ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ギルランダイオ」の意味・わかりやすい解説
ギルランダイオ
Ghirlandajo, Domenico
[没]1494.1.11. フィレンツェ
イタリアの画家。本名 Domenico di Tommaso Bigordi。 S.ボティチェリとともにクァトロチェントのフィレンツェ派画家を代表する。初期には A.バルドビネッティの弟子であったと考えられているが,むしろマサッチオや A.カスターニョあるいは B.ゴッツォーリの絵から影響を受けている。また,1480年フィレンツェのオーニサンティ聖堂に制作したフレスコ画『聖ヒエロニムス』などには,北方フランドル派の絵画の影響を受けたリアリスティックな表現がみられる。 81~82年にはバチカンのシスティナ礼拝堂でフレスコ画を制作。『使徒たちのお召し』や『紅海の徒行』などはゴッツォーリのアイデアを借り著名なフィレンツェ人たちの肖像に置き換えて描いているが,そうした歴史風俗画的な魅力も彼の絵画の特質である。 82~85年フィレンツェのサンタ・トリニタ聖堂サセッティ礼拝堂に描いた壁画および祭壇画には,同じく,サセッティの家族をはじめメディチ家とその協力者の人々が多数描かれている。 86~90年にフィレンツェのサンタ・マリア・ノベラ聖堂に制作した一連のフレスコ画が代表作である。フレスコ画を得意とし,油彩画は描かず,数少いテンペラ画の技法も稚拙であるとされているが,そのなかで最も有名な作品は『老人と孫』 (ルーブル美術館) 。
ギルランダイオ
Ghirlandajo, Benedetto
[没]1497.7.17. フィレンツェ
イタリアの画家。本名 Benedetto Bigordi。ドメニコおよびダビデ・ギルランダイオの弟。初めはミニアチュール画家として修業し,また C.ロッセリのもとに学んで,ギルランダイオ大工房中で最も洗練された画風を身につけていたといわれている。 1481~82年バチカンのシスティナ礼拝堂壁画,および 86~90年フィレンツェのサンタ・マリア・ノベラ聖堂の壁画制作には兄ドメニコに協力しているが,人物描写に大胆な輪郭線を用いた全体に線的な表現と,影の少い淡い色彩などはギルランダイオ固有の作風とされる。彼個人の作品と確認されているのは,フランス旅行中 92年頃に描いた晩年の板絵『キリストの生誕』 (エイグペルス,ノートルダム聖堂) であるが,フランドル派の写実的様式を吸収した装飾的で繊細優雅な画風はギルランダイオの特色をよく示している。
ギルランダイオ
Ghirlandajo, Davide
[没]1525.4.14. フィレンツェ
イタリアの画家。本名 Davide Bigordi。ドメニコ・ギルランダイオの弟。ドメニコの死後はギルランダイオ大工房の主となる。ほとんどの作品は,兄ドメニコ,弟ベネデットや他の弟子たちの協力を得て制作されているため,彼個人に帰せられる作品は少い。 1475年ローマ教皇シクスツス4世の図書室装飾は兄との共作,1510年フィレンツェのサンティシマ・アヌンツィアータ聖堂に制作したモザイクは弟との共作である。フィレンツェの聖アポロニア聖堂のフレスコ画は比較的彼の作風をとどめる作品として知られているが,それによると,兄同様カスターニョの雄大な様式を継承している。
ギルランダイオ
Ghirlandajo, Ridolfo
[没]1561.1.6. フィレンツェ
イタリアの画家。ドメニコ・ギルランダイオの息子。父の死後は叔父のダビデ・ギルランダイオやフラ・バルトロメオのもとで修業。フィレンツェ時代のラファエロとは親しく,互いに影響し合った。宗教的主題の壁画も多く描いているが,傑出した肖像画家として有名。作品は『聖ゼノピウスの奇跡』 (1510,ウフィツィ美術館) 。
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