ケースワーク(読み)けーすわーく(英語表記)casework

翻訳|casework

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ケースワーク」の意味・わかりやすい解説

ケースワーク
けーすわーく
casework

ソーシャルワーク(社会事業)における専門的方法・技術の一つ。正確には、ソーシャル・ケースワークsocial caseworkという。社会福祉機関や施設において、社会環境との間でなんらかの調整を必要とする問題を抱えた個人や家族に直接に関わり、その問題を解決できるように援助する過程で用いられる。

 20世紀初頭、アメリカ合衆国において慈善事業から社会事業への移行が行われるなかで、科学に裏づけられた技術が成立し、それが機軸となって社会事業が専門職化された。

[副田義也・株本千鶴]

リッチモンドの定義

この社会事業における科学的技術のなかで、歴史的にみてもっとも早く成立し、もっとも広い範囲で使われたのがケースワークであった。ケースワーク最初の実践者・理論家であり『社会診断』の著者で、ケースワークの母とよばれるM・リッチモンドは、社会学的思考に依拠し、ケースワークは社会改良と相互関係にあるものとみなした。リッチモンドによれば、「ソーシャル・ケースワークは、人間とその社会的環境との間に、個別的に、効果を意識して行う調整によって、その人間の人格を発達させる諸過程からなる」と定義される。

[副田義也・株本千鶴]

医学モデル

ケースワークの援助過程では、最初、ケースワーカーcase workerの側からの心理的・社会的アプローチ(取組み、方法)による調査・診断・処遇が重視されていた。そのケースワーク技術は、医師が患者を治療する方法をモデルとしていたため、「医学モデル」といわれる。すなわち、ケースワーカーは人々の生活上の問題をクライアントclient個人のパーソナリティーの問題に還元し、ワーカーとクライアントの関係によってそれを改善し、クライアントが社会生活に適応するために必要な能力を育成する援助を実践した。のちに、精神分析学の導入によって医学モデルはさらに深化し、カウンセリングを中心とした治療機能が発達した。医学モデルを基本としたケースワークのあり方は「方法・技術優位主義」「専門職業主義」ともいわれ、1950年代なかばまで続いた。

[副田義也・株本千鶴]

生活モデル

しかし、社会問題が多発した1960年代に、それまでのケースワークのアプローチと実践はクライアント個人の問題を解決するにおいて不十分であると批判されるようになった。その批判のもとでケースワークは、クライアントの問題をクライアントとクライアントがおかれた状況との交互作用のなかから生じる生活問題ととらえることによって、ふたたび社会学的思考が見直され、精神分析学的思考との調和が図られた。そこで開発されたケースワークの技術は、個人生活と社会を同時一体的に見わたして、長期的な見通しにたったうえで現在の問題に焦点をあて、処遇目標をたてるというもので、これを「生活モデル」という。生活モデルのアプローチでは、治療機能だけでなく、側面援助的機能(クライアントの問題解決能力や生活能力を高める機能)、媒介的機能(クライアントの権利要求を積極的に発見し適切な社会資源に結びつける機能)、代弁的機能(クライアントの権利を擁護し、その立場を主張する機能)など、多様な機能が発揮される。そこでは、環境に対するクライアントの対処能力だけでなく、クライアントのニーズ充足に向けての環境側の応答性が重視される。

[副田義也・株本千鶴]

ジェネラリスト・アプローチ

1970年代以降、ソーシャルワークにシステム理論と生態学が導入されるとともに、生活モデルによるアプローチの理論構築と実践が強化された。同時に、ケースワーク、グループワーク、家族治療、コミュニティワークなどソーシャルワークの諸アプローチを統合する単一のアプローチの理論化がシステム論を理論的枠組みとして進められ、統合アプローチとして精密化されるようになった。これをジェネラリスト・アプローチという。1980年代以降、アメリカではジェネラリスト・アプローチが学部教育において主流となり、ソーシャルワークは直接実践(ミクロ・レベル)と間接実践(マクロ・レベル)に二分されることが多くなってきている。直接実践では、ワーカーがクライアントに直接働きかけることによって問題解決を図ろうとするが、間接実践では、クライアントの環境を改善することにより間接的な問題解決が目ざされる。

 また、「ケースワーク」の用語も使用されなくなり、かわりに「個人とのワーク」social work with individuals、ダイレクト・ソーシャルワーク、ミクロ・ソーシャルワークなどが用いられるようになった。

[副田義也・株本千鶴]

日本への導入と展開

日本では、第二次世界大戦後に本格的にケースワークが実践されるようになったが、最初に一般的になったのは、福祉事務所において生活保護の業務を担当した社会福祉主事たちによる被保護世帯を対象にした公的扶助ケースワークであった。そのほか、医療ケースワーク、司法ケースワーク、学校ケースワーク、家族ケースワークなど、対象や場面によって分野別に実践されてきた。そのため、1987年(昭和62)に創設された日本でのソーシャルワーカーにあたる社会福祉士の業務も、法律上は相談援助業務(相談、助言、措置その他の援助)に限定されている。アプローチや技術はアメリカで発達したものを援用してきたため、その1980年代の動向を受けて、日本でもケースワーク、グループワーク、コミュニティワークという名称を用いなくなり、社会福祉援助技術(ソーシャル・ワーク)は個別援助技術、集団援助技術、地域援助技術という名称で分類されるようになった。社会福祉援助技術の中心は、直接援助技術としての個別援助技術であるが、資源としての集団や地域社会を活用するために、集団援助技術や地域援助技術はもちろん、間接援助技術としての社会福祉計画や社会福祉調査法など多様な技術を駆使するジェネラリスト・アプローチによる対応が必要とされている。

[副田義也・株本千鶴]

『仲村優一著『ケースワーク教室』(1980・有斐閣)』『メアリー・E・リッチモンド著、小松源助訳『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』(1991・中央法規)』『小松源助著『ソーシャルワーク理論の歴史と展開』(1993・川島書店)』『久保紘章・高橋重宏・佐藤豊道編著『ケースワーク――社会福祉援助技術各論Ⅰ』(1998・川島書店)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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