カリコ(読み)かりこ(その他表記)Katalin Karikó

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カリコ」の意味・わかりやすい解説

カリコ
かりこ
Katalin Karikó
(1955― )

ハンガリー生化学者、神経学者。アメリカ在住。アメリカとハンガリーの二重国籍をもつ。ハンガリーのソルノク県生まれ。1978年ハンガリー国立セゲド大学で生物学を専攻して卒業。同大学院に進学し、1982年に生化学の博士号を取得した。セゲドにあるハンガリー科学アカデミー付属生物学研究センターの博士研究員として、学生時代から関心のあったRNAリボ核酸)の研究に取り組んだ。しかし、冷戦下のハンガリーでは研究費が底をつき、困窮を極め、1985年家族でアメリカに移住することを決意。アメリカ・テンプル大学の博士研究員の職を得た。1988年にアメリカ軍医保健科学大学の病理学教室に移り、1989年にペンシルベニア大学医学部助教授に就任。2009年同大学脳神経外科非常勤(特任)准教授、2021年同非常勤(特任)教授。2013年からドイツの製薬企業であるビオンテックBionTech社の副社長も務め、2019年上席副社長を経て、2022年退社。2021年から母校のセゲド大学教授も兼任している。

 大学で分子生物学を学び、早くから「生命の設計図」ともいわれるDNA情報をもとに、タンパク質をつくり出す中間体として働くmRNAメッセンジャーRNA)に着目。RNAの核酸の一部を修飾する(置き換える)ことで、ウイルスなどの外敵にどう反応するかを研究していた。渡米後は、mRNAを細胞に注入することで、直接タンパク質を産生する遺伝子治療の研究に取り組んだが、ここでも研究費がつかず、頓挫(とんざ)。1990年代後半、ペンシルベニア大学の免疫学者であるドリュー・ワイスマンと出会い、遺伝子治療に応用するためのmRNAの研究から、mRNAを利用したワクチン開発に軸足を移し、研究を本格化させた。mRNAワクチンの有望性は1990年代初めから注目されていたが、人工的につくったmRNAは接種後に免疫の過剰反応によって炎症がおこるなどの課題があった。

 二人は、1997年以降、免疫の過剰反応は、人工的につくったmRNAを細胞側が外敵とみなしているためであるとして、mRNAを構成する4種類の塩基をさまざまな塩基に置き換えて(修飾塩基)反応を調べた。研究の途中で、細胞内にある「tRNAトランスファーRNA)」とよばれる別のRNAは、炎症反応をおこさないことを確認。さらに、mRNAの4塩基のうちの一つ「ウリジン」を、tRNAでは一般的な塩基「シュードウリジン(プソイドウリジン)」に置き換えると、炎症がほとんどみられないことを突き止めた。治療に使えるとして2005年にその成果を学術誌に発表。さらにmRNAを体内に行き渡らせるような技術を確立し、mRNAワクチン実用化に道を拓(ひら)く研究成果を2008年と2010年に発表した。

 こうした成果の発表により、アメリカのモデルナ社、ドイツのビオンテック社などの新興の製薬企業が、mRNAワクチンに関心をもち、ジカウイルス、MERS(マーズ)(中東呼吸器症候群)コロナウイルスなどのワクチン開発に取り組んだ。成果がもっとも注目されたのが、2019年以降、世界的に猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)のワクチンである。2020年1月にウイルスの遺伝子情報が公開されると、二人の成果をもとに、モデルナ社が独自に開発したmRNAワクチンと、アメリカのファイザー社とビオンテック社が共同で開発したmRNAワクチンが、公開から1年にも満たない2020年12月にそれぞれ製造・承認された。臨床試験(治験)では、ともに95%近くの有効性(予防効果)が示され、発症予防、重症化予防によって、数百万ともいわれる世界中の人々の命を救った。ウイルスは変異を続けているが、変異株に対応したmRNAワクチンの開発にも成功している。こうした手法は、がん治療にも応用されている。

 カリコは、2020年ローゼンスティール賞、2021年ウィルヘルム・エクスナー・メダル、アストゥリアス皇太子賞(学術・技術研究部門)、アルバニー・メディカルセンター賞、慶応医学賞、生命科学ブレークスルー賞、ラスカー賞(臨床医学研究賞)、ドイツ未来賞、2022年日本国際賞、ガードナー国際賞など多数の賞を受賞。2023年「新型コロナウイルスに対する効果的なmRNAワクチン開発を可能にした塩基修飾に関する発見」の業績で、ワイスマンとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。

[玉村 治 2024年2月16日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カリコ」の意味・わかりやすい解説

カリコ
Karikó Katalin

[生]1955.1.17. ソルノク近郊キシュイサラス
カリコ・カタリン。ハンガリーの生化学者。RNA医薬(→リボ核酸),とりわけメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの研究開発で知られる。mRNAヌクレオシドが特定の病原体に対し免疫反応を引き起こす能力をもつことに注目し開発された mRNAワクチンは 2019年末以降世界で猛威をふるった新型コロナウイルス感染症 COVID-19の予防や治療に際して絶大な効果をあげた。2023年「COVID-19に対する効果的な mRNAワクチンの開発を可能にしたヌクレオシド修飾に関する発見に対して」,同僚であるアメリカ合衆国の免疫学者ドリュー・ワイスマンとともにノーベル生理学・医学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
ハンガリーの小さな村キシュイサラスで生まれ育ち,幼い頃から自然に興味をもった。1978年アティッラ・ヨージェフ大学(現セゲド大学)を卒業し,同大学の生物学研究センター BRCで博士課程に進み,短い RNAがもつ抗ウイルス活性や RNAの基本単位であるヌクレオシドが部分的に変更する「修飾」について学ぶ。1985年,研究資金が打ち切られたためアメリカに渡り,フィラデルフィアのテンプル大学で職を得る。4年後,ペンシルバニア大学に移り,心臓外科医エリオット・バーナサンのもと,mRNAを細胞内に注入することによって新たな蛋白質がつくられることを実証,これを機に mRNAを用いた遺伝子治療の研究に取り組んだ。
1997年,カリコと同様,ウイルス病原体に対する免疫の獲得に mRNAを利用することに興味をもっていたワイスマンと共同研究を開始。二人は mRNAの免疫原性(抗体を産生させる能力)が非常に高く,体内では逆効果となる免疫反応を引き起こすことを発見した。しかし,カリコが別のタイプの RNAであるトランスファーRNA(tRNA)を使って実験を試みたところ,同じ反応が起こらなかったことから tRNAに多くみられるヌクレオシドの修飾に着目。2005年,特定のヌクレオシド修飾が mRNAの免疫原性を低下させることを明らかにした。その後,二人は mRNA医薬の商品化のため RNARxという会社を設立,最終的にモデルナ Moderna,ビオンテック BioNTechの両社にライセンスを供与した。2013年にビオンテックの副社長,2019年に同上級副社長に就任。新型コロナウイルスのパンデミックのさなか,COVID-19の原因ウイルス SARS-CoV-2の感染を予防したり,重症化を軽減したりするワクチンが開発された。従来のワクチン開発と異なり,mRNAワクチンの開発は実際のウイルス粒子を必要とせず,おもに合成技術によるものであったため迅速に進んだ。SARS-CoV-2の遺伝コードを入手してから数ヵ月以内,流行から 1年ほどで mRNAワクチンは実用化にいたった。
2020年ローゼンスティール賞,2021年ラスカー=ドゥベーキー臨床医学研究賞,ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞受賞(すべてワイスマンと共同受賞)。

カリコ

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