日本大百科全書(ニッポニカ) 「キャノン」の意味・わかりやすい解説
キャノン
きゃのん
Annie Jump Cannon
(1863―1941)
アメリカの天文学者。デラウェア州ドーバーに生まれ、1884年ウェズリー大学に入学、1895年ラドクリフ大学(1999年ハーバード大学に併合)に再入学。卒業後、1896年ハーバード大学天文台に就職し、以後45年間天体写真の分析に尽くした。初期にはピッカリングの助手として、恒星スペクトルのH・ドレーパー方式の分類計画に参加し、恩師の死後、主任研究員として計画完遂に尽力した。1924年待望の『H・ドレーパー星表』を刊行、22万5300個の恒星のスペクトルについて連続的分類を体系づけ、その後さらに13万個を追加した。イギリス王立天文学会名誉会員などの栄誉を受けた。
[島村福太郎]
キヤノン(株)
きやのん
カメラの世界トップメーカー。1933年(昭和8)に発足した精機光学研究所が前身。1935年に1号機カンノンカメラを完成、37年に株式会社化してキヤノンブランドで35ミリカメラを発売し、39年には日本初のX線間接撮影カメラを開発した。
第二次世界大戦後早くから海外で高く評価され、1947年(昭和22)にキヤノンカメラ(株)と改称。1956年に8ミリカメラに進出、61年に「キヤノネット」を発売し、自動露出カメラのEEブームを巻き起こした。1970年には「キヤノンF1」でシステムカメラ時代を開き、76年にマイコン搭載の「キヤノンAE1」、78年にマルチモードの「キヤノンA1」を発売してカメラの電子化、自動化を実現した。さらに1959年以降、マイクロフィルム機器、電卓、複写機、レーザービームプリンター、OA機器、ビデオ機器と多彩な分野へ意欲的な事業の拡大を図った。この間社名も1969年に現社名に変更。資本金1747億円(2008)、売上高4兆4813億円(2007。連結ベース)。
[中村清司]
『キヤノン史編集委員会編『キヤノン史――技術と製品の50年』(1987・キヤノン)』