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百人一首 ひゃくにんいっしゅ

8件 の用語解説(百人一首の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

百人一首
ひゃくにんいっしゅ

1人1首ずつ,100人の作品合計 100首を集めた秀歌選の一種。最も知られるのは『小倉百人一首』で,これは天智天皇から順徳天皇にいたる 100人の秀歌 100首から成り,歌がるたとして広く民衆の生活に浸透し,古典和歌の普及に役立った。

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デジタル大辞泉の解説

ひゃくにん‐いっしゅ【百人一首】

100人の歌人の歌を1首ずつ選んで集めたもの。藤原定家の撰といわれる「小倉百人一首」が歌ガルタとしてよく用いられている。また、それに倣った種々のものがある。ひゃくにんしゅ。ひゃくにんし。→小倉百人一首[補説]

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編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
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百科事典マイペディアの解説

百人一首【ひゃくにんいっしゅ】

100人の歌人を選び,それぞれから1首ずつの和歌を選び集めたもの。藤原定家の《小倉百人一首》がこのジャンルの祖型でもあり,もっとも著名でもある。その後多種多様百人一首がこれにならってつくられ,第2次大戦中には〈愛国百人一首〉(日本文学報国会)などもつくられた。

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とっさの日本語便利帳の解説

百人一首

→「いつか必ず役に立つ!編 これだけは押さえておきたい!日本古典」の「小倉百人一首」

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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世界大百科事典 第2版の解説

ひゃくにんいっしゅ【百人一首】

〈ひゃくにんしゅ〉ともいう。100人の歌人の秀歌を1首ずつ集めたもの。またそれをかるたにしたもの。通常は藤原定家撰《小倉百人一首》(表,表(つづき)参照)をさすが,足利義尚撰《新百人一首》をはじめ,後世その形式や方法にならったものが数多くつくられた。《小倉百人一首》は,室町時代以来歌学宝典として尊重されてきたが,歌仙絵として100人そろったものは,鎌倉・室町両期を通じて見つかっていない。頓阿の《水蛙眼目(すいあがんもく)》の序によれば,歌仙絵入りの百首が定家の嵯峨山荘にあったかのようであるが,この序文は一般に疑問が多いとされている。

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大辞林 第三版の解説

ひゃくにんいっしゅ【百人一首】

代表的歌人一〇〇人の歌一首ずつを集めたもの。藤原定家が小倉山の別荘で撰したと伝える「小倉百人一首」が最も有名で、これを模倣して種々のものが作られた。カルタとして正月の遊びになったのは江戸時代以降。百人首。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

百人一首
ひゃくにんいっしゅ

歌仙(かせん)秀歌撰(せん)の一形態で、優れた歌人(歌仙)100人をあげて、1人につき1首ずつ、あわせて100首の優れた歌(秀歌)を選び出したもの。通常は『小倉(おぐら)百人一首』をさすが、広くはそれに倣った同形態の「異種百人一首」「変り百人一首」とよばれるものをもさしていう。[小町谷照彦]

小倉百人一首

『小倉百人一首』は、三十六歌仙を選んだ藤原公任(きんとう)の『三十六人撰』や、100人の歌人の秀歌を歌合(うたあわせ)形式で並べた後鳥羽(ごとば)院の『時代不同歌合』などを継承しながら、藤原定家(ていか)が100人の歌人の秀歌を一首ずつ選び出したものである。定家の日記『明月記(めいげつき)』の文暦(ぶんりゃく)2年(1235)5月27日条に、定家がその子為家(ためいえ)の舅(しゅうと)の宇都宮頼綱(うつのみやよりつな)(蓮生(れんしょう))から依頼されて、その嵯峨中院(さがちゅういん)山荘の障子に貼(は)るために、天智(てんじ)天皇から藤原家隆(いえたか)、藤原(飛鳥井(あすかい))雅経(まさつね)に至る歌人の歌を色紙に書いて贈った、とある記事が『小倉百人一首』の成立に関連深いものとされ、それが『小倉百人一首』そのものの成立を示すという説と、その草稿本といわれる『百人秀歌』(『小倉百人一首』と97首が一致。後鳥羽院と順徳(じゅんとく)院の歌は含まない)をさすという説とがある。『小倉百人一首』が「小倉山荘色紙和歌」ともよばれるのは、定家が頼綱のために執筆してからのちに、その嵯峨小倉山荘用として自ら執筆したからだ、ともいわれる。また、最後の二首、後鳥羽院と順徳院の歌は為家がのちに補訂したものという説もある。『小倉百人一首』は、平安時代の歌人を中心に、奈良時代から鎌倉時代初期に至る歌人の秀歌を集めたもので、勅撰集でいうと『古今(こきん)集』から『続後撰(しょくごせん)集』までの歌が収められている。歌の内容としては、恋歌が43首で圧倒的に多く、四季歌は32首で、そのなかでは秋が16首でもっとも多く、雑歌(ぞうか)も20首(雑秋(ぞうあき)一首を含む)でかなり多い。艶麗(えんれい)な歌、情趣的な歌、人間劇的な歌などが選ばれている。作者は、男性79人(僧侶(そうりょ)13人を含む)、女性21人で、女流文学全盛時代を反映している面もある。ほぼ時代順に配列された秀歌は、王朝和歌史の精髄をみる感があり、日本人の自然や季節に対する感覚や美意識の原型、繊細で巧緻(こうち)な表現技巧や言語感覚などが随所にみいだされる。『小倉百人一首』は古典文学の代表的作品として広く享受され、まず二条(にじょう)家の和歌の秘伝として伝授され、『応永(おうえい)抄』『宗祇(そうぎ)抄』など数多くの注釈書が著され、近世に入っても、北村季吟(きぎん)の『百人一首拾穂(しゅうすい)抄』、契沖(けいちゅう)の『百人一首改観(かいかん)抄』、賀茂真淵(まぶち)の『宇比麻奈備(ういまなび)』、香川景樹(かげき)の『百首異見(いけん)』など本格的な注釈書が数多く記された。さらに、江戸時代中期ころから、とくに女子の古典入門書として普及し、「源氏物語巻々の歌(源氏香の図)」「三十六歌仙」などとともに、図入りの注釈を付し、女訓書・実用書的なものと合綴(がってつ)された大部なものなどが刊行された。一方、当時流行した遊戯具としてのかるたや絵双六(すごろく)の製作のなかで、「小倉百人一首かるた」もつくられた。また、「異種百人一首」も数多く、足利義尚(あしかがよしひさ)の『新百人一首』、二条良基(よしもと)に仮託した『後撰(ごせん)百人一首』、榊原忠次(さかきばらただつぐ)の『武家百人一首』『女房百人一首』、黒沢翁満(おきなまろ)の『源氏百人一首』、大森盛顕(もりあき)の『古今集百人一首(古今和歌集一首撰)』、近代に入っても『大全(たいぜん)明治新百人一首』『愛国百人一首』などがあった。パロディーの類も多く、幽双庵(ゆうそうあん)の『犬百人一首』、大田南畝(なんぽ)の『狂歌百人一首』などがあった。今日では『小倉百人一首』は、古典教材のほかに、家庭遊戯のかるたとして普及し、散らし取り、源平合戦、坊主めくりなどの遊び方があり、また、競技かるたとして広く行われている。[小町谷照彦]
『島津忠夫訳注『百人一首』(角川文庫) ▽大岡信訳注『百人一首』(講談社文庫) ▽樋口芳麻呂校注『王朝秀歌選』(岩波文庫) ▽有吉保訳注『百人一首』(講談社学術文庫)』

