウモロコシを入手した際に聞いた原地のことばに由来し,英語ではメーズmaize,フランス語ではマイスmaïsの語があてられる。トウモロコシは16世紀前半以降イベリア半島,地中海地方をへて東ヨーロッパや北アフリカにも普及した。ヨーロッパではトウモロコシは飼料作物として重要で,例えば18世紀南西フランスにおけるトウモロコシの普及は,家畜の飼育条件を好転させ,ひいては農器具の改良とあいまってフランス農業発展の基盤となった。そのようすは18世紀末にフランス各地に旅行したイギリスの農学者A.ヤングの著作にもうかがえる。トウモロコシは一方では,ポルトガル人によってインド,東南アジア,中国へも16世紀の間に伝えられ,日本には同じくポルトガル人によって1579年(天正7)にもたらされたといわれる。本格的な栽培が始まったのは明治初年,北海道にアメリカの品種を導入してからである。
アメリカではトウモロコシをコーンcornと呼ぶが,元来穀物を意味するこの英語がトウモロコシの意に特定されたことに示されるように,この国のトウモロコシとのかかわりは深い。17世紀の北アメリカへの植民当初,ジェームズタウンやプリマスのイギリス人たちは厳しい自然環境に直面した。プリマス植民地では最初の冬で約半数の病死者を出し,食糧不足は数年続いた。当時トウモロコシ栽培は北アメリカのインディアンの間にも普及しており,植民者たちは彼らからその栽培法を学び,食糧とするとともに,しだいに余剰分は豚などの家畜の飼料,またウィスキー(バーボンやコーンウィスキー)の原料として利用されていく。南北戦争までには南部の主要栽培穀物となった。その後,南部が綿花栽培へと転ずるにつれ,品種の改良とともに中西部に広がり,いわゆるコーン・ベルト(トウモロコシ地帯)が形成された。今日,世界市場のトウモロコシ価格はこの地帯のできに左右されるといわれる。
執筆者:山本 泰男
生産,貿易
トウモロコシは,おもに畜産に結びついた飼料用作物として全世界で栽培され,その作付面積は1億3600万ha,生産高は5億t前後に及ぶ。この生産高は米と並んで,小麦に次ぐものである。しかし日本では消費のほとんどを外国からの輸入に依存し,作付面積はきわめて少ない。機械化栽培に適する作物であるから,耕地面積の広いアメリカなどでの栽培が有利であり,アメリカが世界生産の3分の1強を占め,最大の輸出国となっている。
日本におけるトウモロコシは,収穫する時期によって,青刈り(飼料用),未成熟(食用),子実(飼料用,加工原料用,種子用)に分類される。(1)青刈りトウモロコシはサイレージなどで家畜に給餌されるが,輸入が困難であることから畜産業の発展とともに作付面積を伸ばし,現在では全作付面積の70%あまりを占める。畜産の盛んな北海道がその大半を占めている。(2)未成熟トウモロコシ(ヤングコーン)はゆでて間食用とするものと,料理用缶詰とするものがある。近年品種改良により甘みのある軟らかい品種が普及したため需要が伸び,千葉,茨城,群馬など中間地帯での作付けが多い。北海道は,その広い耕地面積を生かして,缶詰用,冷凍用に作付面積を伸ばしている。また,最近,野菜作地帯において輪作作物として導入する例も多い。(3)子実トウモロコシは外国産トウモロコシに圧迫されて年々減少している。輸入量に対する国内生産量は1万分の4とゼロに等しい。子実用で特殊なものに種子用があり,国内採種を積極的に進めた時期もあったが,これも収益性が低いため大幅に減少し,未熟用,青刈用とともに大部分を外国種子に依存している。
トウモロコシの輸入量は,1965年以降,15年間で5倍に増加し(1995年の輸入量は1660万t),農産物輸入品目のうち,小麦や大豆をしのぎ第1位の輸入金額であり,ロシアと並ぶ世界最大の輸入国である。おもな輸入先はアメリカ,南アフリカ,タイで,そのうちアメリカが90%を占める。輸入トウモロコシの75%が飼料用で,他の輸入穀類と配合されて家畜の濃厚飼料として給餌されているが,国際需給の動向,とりわけアメリカ産トウモロコシの供給変動が,日本の畜産業の動向を左右するといってよい。
執筆者:小泉 浩郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報