アメリカの経済学者。1953年、ニューヨーク州オルバニー生まれ。1974年にエール大学を卒業し、1977年にマサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得。MITやスタンフォード大学の教授などを歴任した後、2000年からプリンストン大学教授を務める。また、レーガン政権の経済諮問委員会上級エコノミストを務めたほか、世界銀行(国際復興開発銀行)、国際通貨基金(IMF)のエコノミストなどの経験もある。気鋭の経済学者として、内外の経済・金融政策に積極的に発言することで知られ、ニューヨーク・タイムズ紙掲載の機知に富んだ鋭いコラムでも有名である。
1991年には、有望な若手経済学者に贈られるジョン・ベーツ・クラーク賞を受賞し、早くからノーベル経済学賞の有力候補者と目されていた。2008年に、「新しい国際貿易理論と経済地理学の確立」で、ノーベル経済学賞を単独受賞した。
新古典派経済学では、市場が資源を最適配分するので、貿易分野では「比較優位」の原理から、農業に特化した国や工業に特化した国などが生まれるとされる。この伝統的貿易理論は、農産物と工業製品のように異なる産業に属する財の貿易、産業間貿易を説明するにすぎない。しかし現実には、先進国間で自動車、電機といった同じような財が頻繁に輸出入され、産業内貿易が盛んに行われている。クルーグマンは、E・ヘルプマンElhanan Helpman(1946― )らとともに、収穫逓増(ていぞう)に基づいて産業内貿易を説明しうる新しい貿易理論を樹立した。規模拡大とともに生産コストが下がるという「規模の経済性」と、同じ財でもブランド力の有無がものをいうとする「寡占的競争」の概念を導入し、企業が巨大化すると同時に同一産業内の貿易ウェイトが高まるという現象をうまく説明するモデルをつくるのに成功し、産業内貿易の理論を確立した。
なぜ集積と分散がおきるのかを分析する新しい空間経済学あるいは経済地理学では、日本の地理学者の藤田昌久(1943― )らとの共同研究で、収穫逓増と輸送コスト、労働力の地域間移動の相互関係を中核・周辺モデルに組み入れ、産業集積のパターンを理論的に明らかにする。輸送コストが安ければ地域内で生産して輸出するが、高い場合現地生産する。収穫逓増による集積効果と輸送コストの増加による分散効果の相対性によって、産業集積や地方分散がおこることを厳密に理論化している。また都市に人口が集積する現象をうまく説明し、ヨーロッパ連合(EU)経済統合にも多大な影響を与えた。
このほか、通貨危機のモデルや為替(かわせ)相場に関する分析など研究分野は広範にわたる。とくに日本のデフレ経済を考察した論文や著書において、「日本が流動性のわなに陥っている」と分析し、日本銀行はインフレ目標政策を導入してインフレ期待を醸成することにより、景気を回復させるべきであると主張した。
また、イラク戦争や税制、通商政策などブッシュ政権に対する辛辣(しんらつ)な批判でも知られる。1997年出版の『The Age of Diminished Expectations』(『クルーグマン教授の経済入門』)や、2000年の『The Return of Depression Economics』(『世界大不況への警告』)など、日本でも数多くのベストセラーがある。
[金子邦彦]
『三上義一訳『世界大不況への警告』(1999・早川書房)』▽『山形浩生訳『クルーグマン教授の経済入門』(ちくま学芸文庫)』
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