百人一首
ひゃくにんいっしゅ

藤原定家が、『古今集』から『新勅撰集』に至るまでの勅撰和歌集の中から選んだ秀歌選。百人の歌人から一首ずつ選び、ほぼ時代順に配列されている。内容は、恋歌が最も多く、掛詞や縁語を駆使した知的で技巧的な歌が多数を占め、晩年の定家の好みが反映されている。中世以降の歌壇で聖典視され、多くの注釈書が作られた。また、江戸時代に「歌かるた」となり、広く庶民に親しまれた。
(『日本語便利辞典(小学館)』より)1 秋の田の仮庵の庵の苫を粗み 我が衣手は露にぬれつつ
あきのたのかりほのいほのとまをあらみ わがころもではつゆにぬれつつ
                             天智天皇
                          てんじてんのう
《語釈》「仮庵」秋の田を鳥獣などの害から見張る仮小屋。「苫」菅や茅などの草をむしろのように編んだもの。
《解釈》秋の田に作った仮小屋の屋根の苫が粗いので、私の袖は露にぬれてびしょびしょになっているなあ。
2 春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山
はるすぎてなつきにけらししろたへの ころもほすてふあまのかぐやま
                            持統天皇
                         じとうてんのう
《語釈》「天の香具山」畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)とともに、大和三山の一つ。
《解釈》春が過ぎて夏がやって来たらしい。真っ白な夏衣を干すという天の香具山に。
3 あしひきの山鳥の尾のしだり尾の 長長し夜をひとりかも寝む
あしひきのやまどりのをのしだりをの ながながしよをひとりかもねむ
                           柿本人麻呂
                      かきのもとのひとまろ
《語釈》「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の」「ながながし」を導く序詞。「あしひきの」は「山」にかかる枕詞。
《解釈》山鳥の長く垂れ下がった尾のように長い長い秋の夜を、(恋しい人と離れて)私はひとり寂しく寝るのだろうか。
4 田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ
たごのうらにうちいでてみればしろたへの ふじのたかねにゆきはふりつつ
                              山部赤人
                          やまべのあかひと
《語釈》「田子の浦」静岡県・駿河湾の海岸。歌枕。
《解釈》田子の浦に出て仰ぎ見ると、真っ白な富士の高嶺に、雪が降り続いている。
5 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋はかなしき
おくやまにもみぢふみわけなくしかの こゑきくときぞあきはかなしき
                            猿丸大夫
                         さるまるだゆう
《語釈》「鳴く鹿」秋に妻を求めて鳴く牡鹿(おじか)
《解釈》山奥で、紅葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞く時、とりわけ秋の寂しさが身にしみる。
6 鵲の渡せる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける
かささぎのわたせるはしにおくしもの しろきをみればよぞふけにける
                      中納言家持(大伴家持)
            ちゅうなごんやかもち(おおとものやかもち)
《語釈》「鵲の渡せる橋」カササギは、カラス科の鳥。七夕の夜、織女と牽牛のために鵲が羽を連ねて天(あま)の川(がわ)に橋をかけるという伝説がある。
《解釈》天の川にカササギがかけた橋に、おりている霜が真っ白なのを見ると、ああ夜が更けたのだなあと思われる。
7 天の原ふりさけみれば春日なる 三笠の山に出でし月かも
あまのはらふりさけみればかすがなる みかさのやまにいでしつきかも
                           安倍仲麻呂
                         あべのなかまろ
《語釈》「ふりさけみれば」振り向いて遠くを望む意。「三笠の山」大和国春日(奈良県奈良市)にある三笠山。春日山ともいう。「春日」は歌枕。
《解釈》大空をはるかに遠く見わたすと、月が出ている。(あの月は)故郷日本の春日の地にある三笠山に出ていた月と同じ月なのかなあ。(遣唐使として唐に渡った仲麻呂が、異国の地で日本を思って詠んだ歌。)
8 わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり
わがいほはみやこのたつみしかぞすむ よをうぢやまとひとはいふなり
                            喜撰法師
                          きせんほうし
《語釈》「庵」世を捨てた人が住む粗末な住居。「都の辰巳」辰巳は方角で、東南を指す。「世を宇治山」「世を憂し」の意を掛ける。「宇治山」は、京都府宇治市の東部にある山。
《解釈》私の庵は都の東南にあって、このように(心安らかに)住んでいる。それなのに、(その宇治山を)世を憂しと思って逃れ住む宇治山だと人は言っているようだ。
9 花の色はうつりにけりないたづらに 我身よにふるながめせしまに
はなのいろはうつりにけりないたづらに わがみよにふるながめせしまに
                             小野小町
                           おののこまち
《語釈》「いたづらに」むなしく、無駄にの意。「ふる」は、「降る」と時を「経る」との掛詞。「ながめ」「長雨」と、物思いする意の「眺め」との掛詞。
《解釈》花の色はむなしくあせてしまったのですね、長雨の間に。私の美しさも、むなしく世を過ごして物思いに沈んでいた間に、衰えてしまいました。
10 これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関
これやこのゆくもかへるもわかれては しるもしらぬもあふさかのせき
                              蝉丸
                            せみまる
《語釈》「これやこの」「これがまあ、あの有名な……であるのか」という感嘆の意。「逢坂の関」近江国(滋賀県)と山城国(京都府)との境にある関。「逢う」の意を掛ける。
《解釈》ここがまあ、旅立つ人も、旅から都(みやこ)へ帰ってくる人も、知っている同士も知らない同士も、会っては別れ、別れては会うという、あの逢坂の関なのだなあ。
11 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよあまの釣舟
わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと ひとにはつげよあまのつりぶね
                          参議篁(小野篁)
                  さんぎたかむら(おののたかむら)
《語釈》「わたの原」大海原(おおうなばら)。「わた」は海の古語。「八十島かけて」「八十」は数の多いことをいう。「かけて」は、心にかけて。めざして。
《解釈》大海原を、たくさんの島々をめがけて漕ぎ出していったと、(親しい)人には告げてくれ、漁師の釣り船よ。(作者小野篁が、隠岐の島(島根県)に流罪になった時の歌。)
12 あまつ風くもの通ひ路吹きとぢよ 少女の姿しばしとどめむ
あまつかぜくものかよひぢふきとぢよ をとめのすがたしばしとどめむ
                            僧正遍昭
                      そうじょうへんじょう
《解釈》空を吹く風よ、雲の切れ間の、天上へ通じている道を吹き閉ざしておくれ。(天に昇っていこうとする)おとめの姿をもうしばらく地上にとどめておきたいので。
13 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる
つくばねのみねよりおつるみなのがは こひぞつもりてふちとなりぬる
                             陽成院
                          ようぜいいん
《語釈》「筑波嶺」常陸国(茨城県)にある筑波山。山頂は、西の男体(なんたい)山、東の女体(にょたい)山の二峰に分かれている。歌枕。「みなの川」筑波山の峰から流れ、桜川となり霞ヶ浦に注ぐ。峰の名により「男女川」とも書く。
《解釈》筑波山の峰から流れ落ちるみなの川の水が、積もり積もって淵となるように、あなたを思う私の恋心も、積もり積もって淵のようになってしまった。
14 陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに 乱れそめにし我ならなくに
みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに みだれそめにしわれならなくに
                        河原左大臣(源融)
              かわらのさだいじん(みなもとのとおる)
《語釈》「陸奥」東北地方の東半部。「しのぶもぢずり」奥州産の乱れ模様の布のこと。「乱れ」を導く。
《解釈》陸奥名産のしのぶもじずりが乱れているように、あなた以外の誰かのせいで心が乱れ始めた私ではないのに。(すべてあなたのせいなのだ。)
15 君がため春の野に出でて若菜摘む 我が衣手に雪は降りつつ
きみがためはるののにいでてわかなつむ わがころもでにゆきはふりつつ
                             光孝天皇
                         こうこうてんのう
《語釈》「若菜」春の野に生える食用となる若草。これを食べると邪気を払うとされていた。「衣手」着物の袖のこと。
《解釈》あなたにさしあげようと春の野原に出て若菜を摘んでいる私の着物の袖には、雪がしきりに降りかかっていた。
16 立ち別れいなばの山の峰に生ふる 松とし聞かば今帰り来む
たちわかれいなばのやまのみねにおふる まつとしきかばいまかへりこむ
                       中納言行平(在原行平)
             ちゅうなごんゆきひら(ありわらのゆきひら)
《語釈》「いなばの山」因幡国(いなばのくに)(鳥取県)の因幡山。「松とし聞かば」「松」と「待つ」の意を掛ける。
《解釈》あなたと別れて因幡国へ行っても、その土地のいなば山の峰に生(は)えている松のように、私を待っていると聞いたならば、すぐにでも帰ってこよう。
17 ちはやぶる神代も聞かず竜田川 韓紅に水くくるとは
ちはやぶるかみよもきかずたつたがは からくれなゐにみづくくるとは
                          在原業平朝臣
                    ありわらのなりひらあそん
《語釈》「ちはやぶる」「神」にかかる枕詞。「神代」神話が伝える神々の時代。「竜田川」大和国(奈良県)生駒(いこま)郡を流れる川。「水くくる」「くくる」は、糸でくくって染める絞(しぼ)り染(ぞ)め。
《解釈》不思議なことがあったと神話が伝える神代にも聞いたことがない、竜田川が美しい紅色(べにいろ)に水を絞り染めにするとは。
18 住の江の岸に寄る波夜さへや 夢の通ひ路人目よくらむ
すみのえのきしによるなみよるさへや ゆめのかよひぢひとめよくらむ
                          藤原敏行朝臣
                    ふじわらのとしゆきあそん
《語釈》「住の江」摂津国(大阪府)の歌枕。「人目よくらむ」「よく(避く)」は、避ける、憚るの意。
《解釈》住の江の岸辺に寄る波ではないけれど、夜までも、夢の中の通い路で(あの人は)人目を避けているのだろうか。(夢でも会うことができない。)
19 難波潟短き芦のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや
なにはがたみじかきあしのふしのまも あはでこのよをすぐしてよとや
                              伊勢
                              いせ
《語釈》「難波潟」大阪湾の一部。葦の名所。
《解釈》難波の干潟(ひがた)に生(は)えている葦の、短い節と節との間のようなわずかの間も、あなたに会わずにこの世を過ごせとおっしゃるのですか。
20 わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしてもあはむとぞ思ふ
わびぬればいまはたおなじなにはなる みをつくしてもあはむとぞおもふ
                             元良親王
                         もとよししんのう
《語釈》「わびぬれば」「わぶ」は思い悩む意。「今はた同じ」「はた」は、「どう思ってもやはり」の意の副詞。「みをつくしても」「澪標(みおつくし)(航海する船のための目印として立てた標識)」と、「身を尽くし(身をほろぼす)」の意を掛ける。
《解釈》思い悩んでいる今となってはもう同じことだ。あの難波(の港)にある澪標ではないが、この身を尽くし、命をかけてもあなたに逢いたいと思う。
21 いまこむといひしばかりに長月の 有明けの月を待ちいでつるかな
いまこむといひしばかりにながつきの ありあけのつきをまちいでつるかな
                              素性法師
                            そせいほうし
《語釈》「有明けの月」夜が明けてからも空に残る月。
《解釈》あなたがすぐ行くとおっしゃったばかりに、私は待ち続けていましたが、あなたは来ず、九月の有明けの月が空に現れてしまいました。(女性の立場になって詠んだ歌。一夜のこととする解釈と、秋の間ずっと待ち続け、九月の有明の季節になってしまったとする解釈がある。ここでは前者の意とする。)
22 吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ
ふくからにあきのくさきのしをるれば むべやまかぜをあらしといふらむ
                             文屋康秀
                         ふんやのやすひで
《語釈》「吹くからに」「からに」は「~するとすぐ」の意の接続助詞。吹くとすぐ。「むべ」「なるほど」の意の副詞。「あらし」「荒し」と「嵐」の意の掛詞。
《解釈》風が吹くとすぐに秋の草木がしおれるので、なるほど「山風」を嵐というのだろう。(「山」と「風」の二字を組み合わせると「嵐」という字になるところに着目した機知的な歌。)
23 月見ればちぢに物こそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど
つきみればちぢにものこそかなしけれ わがみひとつのあきにはあらねど
                             大江千里
                          おおえのちさと
《語釈》「千々に」あれこれと。いろいろと。
《解釈》月を見るとあれこれと限りもなく物悲しい思いがする。別に自分一人だけのための秋というわけではないのだけれど。(『白氏文集』の「燕子楼中霜月夜、秋来只一人為長」を踏まえた歌。)
24 このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに
このたびはぬさもとりあへずたむけやま もみぢのにしきかみのまにまに
                          菅家(菅原道真)
                    かんけ(すがわらのみちざね)
《語釈》「このたび」「度」と「旅」の意を掛ける。「幣」は、紙や布を小さく切った、神に祈る時の捧げ物。「手向山」固有名詞とする説、普通名詞とする説があるが、どちらにしても、神に手向けるという意を掛ける。
《解釈》今回の旅はあわただしくて、幣の用意もできませんでした。この錦のような美しい紅葉を神のお心のままに受け取ってください。
25 名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られでくる由もがな
なにしおはばあふさかやまのさねかづら ひとにしられでくるよしもがな
                       三条右大臣(藤原定方)
            さんじょうのうだいじん(ふじわらのさだかた)
《語釈》「名にし負はば」「し」は強意の副助詞。そのような名を負い持っているならば。「逢坂山」山城国(京都府)と近江国(滋賀県)の境の山。「逢う」の意を掛けてよく歌に詠まれる歌枕。「さねかづら」ツル草の名。「さ寝(「さ」は接頭語。男女が共寝をすること。)」の意を掛ける。「くる」「来る」と、ツル草を手で「繰る」の意を掛ける。
《解釈》逢坂山のさねかずら、「逢う」「さ寝」という名を持っているのなら、そのさねかずらを手繰(たぐ)るように、人に知られないであなたを訪ねる方法があればよいのに。
26 小倉山峰のもみぢ葉心あらば 今ひとたびの行幸待たなむ
をぐらやまみねのもみぢばこころあらば いまひとたびのみゆきまたなむ
                         貞信公(藤原忠平)
                 ていしんこう(ふじわらのただひら)
《語釈》「小倉山」京都府嵯峨にある山。嵐山の対岸にある。紅葉の名所。
《解釈》小倉山の峰の紅葉葉よ、もしも心があるならば、このまま散らないで、もう一度天皇の行幸を待っていておくれ。
27 みかの原わきて流るる泉川 いつ見きとてか恋しかるらむ
みかのはらわきてながるるいづみがは いつみきとてかこひしかるらむ
                      中納言兼輔(藤原兼輔)
            ちゅうなごんかねすけ(ふじわらのかねすけ)
《語釈》「みかの原」京都府南部にあり、奈良時代に一時都がおかれた地。「わきて」「分き」と「涌き」の掛詞。「泉川」現在の木津川。*上三句は、「いつ見」を導く序詞。
