さまよえるユダヤ人(読み)さまよえるユダヤじん(英語表記)the wandering Jew

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「さまよえるユダヤ人」の意味・わかりやすい解説

さまよえるユダヤ人
さまよえるユダヤじん
Wandering Jew

最後の審判の日まで放浪を続ける運命を負わされた伝説のユダヤ人。彼は十字架を背負って刑場へ引かれていくイエスを嘲笑して,「とっとと行け」といったのに対して,イエスは「私は行くが,お前は私が帰ってくるまで待っていなければならない」と答えたといわれる。そのユダヤ人が実在しているという話が残っている。それは靴屋のアハスエルスといい,1542年ハンブルクで彼に出会ったというドイツの司教は,彼がイエスの罰を受けた「永生の」人間であるというのを聞いたと伝えている。この話を記したパンフレットが当時広く行き渡った。イギリスの年代記作者ロジャー・オブ・ウェンドーバーはもっと古い伝説を伝えている。 1228年イギリスに来たアルメニアの大司教が,イエスを嘲笑したユダヤ人に会ったが,その男はピラトの召使カルタピルスで,のちに改宗して洗礼を受けヨセフと名を改めたと語ったという。同種の伝説は他にも記録されている。永遠の罰を受けて,休みなく放浪を続ける人間という伝説は,ヨーロッパ各国で多くの作家の興味を喚起したが,特にレーナウ,シャミッソー,A. W.シュレーゲルなどドイツ・ロマン派の詩人が好んで題材とした。ゲーテもその一人であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「さまよえるユダヤ人」の意味・わかりやすい解説

さまよえるユダヤ人
さまよえるゆだやじん
the wandering Jew

ヨーロッパに流布した伝説上の人物で、エルサレムの靴屋、アハシェロスという名のユダヤ人。彼は、十字架を担って刑吏に引かれて刑場ゴルゴタ(カルバリ)の丘へ向かう途上のイエス・キリストが彼の軒先でしばらく休もうとしたところ、イエスをののしり石を投げて追い立てた。そのときイエスが、「私がこの世にふたたびくるときまで、あなたは休む間なく、死ぬことすら許されず、地上をさまよい続けるであろう」と述べて、そこを立ち去った、という。

 この伝説は、1602年オランダのライデンに、この男に実際会ったという者が現れ、その証言集ともいうべき『アハシェロスという名のユダヤ人の話』と題するパンフレットが出回ってから、ヨーロッパ一円に広まった。ちなみに、すでに13世紀ごろ、イエスの十字架刑を許可したことで知られるローマ総督ピラトの下僕、カルタフィリスという人物についてもよく似た伝説がある。

 これらのユダヤ人は、紀元前6世紀に亡国の民となって以来、離散・放浪を余儀なくされたユダヤ民族の象徴であり、ヨーロッパ世界のユダヤ人差別の反映である。

[定形日佐雄]

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