演劇用語で登場人物の類型的分類をいう。西洋近代劇あるいはそれの移入である明治以降の日本の近代劇においては,人間を心理・性格など個人の側面から徹底してとらえ,〈同じ人間は絶対に二人とはいない〉というのがその劇作術における基本となっている。しかしこれに対して,たとえば歌舞伎では,登場する人物は身分,職業,年齢,物語などにおける役割によって類型的にとらえられた。これがすなわち役柄である。
初期の歌舞伎においては,先行の能と同じくシテ,ワキ,ツレと道化役の〈猿若〉が存在しただけであったが,1652年(承応1)の若衆歌舞伎禁止以来,女方と男方とを分けて登録することが義務づけられた。元禄期(1688-1704)に至ってさらに役柄が分業化し,以後江戸時代においては,原則的に一人一役柄で,役者は,立役(たちやく),若女方(女方),敵(かたき)役,実悪(じつあく),道外(どうけ)方,花車(かしや)方,若衆方,親仁(おやじ)方,子役のいずれかに分類された。役者評判記の位付もこの役柄分類の中で行われた。これがさらに細分化し,立役から荒事(あらごと)師,和事(わごと)師,実事(じつごと)師,捌き(さばき)役,辛抱立役など,敵役から公家(くげ)悪,色悪,実敵,半道敵,叔父敵など,女方から片はずし,赤姫,娘方,世話女房,老女方,女武道などが作り出された。近代では,これら〈役どころ〉に相当するものをも役柄と呼ぶようになった。
なお,西洋の演劇にもこのような〈役柄〉的要素は存在している。たとえばコメディア・デラルテがその典型であり,そこでは登場人物が幾つかの類型に分類され,その多様な〈変奏〉によって豊かな演劇的世界が作り出される。
→演劇[演戯(者)の二重性] →役者
執筆者:渡辺 保
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(山本健一 演劇評論家 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…この位相は,実は代行型演戯の場合にも,役あるいは登場人物によって覆い隠されることが多いとはいえ,存在しているのであり,初めに〈何某の演ずるハムレット〉と言い,演戯者と登場人物とを共に見ているのだと述べたが,その演戯者はすでに現実の何某ではないので,現実生活の一市民でもなくまた登場人物でもないこのレベルを,観客は演戯的存在の現象する場として見ているのである。 こう考えれば,たとえばコメディア・デラルテのように,演じられる内容が近代劇のように登場人物のレベルでは分化していず,〈役柄〉という形で〈役者〉そのものと重なっている演戯が,即興を中心とする職業劇団として,ヨーロッパで最も早く成立したことも納得がいく。即興とは当てずっぽうにでたらめをやることではまったくなく,その日の舞台という内容も時・空も限定された場で,劇団内構造の原理に従って,自己の持つ厖大な演戯力(そこには当然おびただしい台詞がある)を,瞬時にかつ的確に引き出して,それを活きた物として見せることであり,それはそのような演戯的知を内蔵しかつ担いうる総合的身体の訓練を前提としたからである。…
…野郎歌舞伎時代,歌舞伎は演劇への道を自覚的に歩みはじめる。女方の写実的な演技術が模索されるとともに,立役,敵役その他の役柄がしだいに成立して,それぞれの演技のくふうが進む。寛文年間(1661‐73)には〈続狂言〉が成立し,これ以前の風俗スケッチ的寸劇から,一定のストーリーを持った劇的世界を獲得するに至る。…
…これは色恋など市井の私事を扱う風俗的な喜劇で,ヘレニズムの伝播によってローマに伝えられ,前2世紀以後ローマにプラウトゥス,テレンティウスの喜劇が生まれる。滑稽な性格をもつ人物(けちんぼう,ほらふき兵士)や身分的な役柄(下男,遊女,去勢者)などが固定し,またおかしみやハッピーエンドをもたらすさまざまな状況(かち合せ,とり違えなど)がくふう・考案され,ヨーロッパの正統喜劇の源流になった。のちの性格喜劇comedy of characterと状況喜劇comedy of situationという分類法も,この二つの要素の比重によるのである。…
※「役柄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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