《解釈》みかの原を分けて流れている泉川、その名のように、あの人を「いつ」見たというので、こんなにも恋しく思われるのだろうか。
28 山里は冬ぞさびしさまさりける 人目も草もかれぬと思へば
やまざとはふゆぞさびしさまさりける ひとめもくさもかれぬとおもへば
                            源宗于朝臣
                     みなもとのむねゆきあそん
《語釈》「人目」人の訪れ、出入り。「かれぬ」人が「離(か)る」と、草が「枯る」を掛ける。
《解釈》山里は、冬になると寂しさがひとしおまさって感じられる。人の訪れも途絶え、草も枯れてしまったなあと思うと。
29 心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花
こころあてにをらばやをらむはつしもの おきまどはせるしらぎくのはな
                            凡河内躬恒
                       おおしこうちのみつね
《語釈》「折らばや折らむ」「ば」は未然形に接続して、仮定の意を示す接続助詞。「や」は疑問の係助詞。願望の意の終助詞「ばや」ではない。
《解釈》もし折るならば、当(あ)て推量(ずいりょう)に折ってみようか。初霜が真っ白におりて霜か菊か見る者を惑わせている白菊の花を。
30 有明けのつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし
ありあけのつれなくみえしわかれより あかつきばかりうきものはなし
                            壬生忠岑
                         みぶのただみね
《語釈》「有明け」夜が明けても西の空に残る月。
《解釈》有明けの月が空に無情にかかっていて、あなたがそっけなく見えたあの別れから、(私にとって)夜明け前ぐらいつらいものはなくなった。
31 朝ぼらけ有明の月とみるまでに 吉野の里にふれる白雪
あさぼらけありあけのつきとみるまでに よしののさとにふれるしらゆき
                             坂上是則
                       さかのうえのこれのり
《語釈》「朝ぼらけ」夜がほのぼのと明ける頃。「吉野の里」大和国(奈良県)の歌枕。吉野山のふもとの里で、寒く雪も多い。
《解釈》夜明け方、有明けの月の光かと見まごうばかりに、吉野の里に真っ白に降った白雪だなあ。
32 山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり
やまがはにかぜのかけたるしがらみは ながれもあへぬもみぢなりけり
                            春道列樹
                        はるみちのつらき
《語釈》「しがらみ」水流を堰き止めるため、川に杭を打ち並べて、柴や竹を横に結びつけたもの。
《解釈》山あいの川に風がかけたしがらみは、流れようとして流れきれないでいる紅葉であったのだ。
33 ひさかたの光のどけき春の日に 静心なく花の散るらむ
ひさかたのひかりのどけきはるのひに しづこころなくはなのちるらむ
                             紀友則
                          きのとものり
《語釈》「ひさかたの」光・月・天・空などにかかる枕詞。
《解釈》日の光がのどかに差す春の日に、桜(さくら)の花はどうして落ち着いた心もなくあわただしく散っているのだろう。
34 誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに
たれをかもしるひとにせむたかさごの まつもむかしのともならなくに
                            藤原興風
                       ふじわらのおきかぜ
《語釈》「高砂の松」播磨国(兵庫県高砂市)の老松。松は長寿の象徴。
《解釈》年老いた私はいったい誰を知友(ちゆう)としたらよいのだろうか。あの老齢(ろうれい)の高砂の松も、昔からの友達ではないのだから。
35 人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける
ひとはいさこころもしらずふるさとは はなぞむかしのかににほひける
                             紀貫之
                          きのつらゆき
《語釈》「いさ」は、「さあ、どうであろうか」。下に打消しの語を伴って用いられることが多い。
《解釈》人(あなた)は、さあ、心の内はどうだかわからないが、古くからのなじみの土地の(梅(うめ)の)花は昔どおりの香(かお)りで咲いているなあ。(以前から懇意にしていた家の主人に疎遠を責められ、梅の花に添えて詠んだ歌。)
36 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月やどるらむ
なつのよはまだよひながらあけぬるを くものいづこにつきやどるらむ
                           清原深養父
                       きよはらのふかやぶ
《解釈》夏の短い夜はまだ宵の口だと思っていたら、明けてしまったが、西に沈む暇(ひま)もない月は、いったい雲のどのあたりに宿っているのだろうか。
37 白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける
しらつゆにかぜのふきしくあきののは つらぬきとめぬたまぞちりける
                            文屋朝康
                        ふんやのあさやす
《語釈》「吹きしく」は、吹き頻(し)くで、しきりに吹く意。
《解釈》草の上の白露に、風がしきりに吹きつける秋の野は、糸に緒を通してつなぎとめていない真珠(しんじゅ)が乱れ散ったようだなあ。
38 忘らるる身をば思はずちかひてし 人の命の惜しくもあるかな
わすらるるみをばおもはずちかひてし ひとのいのちのをしくもあるかな
                               右近
                              うこん
《解釈》あなたに忘れられる私のことはなんとも思いません。でも、神仏(しんぶつ)の前で変わらぬ愛を誓(ちか)ってしまったあなたの命が、誓いを破った罰(ばつ)で失われるのではないかと、惜しくも思われます。
39 浅茅生の小野の篠原しのぶれど 余りてなどか人の恋しき
あさぢふのをののしのはらしのぶれど あまりてなどかひとのこひしき
                          参議等(源等)
                 さんぎひとし(みなもとのひとし)
《語釈》「浅茅生」丈の低いチガヤが生えているところ。「篠原」篠(細い竹)の生えている原。*上二句は、「しのぶ」を導く序詞。
《解釈》チガヤの茂った小野の篠原の「しの」のように耐えしのんできたが、しのびきれず、思いが余って、どうしてあなたがこんなに恋しいのだろう。
40 忍ぶれど色に出でにけり我が恋は ものや思ふと人の問ふまで
しのぶれどいろにいでにけりわがこひは ものやおもふとひとのとふまで
                              平兼盛
                         たいらのかねもり
《語釈》「色」顔色、素振り。
《解釈》心に秘めていたのだが顔色に現れてしまった、私の恋は。物思いをしているのかと人が尋(たず)ねるほどまでに。
41 恋すてふ我が名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか
こひすてふわがなはまだきたちにけり ひとしれずこそおもひそめしか
                            壬生忠見
                          みぶのただみ
《語釈》「恋すてふ」「てふ」は、「といふ」が縮まった形。「まだき」は、早くもの意の副詞。形容詞「まだし」ではない。
《解釈》私が恋をしているという評判(ひょうばん)が早くも立ってしまった。人知れずひそかにあの人を思い始めたのに。
42 契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは
ちぎりきなかたみにそでをしぼりつつ すゑのまつやまなみこさじとは
                            清原元輔
                       きよはらのもとすけ
《語釈》「かたみに」お互いに。「末の松山」陸奥の歌枕。宮城県多賀城市付近かとされる。
《解釈》約束しましたよね、お互(たが)いに(涙(なみだ)で濡(ぬ)れた)袖をしぼりながら。末の松山を波が越すことのないように、私たちも心変わりしないと。(なのにあなたは心変わりしてしまったのですね。)
43 あひ見てののちの心に比ぶれば 昔は物を思はざりけり
あひみてののちのこころにくらぶれば むかしはものをおもはざりけり
                     権中納言敦忠(藤原敦忠)
          ごんちゅうなごんあつただ(ふじわらのあつただ)
