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舎人 とねり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

舎人
とねり

令制で天皇,皇族などに近侍して警固,雑事にあたった下級官人。内舎人 (うどねり) ,大舎人中宮舎人東宮舎人衛府の兵士などの総称。内舎人には身分の高い貴族子弟が,大舎人以下には下級官人,地方豪族の子弟,白丁 (庶民) が任じられ,課役免除の恩典があった。別に親王,上層官人などに給される帳内 (ちょうない) ,資人 (しじん) があり,いずれも「とねり」と読まれた。

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デジタル大辞泉の解説

しゃ‐じん【舎人】

召使い。家来。家人(けにん)。
「とねり(舎人)」を音読みにした語。

とねり【舎人】

《「との(殿)い(入)り」の音変化かという》
古代、天皇・皇族の身辺で御用を勤めた者。
律令制で、皇族や貴族に仕え、護衛・雑用に従事した下級官人。内舎人(うどねり)大舎人・東宮舎人・中宮舎人などがあり、貴族・下級官人の子弟などから選任した。
牛車(ぎっしゃ)の牛飼いや乗馬の口取り。
宮内省式部職の判任名誉官。式典に関する雑務に当たった。

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百科事典マイペディアの解説

舎人【とねり】

下級役人。本来は天皇・貴族らの近習(きんじゅ)の意で,護衛を任務とした。律令制では,貴族の子弟で天皇に近侍する内舎人(うどねり),下級官人や庶民の子弟で朝廷に勤める大舎人,同じく皇族・貴族に近侍する帳内(ちょうない)・資人(しじん),地方豪族出身で武官の兵衛(ひょうえ)などの総称。
→関連項目楠葉牧稗田阿礼兵衛府真継家

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世界大百科事典 第2版の解説

とねり【舎人】

天皇や皇族に近侍し護衛を任務とした下級官人。令制以前の舎人は6世紀後半から設置され,東国を中心に国造(くにのみやつこ)やその一族から朝廷に貢進され,名代・子代(なしろこしろ)として隷属した。〈とねり〉の名は〈とのはべり(殿侍)〉のちぢまったものという(《古事記伝》)。国造またはその一族は舎人直(とねりのあたい)として舎人を統率し,舎人部は舎人の管掌下に舎人の資養物を貢進することなどを負担し,舎人直―舎人―舎人部という階層関係がみられた。

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大辞林 第三版の解説

しゃじん【舎人】

召し使い。けらい。
とねり 」に同じ。

とねり【舎人】

皇族・貴族に仕えて、雑務を行なった下級官人。律令制下には内舎人・大舎人・春宮舎人・中宮舎人などがあり、主に貴族・官人の子弟から選任された。舎人男。舎人子。
平安時代、貴族の牛馬などを扱う従者。
旧宮内省式部職に属した名誉官。式典に関する雑務に従事した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

舎人
とねり

6世紀後半ころ国造(くにのみやつこ)またはその一族で朝廷に貢進され、天皇や皇族の護衛と雑役を勤めた下級官人。この舎人を統率したのは有力な国造やその一族の舎人直(とねりのあたい)であり、舎人部は舎人の従者・廝丁(しちょう)(炊事夫)を勤めるか、舎人の課役を負担したらしい。673年(天武天皇2)仕官する者をまず大舎人(おおとねり)として仕えさせ、天皇に忠節を尽くす習慣が体得されたのち、才能を試験して他の官司の職に任用することとした。これにより、天皇による支配を各官司に浸透させることを図ったのである。養老令(ようろうりょう)では、五位以上の人の子孫を内舎人(うどねり)(定員90人)、左右大舎人(各800人)、東宮(とうぐう)舎人(600人)、中宮(ちゅうぐう)舎人(400人、以上文官系舎人)に、内六位以下八位以上の人の嫡子または庶子を大舎人と武官の左右兵衛(ひょうえ)(各400人)に貢進させ、一般農民を衛士(えじ)(「とねり」とよぶ)に徴集し、舎人をあらゆる階級から貢進させ、貢進地域も全国化している。衛士の令制定員は不明で、805年(延暦24)では衛門府(えもんふ)衛士は400人、左右衛士府の衛士は各600人である。
 舎人になることは律令官人として仕官する者が通る一つの重要なコースとされ、大舎人寮(りょう)、春宮坊(とうぐうぼう)、中宮職(しき)、兵衛府などは下級官人の養成機関の役割を担い、他の官司に対する官人補給源をなした。令外官(りょうげのかん)として皇后宮職舎人(のち紫微中台(しびちゅうだい)舎人、坤宮官(こんぐうかん)舎人)、授刀(じゅとう)舎人(のち授刀衛(じゅとうえ)舎人、近衛(このえ)舎人、左(さ)近衛舎人)、中衛(ちゅうえ)舎人(のち右近衛舎人)などがある。令制で諸臣の従者の帳内(ちょうない)(京官に授ける)、資人(しじん)(地方官に賜る)も「とねり」とよばれるが、『日本書紀』などにみえる令制以前の帳内・資人は令制用語を借りて記されたもので、古い時代の制度は不詳である。[井上 薫]

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世界大百科事典内の舎人の言及

【衛士】より

…722年(養老6)には勤務年限を3年とし,養老令では1年としている。衛士の逃亡や弱体化が著しくなるにつれて,政府は衛府の武力の主体を地方豪族・下級官人層出身の舎人(とねり)に移すようになり,9世紀以降,衛士は宮廷の雑役に駆使される傾向が強まり,武力としての役割を失った。【笹山 晴生】。…

【大番舎人】より

…摂関家に人身的に従属し,摂関家の政所をはじめ御服所,細工所等において宿直,警固,掃除等の番役に従事したもの。大番舎人の保有する屋敷地,在家,田畠を大番領といった。その成立については,(1)律令制の舎人制度が弛緩して摂関家にも行われるようになった。…

【番上】より

…諸官庁の構成のなかで,雑任(ぞうにん)クラスの下級職員は,いずれも番上である。すなわち,中央諸官庁,大宰府,諸国などの史生,中央の伴部,使部,官掌・省掌などの掌類,大舎人・東宮舎人・中宮舎人らの舎人(とねり),兵衛,および親王の公的従者である帳内(ちようない),貴族官僚の公的従者である資人などは,いずれも番上であり,また大宰府や諸国府に勤務した下級職員たちも番上であった。そして式部省に籍を置く散位六位以下は散位寮に番上し,地方諸国の外散位は国府に番上したのであり,国府に番上した下級職員たちとともに外分番ともよばれた。…

【兵衛】より

…和名を〈つわもののとねり〉といい,左右の兵衛府に各400人が所属した。令制以前,地方の国造の子弟などから貢上されて天皇,皇子の側近に仕えた舎人(とねり)の系譜をひくもので,7世紀後半の天武朝に制度の成立をみた。養老令の規定では,内六位以下八位以上の嫡子で21歳以上の者から選ばれる一方,令制以前の国造の後身である郡司の子弟で弓馬に巧みな者を,国司が貢上することとなっており,旧来の舎人の伝統が生かされていた。…

※「舎人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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