地理学の方法をもって経済現象の空間的展開を研究する学問分野。経済活動の地理的展開メカニズムに関する理論的考察ならびに経済の地域構造に関する実証的な分析を積み重ねることで、経済現象の空間的秩序を具体的な次元で解明することを課題としている。このため現在の人文地理学の中心分野であると同時に、経済学の一部門としても位置づけられている。いかなる経済現象を扱うかによって、農業地理学、工業地理学、商業地理学、交通地理学、観光地理学、資源地理学などの区分があり、また着眼する場所の特性に応じて、都市経済地理学、農村地理学といった区分もある。
経済地理学の対象とする地域の範囲は、日常生活の範囲から世界全体に及ぶ。対象とする地域における各種の産業事情をはじめ、広く経済活動の空間分布や構成を調べ、それらを取り巻く自然環境・社会環境を分析し、因果関係を考察して、経済活動の地理的な展開の成立ならびに変容の過程を解明する。経済地理学には立地論などの理論的研究も含まれるが、経済現象の空間秩序の実態解明が課題であることから、各種の地図・統計・文献を利用するほかに、現地の実態調査を重視して研究を進めることが多い。その際、個別地域の現状を調査することに埋没することなく、対象地域の歴史的背景、他の地域との関係(共通・相異・関連の度合いやかかわり方)を把握することが重要になる。
経済地理学の起源は、近世に入って、ヨーロッパ先進諸国の海外進出、貿易隆昌(りゅうしょう)の時期に、海外の植民地や貿易商品や航路港湾などの知識が要請されて発達した商人地理学に求めることができる。この知識がしだいに集成されて、商業地理学として体系化された。地理学とくに人文地理学全般の発達に伴って、経済地理学の各分野も進展してきた。一方、経済学の側からも、J・H・フォン・チューネンの農業立地論やアルフレッド・ウェーバーの工業立地論など、産業の立地に関する研究が進められた。経済学および経営学においては、時間的概念に比べて空間的概念を導入した研究が著しく遅れていたが、立地論を理論的基礎とした空間経済の一般均衡分析や計量経済学の手法を用いた地域経済の計量分析も活発に行われるようになった。また近年では、P・クルーグマンらの手で不完全競争と収穫逓増下における一般均衡モデルやシミュレーションを用いた空間経済学の確立も企図されている。
経済活動の地理的展開を対象にすることから、経済的な知識が必要であることはいうまでもない。とりわけ、経済の発達段階の差異や経済体制・生産様式の違いを理解しておくことは重要である。また市場メカニズムの下では、経済主体である企業の産業立地が、経済現象の空間的秩序が形成されるにあたっての鍵(かぎ)となる。このことからも知られるように、経済地理学は経済学、なかでも応用経済学・部門経済学の一分野としての位置を占める。他方で、具体的次元における経済現象の空間的秩序は、つねに歴史的規定の下に形成された存在であるため、社会環境やその形成機構・形成論理、自然環境やその条件などを無視することはできない。この意味からすれば、経済地理学は地理学の一分野でもある。地理学的な分析手法や方法論に基づくアプローチなくしては、経済現象の空間的展開を具体的次元で解明することはできないからである。
[加藤幸治]
『矢田俊文著『産業配置と地域構造』(1983・大明堂)』▽『川島哲郎編『経済地理学』(1986・朝倉書店)』▽『辻悟一編『経済地理学を学ぶ人のために』(2000・世界思想社)』▽『松原宏著『経済地理学――立地・地域・都市の理論』(2006・東京大学出版会)』
地域の経済事象をおもな研究対象とする地理学の一分科。土地に関する記述としての地理学geographyという言葉がヨーロッパでは古代ギリシアで使われていたことからすると,各地の経済活動や産物,交通路などの空間的分布を記述するという意味での経済地理学も,古代から存在していたといえる。このような記述は商業活動に必要な知識として継承され,19世紀には商業地理学commercial geography(物産地理と訳されることもあった)と通称されるようになった。
19世紀後半に成立した近代地理学では,経済現象の地域的差異または地域的分化の過程を説明する分野が経済地理学として,地理学の一分野をなすと考えられ,その対象とする経済活動に従って農業地理学,工業地理学,交通地理学などの用語も用いられるようになった。この場合の説明原理としては環境論が支配的であった。それは素朴な環境決定論から,環境条件の歴史的性格を強調してこれを経済現象に対する可能条件にすぎないとみる立場(可能論)や,自然と社会との媒介項としての社会的生産過程の意義を強調するもの(地理的唯物論)に至るまで,その立場は多様である。しかし環境論的経済地理学はこの種の因果関係によって説明できる経済現象のみに対象を限定する傾向があった。
また,地域の個性の記述を重視するという立場から経済現象を指標にして空間的単位の分類や性格規定を行ったり操作的に地域を設定する研究も1920年代,30年代を通じて盛んになった。この種の研究は都市分類の基準の設定などいくつかの成果をあげたが,理論よりむしろ記述を重視する立場をとる経済地理学であり,理論が導き出される場合にも,それは帰納法的論理にもとづくものであった。
第2次大戦後,まずイギリス,アメリカなどアングロ・サクソン諸国,続いてその他の諸国において,近代経済学と共通する演繹的論理にもとづく経済地理学の研究が盛んになってきた。これは,一定の前提の上に立って構築された理論モデルを,現実から得られた実証的データによって検証しながら,その理論モデルの有効性と限界とを明らかにしていくという研究方法をとる。経済地理学のこのような理解は,19世紀前半の農業経済学者チューネンの農業立地論,20世紀初めのアルフレッド・ウェーバーによる工業立地論,1930年代のクリスタラーの中心地理論,およびレッシュの経済立地論などの立地論の先駆的成果を継承,発展させることを意味した。精緻な理論モデルの構築とその検証は,コンピューターによる大量データ処理が可能になってますます盛んになったが,このような経済地理学と経済学者アイサードなどによって確立された地域科学とはほとんど区別のつかないものになった。
他方,1960年代の末ごろからこのような計量的手法による経済地理学に対して根元的反省がなされるようになった。それは市場経済機構を前提にした抽象的理論の非現実性が,環境問題,地域問題,社会的不平等のさまざまな形での顕在化によって明らかになってきたからであり,また,そのような市場機構を前提にした理論が,価値自由を唱えながら,現実には現状維持の立場を主張することになるという反省がなされるようになったからである。
執筆者:竹内 啓一
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