《語釈》「あひ見て」男女が逢(あ)って契りを交わしたこと。
《解釈》あなたに逢って契りを結んだあとの恋しくせつない思いと比べてみると、それ以前の物思いなどは、しなかったも同然だなあ。
44 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし
あふことのたえてしなくはなかなかに ひとをもみをもうらみざらまし
                      中納言朝忠(藤原朝忠)
            ちゅうなごんあさただ(ふじわらのあさただ)
《語釈》「絶えて」は、まったくの意の副詞で、下に否定表現を伴う。
《解釈》逢って契りを交わすことがまったくないものならば、かえってあの人の無情(むじょう)も我が身のつらさも恨むようなことはないだろうに。
45 あはれとも言ふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな
あはれともいふべきひとはおもほえで みのいたづらになりぬべきかな
                        謙徳公(藤原伊尹)
                けんとくこう(ふじわらのこれただ)
《語釈》「いたづらに」むなしくなる。死ぬ。
《解釈》「かわいそうだ」と言ってくれそうな人は、誰も思い浮かべられないままに(他ならぬあなたも言ってくれそうにないまま)、この身は(あなたに)思(おも)い焦(こ)がれながら、むなしく死んでしまうことだろう。
46 由良のとを渡る舟人かぢを絶え ゆくへも知らぬ恋のみちかな
ゆらのとをわたるふなびとかぢをたえ ゆくへもしらぬこひのみちかな
                            曽禰好忠
                         そねのよしただ
《語釈》「由良の門」の地については、丹後(京都府)と紀伊(和歌山県)の二説があるが、前者と考えられる。*上三句は、「行方も知らぬ」を導く序詞。
《解釈》潮流の速い由良の水門をこいで渡る船人が、楫(かじ)を失って行く先がわからず漂(ただよ)うように、これからどうなるかわからない私の恋の道だなあ。
47 八重葎茂れる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり
やへむぐらしげれるやどのさびしきに ひとこそみえねあきはきにけり
                            恵慶法師
                         えぎょうほうし
《語釈》「八重」幾重にも。「葎」雑草。
《解釈》何重(なんじゅう)にも雑草の生い茂ったこの寂しい宿に、人は誰もたずねて来ないけれど、秋だけはやってきたのだなあ。
48 風をいたみ岩うつ波のおのれのみ くだけて物を思ふ頃かな
かぜをいたみいはうつなみのおのれのみ くだけてものをおもふころかな
                              源重之
                        みなもとのしげゆき
《解釈》風が激しいので、岩に打ち当たる波が自分だけ砕けて散るように、あの人はつれなくて、私だけが心も砕けるばかり思い悩んでいるこの頃だなあ。
49 御垣守衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつものをこそ思へ
みかきもりゑじのたくひのよるはもえ ひるはきえつつものをこそおもへ
                          大中臣能宣朝臣
                   おおなかとみのよしのぶあそん
《語釈》「御垣守」宮中の諸門を警備する人。「衛士」諸国から交替で選ばれた兵士で、雑役や御殿の清掃をして、夜は火をたいて諸門を守った。
《解釈》宮中の御門(ごもん)を守る兵士である衛士のたくかがり火が、夜は燃えて昼は消えているように、私も、夜は恋いこがれ、昼は消え入るばかりに思い悩んでいる。
50 君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな
きみがためをしからざりしいのちさへ ながくもがなとおもひけるかな
                            藤原義孝
                       ふじわらのよしたか
《解釈》あなたに会うためなら惜しくないと思っていた私の命も、(思いの遂(と)げられた今は、この喜びがいつまでも続くように)いつまでも長くあってほしいと思うようになったなあ。
51 かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
かくとだにえやはいぶきのさしもぐさ さしもしらじなもゆるおもひを
                          藤原実方朝臣
                    ふじわらのさねかたあそん
《語釈》「えやは伊吹の」「えやは言ふ」の「言ふ」に地名の「伊吹」を掛ける。歌枕、伊吹山の場所については、下野国(栃木県)説と美濃国(岐阜県)・近江国(滋賀県)の国境説がある。「さしも草」もぐさのこと。*上三句は「さしも」を導く序詞。
《解釈》このようにあなたを恋い慕っていると、言うことができようか。(とても言えない。)あなたはそうだとは知らないだろう、(私の)燃える(ような恋の)思いを。
52 明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな
あけぬればくるるものとはしりながら なほうらめしきあさぼらけかな
                          藤原道信朝臣
                    ふじわらのみちのぶあそん
《語釈》「朝ぼらけ」夜がほのぼのと明ける薄明のころ。男女の逢瀬が終わって男性が帰る時分。
《解釈》夜が明けると、やがて日が暮れ、そしてまたあなたに逢(あ)えるとはわかっていても、やはり恨めしい明け方だなあ。
53 嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る
なげきつつひとりぬるよのあくるまは いかにひさしきものとかはしる
                    右大将道綱母(藤原道綱母)
      うだいしょうみちつなのはは(ふじわらのみちつなのはは)
《解釈》あなたが通(かよ)って来ないのを嘆(なげ)きながら一人で寝る夜の、夜明けまでの時間がどれほど長いものか、あなたはおわかりになるでしょうか。(おわかりにならないでしょう。)
54 忘れじの行く末までは難ければ 今日を限りの命ともがな
わすれじのゆくすゑまではかたければ けふをかぎりのいのちともがな
                           儀同三司母
                       ぎどうさんしのはは
《解釈》(私を)忘れないという約束を、遠い将来まで頼(たの)みにすることはむずかしいことでしょうから、こうして逢(あ)えて結ばれた今日限りで死んでしまいたい。
55 滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ
たきのおとはたえてひさしくなりぬれど なこそながれてなほきこえけれ
                       大納言公任(藤原公任)
              だいなごんきんとう(ふじわらのきんとう)
《語釈》「名」評判。
《解釈》この滝の音は、とだえてからかなりの歳月(さいげつ)がたってしまったけれども、みごとな滝だったという評判は世間に伝わって、今でもやはり聞こえてくることだなあ。
56 あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな
あらざらむこのよのほかのおもひでに いまひとたびのあふこともがな
                            和泉式部
                          いずみしきぶ
《語釈》「この世のほか」死後の世界。あの世。
《解釈》(病気が重いので)まもなく私は死ぬでしょう。あの世への思い出として、せめて死ぬ前にもう一度あなたにお逢いしたいものです。
57 めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月かな
めぐりあひてみしやそれともわかぬまに くもがくれにしよはのつきかな
                              紫式部
                          むらさきしきぶ
《解釈》めぐり逢って見た、それかとも(月かどうかとも)分からないうちに、雲に隠れてしまった夜中の月だなあ。ちょうどそのように、めぐり逢って、その人であったかどうかもわからないうちに、あなたは姿を隠してしまいましたね。
58 有馬山猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする
ありまやまゐなのささはらかぜふけば いでそよひとをわすれやはする
                            大弐三位
                         だいにのさんみ
