カピラバストゥ(英語表記)Kapilavastu

改訂新版 世界大百科事典 「カピラバストゥ」の意味・わかりやすい解説

カピラバストゥ
Kapilavastu

釈尊生誕の国の名で,シャーキャ(釈迦)族の領土であった。〈カピラ〉はサーンキヤ(数論)学派の伝説的祖の名で〈バストゥ〉は住所を意味し,〈黄頭仙人住処〉と訳す。また迦毘羅衛(迦惟羅越)(かぴらえ)と音写される。釈尊晩年にはシュラーバスティー(舎衛国)に滅ぼされて衰亡した。5世紀に中国僧の法顕が訪れたときには,家も数十あまりという荒廃ぶりであった(《法顕伝》)。近年,発掘等によってネパール中南部のティラウラーコートや北インドのネパール国境近くウッタル・プラデーシュ州バスティ県のピプラーワーの両遺跡がカピラバストゥと推定されてきたが,最近では発掘された舎利容器銘文などにより,後者が有力視されている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カピラバストゥ」の意味・わかりやすい解説

カピラバストゥ
Kapilavastu

古代インド,シャカ族の都。前6~5世紀頃ヒマラヤ南麓の現ネパール=インド国境地帯にあった。ゴータマ・ブッダ (→釈迦 ) はこの地の支配者の一族の出身。当時シャカ族はコーサラ国の宗主権下におかれていたが,ブッダの晩年にコーサラ王に滅ぼされ,この都市も廃虚となった。近年ネパール側とインド側の双方から旧城跡と考えられる遺跡が発見されたが,銘文などから北インドのウッタルプラデーシュ州バスティ県の遺跡が旧城跡ではないかといわれている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カピラバストゥ」の意味・わかりやすい解説

カピラバストゥ
かぴらばすとぅ
Kapilavastu

北インドのヒマラヤ山麓(さんろく)、現在のネパール南部のタライ地方にあり、仏陀(ぶっだ)の生まれ育った都城をいう。漢訳仏典では迦毘羅衛などと書かれている。シャーキヤ(釈迦(しゃか))人の故郷と伝えられ、今日も仏教徒が多く居住している。その古代の位置は、1898年にピプラーワーで仏陀の遺骨が入っているとの銘文をもつ骨壺(こつつぼ)が発見されたことにより、その付近とされる。その東約16キロメートルの所に、仏陀の誕生地と伝えられるルンビニー藍毘尼)がある。

山折哲雄

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