コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

かるた会 かるたかい

2件 の用語解説(かるた会の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

かるた会
かるたかい

小倉百人一首』によるかるた競技会。江戸時代に流行したかるた遊びが,競技会形式をとって行われるようになったのは明治中期になってからで,その最初は万朝報新聞社主催のかるた会である。競技会は源平2組に分れて行われ,読み手のほか審判1名が立会う。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

かるた会
かるたかい

かるたを用いて勝敗を争う室内遊戯。普通、小倉(おぐら)百人一首の歌がるたを用いるものをいう。平安時代から上流社会で行われた貝合(かいあわせ)が、のち木札を用いるようになり、江戸時代の貞享(じょうきょう)年間(1684~88)京都の松葉屋から厚紙に木版で刷った歌がるたが売り出されるに及び一般に普及した。取り札全部を散らしておき、読み手の読む歌にしたがって取った札の多少を競ったり、源平の2組に分かれて争ったりした。明治になって一対一で行う競技方法が生まれ、研究団体などもでき、黒岩周六(涙香(るいこう))により、1904年(明治37)萬朝報(よろずちょうほう)主催の第1回競技会が開かれた。尾崎紅葉の『金色夜叉(こんじきやしゃ)』には、このころの家庭内でのかるた会のようすが描かれている。また1934年(昭和9)には大日本かるた協会が発足し、ついで段位も制定されるなどした。第二次世界大戦後は、全日本かるた協会主催により、61年(昭和36)から毎年1月に、名人位・クイーン位決定戦が催されている。[佐藤農人]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

かるた会の関連キーワードかるた百人一首歌ガルタ小倉付け春道列樹競技カルタ楠木早紀西郷直樹かるた会(歌留多会)百人一首かるた

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

かるた会の関連情報