《語釈》「有馬山」摂津国(兵庫県)の歌枕。「猪名の笹原」摂津国(兵庫県)の歌枕。猪名川と武庫(むこ)川の間の地。「そよ」笹が強い風にそよぐ音に、「それ」「そら」などの意の感動詞を掛ける。*上三句は「そよ」を導く序詞。
《解釈》有馬山から猪名の笹原にかけて風が吹くと、そよそよ音がしますが、そうですよ、そのように私はあなたを忘れるものですか。
59 やすらはで寝なましものを小夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな
やすらはでねなましものをさよふけて かたぶくまでのつきをみしかな
                            赤染衛門
                         あかぞめえもん
《解釈》ためらうことなく寝てしまえばよかったのに。あなたが来てくれるものと寝ずにお待ちしていて、夜も更けて西の空に沈もうとするまでの月を見てしまいました。
60 大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立
おほえやまいくののみちのとほければ まだふみもみずあまのはしだて
                           小式部内侍
                        こしきぶのないし
《語釈》「大江山」丹後国(京都府)にある山。「いく野」丹後国(京都府)の歌枕。「行く」の意を掛ける。「まだふみも見ず」「踏み」と「文」を掛ける。「天の橋立」丹後国(京都府)の歌枕。日本三景の一つ。
《解釈》(母のいる丹後の国は、)大江山を越え、生野(いくの)を通って行く道が遠いので、まだ天の橋立を踏んでみたことはなく、母からの文(ふみ)も見ておりません。
61 いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな
いにしへのならのみやこのやへざくら けふここのへににほひぬるかな
                            伊勢大輔
                          いせのたいふ
《語釈》「九重」宮中(きゅうちゅう)
《解釈》昔、奈良の都で咲いていた八重桜が、今日はこの宮中で、色美しく咲いていることです。
62 夜を籠めて鳥の空音は謀るとも よに逢坂の関は許さじ
よをこめてとりのそらねははかるとも よにあふさかのせきはゆるさじ
                            清少納言
                        せいしょうなごん
《語釈》「鳥の空音」(にわとり)の鳴きまね。『史記―孟嘗君列伝』にある故事(夜が明けなければ人を通さない函谷関(かんこくかん)を、孟嘗君が鶏の鳴きまねを得意とする者の働きによって通った)をふまえる。
《解釈》(函谷関では)まだ夜が明けないうちに、鶏の鳴き声をまねして番人(ばんにん)をだますことができましたが、この逢坂の関は決して(旅人の通行を)許しませんよ。(そう簡単にあなたに逢ったりはしませんよ。)
63 今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人伝てならで言ふよしもがな
いまはただおもひたえなむとばかりを ひとづてならでいふよしもがな
                     左京大夫道雅(藤原道雅)
          さきょうのだいぶみちまさ(ふじわらのみちまさ)
《解釈》今となっては、ただもう(あなたを)あきらめてしまおうという一言(ひとこと)だけを、せめて人づてではなく直接あなたに告げるてだてがあってほしいものだ。(恋人との仲をひきさかれ、悲痛な思いを切々と訴えた歌。)
64 朝ぼらけ宇治の川霧絶え絶えに あらはれわたる瀬々の網代木
あさぼらけうぢのかはぎりたえだえに あらはれわたるせぜのあじろぎ
                     権中納言定頼(藤原定頼)
          ごんちゅうなごんさだより(ふじわらのさだより)
《語釈》「網代木」川の流れをせき止め、魚をとるために竹や木を編んで川瀬にたてたもの。
《解釈》夜が白々と明けるころ、宇治川の川面(かわも)に立ちこめた朝霧(あさぎり)がとぎれとぎれになって、その絶え間から、瀬々にかけられた網代木が次々と現れ始めた。
65 恨みわびほさぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
うらみわびほさぬそでだにあるものを こひにくちなむなこそをしけれ
                              相模
                             さがみ
《解釈》あの人のつれないのを恨み嘆いて、涙に濡(ぬ)れて乾(かわ)く間(ま)もない袖がやがて朽ちてしまうことだけでも堪えがたいのに、その上、この恋のために浮き名を流して、朽ちてしまう私の名が本当に残念でなりません。(当時の女性は、恋をしているのだという浮き名をひどくおそれた。)
66 もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし
もろともにあはれとおもへやまざくら はなよりほかにしるひともなし
                          前大僧正行尊
                 さきのだいそうじょうぎょうそん
《語釈》「もろともに」どちらもともに、の意の副詞。
《解釈》私がお前を懐(なつ)かしく思うように、お前もまた私を懐かしいものに思ってくれ、山桜よ。こんな山奥では、花であるお前のほかには、知る人もいないのだ。
67 春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ
はるのよのゆめばかりなるたまくらに かひなくたたむなこそをしけれ
                            周防内侍
                         すおうのないし
《語釈》「かひなく」「甲斐なく」と「かひな(腕)」を掛ける。
《解釈》短い春の夜の夢のような、はかないたわむれで、あなたの腕(うで)を枕にしたなら、(本当は何もないのに)つまらないうわさが流れるかもしれない、それが残念です。
68 心にもあらで憂き世に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな
こころにもあらでうきよにながらへば こひしかるべきよはのつきかな
                             三条院
                         さんじょういん
《解釈》不本意(ふほんい)にも、この後(のち)つらい世に生き長らえたならば、その時さぞかし恋しく思い出されるにちがいない、今宵の美しい月であるなあ。
69 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり
あらしふくみむろのやまのもみぢばは たつたのかはのにしきなりけり
                            能因法師
                         のういんほうし
《語釈》「三室の山」大和国(奈良県)の歌枕。神奈備山(かんなびやま)とも呼ばれた。「竜田の川」大和国(奈良県)の歌枕。三室山の東のふもとを流れる。紅葉の名所として有名。
《解釈》激しい山おろしの風が吹き散らす三室山のもみじ葉は、竜田川を飾(かざ)る錦だったのだなあ。
70 さびしさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ
さびしさにやどをたちいでてながむれば いづくもおなじあきのゆふぐれ
                             良暹法師
                         りょうぜんほうし
《解釈》寂しさにたえかねて庵を出て、あたりを眺(なが)めると、どこも同じように寂しい秋の夕暮れであった。
71 夕されば門田の稲葉おとづれて 葦の丸屋に秋風ぞ吹く
ゆふさればかどたのいなばおとづれて あしのまろやにあきかぜぞふく
                       大納言経信(源経信)
             だいなごんつねのぶ(みなもとのつねのぶ)
《語釈》「夕されば」「され」は、時間が到来する意の動詞「さる」の已然形。「葦の丸屋」葦で屋根をふいた粗末(そまつ)な家。
《解釈》夕方になると、家の前の田の稲葉にそよそよと音を立てて、葦ぶきの粗末な田舎家(いなかや)に秋風が吹いてくる。
72 音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ
おとにきくたかしのはまのあだなみは かけじやそでのぬれもこそすれ
                        祐子内親王家紀伊
                   ゆうしないしんのうけのきい
《語釈》「高師の浜」和泉国(大阪府)の歌枕。
《解釈》有名な高師の浜の、ざわざわといたずらに立ち騒ぐ波を(私は)自分の袖にかけますまい、袖が濡れては困りますから。(浮気者で名高いあなたとお付き合いはしません、あとで後悔の涙で袖が濡れるでしょうから。)
73 高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ
たかさごのをのへのさくらさきにけり とやまのかすみたたずもあらなむ
                     前権中納言匡房(大江匡房)
         さきのごんちゅうなごんまさふさ(おおえのまさふさ)
《語釈》「高砂」高い山。「外山」深山(みやま)に対して里に近い山をいう。
《解釈》あの遠く高い山の峰(みね)の桜が咲いたなあ。花が見えなくなるので、里近い山の霞(かすみ)よ、どうか立たないでほしい。
74 うかりける人を初瀬の山おろし はげしかれとは祈らぬものを
うかりけるひとをはつせのやまおろし はげしかれとはいのらぬものを
                           源俊頼朝臣
                    みなもとのとしよりあそん
《語釈》「初瀬」大和国(奈良県)の歌枕。山腹に長谷観音(はせかんのん)を本尊とする長谷寺がある。
《解釈》今までつれなかったあの人を、私になびくようにと初瀬の長谷観音にお祈りしたはずなのに。初瀬の山から吹き下ろす風よ、お前のようにあの人が私にきびしくするようにとは祈らなかったのになあ。
75 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋も去ぬめり
ちぎりおきしさせもがつゆをいのちにて あはれことしのあきもいぬめり
                             藤原基俊
                        ふじわらのもととし
《語釈》「させもが露」清水観音作という「なほ頼めしめぢが原のさせも草我が世の中にあらむ限りは」(『新古今集』)により、「ただ頼め」と約束した言葉を示す。
《解釈》あなたが約束してくれた「ただ私を頼(たの)みにせよ」という言葉を、草の葉の上の露のようなはかない命のたのみとして待っていたが、その望みもかなわず、ああ、今年の秋もむなしく過ぎ去ってしまうようだ。
76 わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波
わたのはらこぎいでてみればひさかたの くもゐにまがふおきつしらなみ
                法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
      ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん
                       (ふじわらのただみち)
《語釈》「ひさかたの」雲居にかかる枕詞。「雲居」雲のある所、空。また、雲そのもの。ここでは後者。
《解釈》大海原(おおうなばら)に舟を漕ぎ出して、ながめわたすと、空の雲と見まちがえるほどに、沖の白波が立っている。
77 瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
せをはやみいはにせかるるたきがはの われてもすゑにあはむとぞおもふ
                              崇徳院
                            すとくいん
《語釈》*上三句は、「われても」を導く序詞。
《解釈》川瀬の流れが早いので岩にせきとめられている滝川が、二つに分かれても下流でまた合流するように、たとえ今あなたとお別れしても、将来またお逢いしたいと思っている。
78 淡路島かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守
あはぢしまかよふちどりのなくこゑに いくよねざめぬすまのせきもり
                             源兼昌
                       みなもとのかねまさ
《語釈》「須磨の関」摂津国と播磨国の境(兵庫県神戸市)にあった関所。
《解釈》淡路島から通うチドリの鳴く声に、幾夜(いくよ)目を覚ましただろうか。須磨の関の番人(ばんにん)は。
79 秋風にたなびく雲のたえまより もれいづる月の影のさやけさ
あきかぜにたなびくくものたえまより もれいづるつきのかげのさやけさ
                      左京大夫顕輔(藤原顕輔)
           さきょうのだいぶあきすけ(ふじわらのあきすけ)
《語釈》「月の影」月の光のこと。
《解釈》秋風に吹かれてたなびいている雲の絶え間から、漏れ出ている月の光の、何とすみきって美しいことか。
80 長からむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ
ながからむこころもしらずくろかみの みだれてけさはものをこそおもへ
                           待賢門院堀河
                    たいけんもんいんのほりかわ
《語釈》*上三句は「乱れて」を導く序詞。
《解釈》あなたの愛情が、末長く変わらないかどうかわかりません。あなたとお逢(あ)いして別れた今朝、私の黒髪が乱れているように、心は乱れて物思いに沈んでいます。
81 ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる
ほととぎすなきつるかたをながむれば ただありあけのつきぞのこれる
                    後徳大寺左大臣(藤原実定)
          ごとくだいじのさだいじん(ふじわらのさねさだ)
《解釈》ホトトギスが鳴いた方に目をやると(ホトトギスの姿はなく)、ただ明け方の空に月が残っているばかりである。
82 思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり
おもひわびさてもいのちはあるものを うきにたへぬはなみだなりけり
                            道因法師
                         どういんほうし
《解釈》つれない人への恋に思い悩んで、それでも命だけは永(なが)らえているが、つらさに堪(た)えきれずこぼれ落ちるのは、涙であるなあ。(堪えている命と堪えきれない涙の対比。)
83 世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
よのなかよみちこそなけれおもひいる やまのおくにもしかぞなくなる
                   皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
    こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい(ふじわらのしゅんぜい)
《解釈》この憂き世の中よ、私の遁(のが)れるべき道はどこにもない。世を背(そむ)こうと思い、入って来たこの山の奥にも、鹿が悲しげに鳴いているようだ。
84 長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき
ながらへばまたこのごろやしのばれむ うしとみしよぞいまはこひしき
                          藤原清輔朝臣
                    ふじわらのきよすけあそん
《解釈》生き長らえるならば、また同じように、このつらい今が懐かしく思い出されるのだろうか。辛(つら)いと思いながら過ごしていた昔が、今は恋しく思われる。
85 夜もすがら物思ふころはあけやらで 閨のひまさへつれなかりけり
よもすがらものおもふころはあけやらで ねやのひまさへつれなかりけり
                             俊恵法師
                          しゅんえほうし
《解釈》一晩中恋の物思いに沈んでいる今日この頃は、なかなか夜が明けず、明るくならない寝室のすき間までもが、つれなく感じられることだ。
86 嘆けとて月やは物を思はする かこちがほなるわが涙かな
なげけとてつきやはものをおもはする かこちがほなるわがなみだかな
                            西行法師
                        さいぎょうほうし
《語釈》「かこち顔」~のせいだと恨めしげな様子。
《解釈》嘆けといって月が物思いをさせるのだろうか。(本当は恋のせいなのに)月のせいだと恨めしそうに流れる私の涙であるなあ。
87 村雨の露もまだひぬ槙の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮れ
むらさめのつゆもまだひぬまきのはに きりたちのぼるあきのゆふぐれ
                            寂蓮法師
                        じゃくれんほうし
《語釈》「村雨」急に強く降ってはやみ、また降ってくる雨。にわか雨。「ひぬ」干ぬ。乾かない。「槙の葉」真木。檜(ひのき)、杉、松など常緑の針葉樹の総称。
《解釈》さっき通り過ぎた村雨の露もまだ乾かない杉や檜の葉に、うっすらと霧が立ちのぼっている秋の夕暮れだなあ。
88 難波江の葦のかりねのひとよゆゑ みをつくしてや恋ひわたるべき
なにはえのあしのかりねのひとよゆゑ みをつくしてやこひわたるべき
                          皇嘉門院別当
                    こうかもんいんのべっとう
《語釈》「難波江の葦の」「かりねのひとよ」を導く序詞。「難波江」は摂津国(大阪府)の歌枕。「かりね」「仮寝」と「刈り根」を掛ける。「ひとよ」「一夜」と「一節(ひとよ)」を掛ける。「みをつくし」「澪標(=水路標識)」と「身を尽くす」を掛ける。
《解釈》難波の入江(いりえ)の葦の刈り根の一節(ひとふし)のような、旅の一夜のかりそめの共寝のために、澪標のようにこの身を尽くして、ひたすら恋い続けることになるのでしょうか。
89 玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば 忍ぶることの弱りもぞする
たまのをよたえなばたえねながらへば しのぶることのよわりもぞする
                           式子内親王
                      しょくしないしんのう
《語釈》「玉の緒」命。
《解釈》我が命よ、絶えるならば絶えてしまえ。生き長らえていると、恋心をこらえ忍ぶことが弱り、思いが外に現れてしまうといけないから。
90 見せばやな雄島の海人の袖だにも ぬれにぞぬれし色は変はらず
みせばやなをじまのあまのそでだにも ぬれにぞぬれしいろはかはらず
                          殷富門院大輔
                     いんぶもんいんのたいふ
《語釈》「雄島」宮城県松島の中の一島。陸奥の歌枕。
《解釈》あなたにお見せしたいものです。(恋(こ)い焦(こ)がれて流す血の涙で赤く染まった私の袖を。)あの松島(まつしま)の雄島の海人の袖でさえ、濡れに濡れても、色までは変わっていないのに。(深い悲しみのあまり流れる涙を「血の涙」という。)
91 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣片敷きひとりかも寝む
きりぎりすなくやしもよのさむしろに ころもかたしきひとりかもねむ
                 後京極摂政前太政大臣(藤原良経)
         ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん
                      (ふじわらのよしつね)
《語釈》「きりぎりす」コオロギの古名。「さむしろに」「さ筵(敷物。むしろ)」と、「寒し」を掛ける。「衣片敷き」自分の袖の片袖だけを敷いて寝ること。共寝の時は、二人の着物を敷くので、独り寝すること。
《解釈》コオロギが鳴いている霜の降りる寒い夜、床の敷(し)き物(もの)の上に自分の着物の片袖だけを敷いて、私は独り寂しく寝るのだろうか。
92 我が袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間ぞなき
わがそではしほひにみえぬおきのいしの ひとこそしらねかわくまぞなき
                            二条院讃岐
                       にじょういんのさぬき
《語釈》「潮干に見えぬ沖の石の」「人こそ知らね」を導く序詞。
《解釈》私の袖は、引(ひ)き潮(しお)の時にも見えない沖の石のように、人は知らないでしょうけれども、恋の涙に濡れて乾く間もありません。
93 世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも
よのなかはつねにもがもななぎさこぐ あまのをぶねのつなでかなしも
                       鎌倉右大臣(源実朝)
            かまくらのうだいじん(みなもとのさねとも)
《語釈》「綱手」舟を引く縄。
《解釈》世の中はいつまでも変わらないでいてほしいなあ。渚を漕いで行く漁夫(ぎょふ)の小舟(こぶね)が、綱手を引いてゆく景色に、しみじみと心が動かされる。
94 み吉野の山の秋風小夜ふけて ふるさと寒く衣うつなり
みよしののやまのあきかぜさよふけて ふるさとさむくころもうつなり
                       参議雅経(藤原雅経)
               さんぎまさつね(ふじわらのまさつね)
《語釈》「み吉野」「み」は美称の接頭語。大和国(奈良県)の歌枕。「ふるさと」かつて吉野離宮のあった吉野の里。
《解釈》吉野山の秋風は、夜(よ)が更(ふ)けて寒くなり、古都吉野は寒々として、衣を打つきぬたの音が聞こえている。
95 おほけなくうき世の民におほふ哉 わかたつ杣にすみそめの袖
おほけなくうきよのたみにおほふかな わかたつそまにすみそめのそで
                          前大僧正慈円
                   さきのだいそうじょうじえん
《語釈》「すみぞめ」「住み初め」と「墨染」を掛ける。「わが立つ杣」比叡山(ひえいざん)のこと。最澄の古歌にちなんだ表現。
《解釈》身の程もわきまえず、憂き世の人々の上に(仏の救済として)おおいかけることだなあ。比叡山に住みはじめて身につけたこの墨染の袖を。
96 花誘ふあらしの庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり
はなさそふあらしのにはのゆきならで ふりゆくものはわがみなりけり
                    入道前太政大臣(藤原公経)
     にゅうどうさきのだいじょうだいじん(ふじわらのきんつね)
《語釈》「ふりゆく」「降り」と「古り」を掛ける。
《解釈》花を誘って散らす嵐が、庭一面を雪の降るように真(ま)っ白(しろ)にしているが、降る雪ではなく、次第に古びて年老いてゆくのは、じつは我が身だったのだなあ。
97 来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ
こぬひとをまつほのうらのゆふなぎに やくやもしほのみもこがれつつ
                     権中納言定家(藤原定家)
            ごんちゅうなごんていか(ふじわらのていか)
《語釈》「まつほの浦」松帆(まつほ)の浦。淡路島北端の海岸。歌枕。「待つ」の意を掛ける。「藻塩」海藻からとる塩。(製塩の途中で焼く工程がある。)*二・三・四句は「こがる」を導く序詞。
《解釈》いくら待ってもやって来ない恋人を待つ私は、松帆の浦の夕凪の海辺で焼く藻塩のように、身は恋いこがれている。
98 風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける
かぜそよぐならのをがはのゆふぐれは みそぎぞなつのしるしなりける
                      従二位家隆(藤原家隆)
              じゅにいいえたか(ふじわらのいえたか)
《語釈》「楢の小川」京都の上賀茂神社の近くを流れる御手洗(みたらし)川。「禊」六月祓(みなづきはらえ)(夏越祓(なごしのはらえ)とも)のこと。その年の上半期の罪や穢(けが)れを祓(はら)うため、河原に出て水で身を浄めること。六月末に行う。
《解釈》風がそよそよと楢の葉を吹いている楢の小川の夕暮れは、秋のような涼(すず)しさだが、みそぎをしているのがまだ夏であることの証拠(しるし)だなあ。
99 人もをし人も恨めしあぢきなく 世を思ふ故にもの思ふ身は
ひともをしひともうらめしあぢきなく よをおもふゆゑにものおもふみは
                              後鳥羽院
                             ごとばいん
《語釈》「をし」「愛し」。いとおしい。「あぢきなく」自分の力ではどうすることも出来ず、苦々しい。
《解釈》人をいとしく思い、あるいは人を恨めしく思う。この世の中をもどかしく思うゆえに、あれこれと物思いをする私は。
100 ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり
ももしきやふるきのきばのしのぶにも なほあまりあるむかしなりけり
                             順徳院
                         じゅんとくいん
《語釈》「ももしき」内裏、宮中(きゅうちゅう)「しのぶ」「忍ぶ草」(シダ植物の一種)と「偲ぶ」を掛ける。
《解釈》宮中の古く荒れた軒端に生えている忍ぶ草、その忍ぶ草のように、いくら偲んでも偲(しの)び尽くせない恋しい昔の御代(みよ)だなあ。

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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世界大百科事典内の百人一首の言及

【小倉百人一首】より

…鎌倉初期成立の歌集でもっとも親しまれてきた〈百人一首〉。藤原定家撰。…

【かるた会(歌留多会)】より

…《小倉百人一首》のかるた会をいう。百人一首のかるた札は,元和年間(1615‐24)の道勝法親王筆によるものが最初といわれているが,現存していないので真偽はわからない。…

※「百人一首」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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