アメリカの理論物理学者。ニューヨーク市生まれ。すでに16歳のとき、最初の論文を量子電磁力学についてまとめた。コロンビア大学に進学、物理と数学のみを勉強したので退学させられそうになり、核の磁気モーメントの測定で知られたラービ教授の口利きで卒業した。1939年、すでに2、3年前に書かれていた論文を基に理学博士となり、その後、カリフォルニア大学で研究し、オッペンハイマーの助手になる。第二次世界大戦中はパーデュー大学講師。その後、マサチューセッツ工科大学でレーダー、核物理などを研究。第二次世界大戦後ハーバード大学、カリフォルニア大学の教授を歴任した。戦後数年間に行った相対論的場の量子論の定式化に関する研究により、朝永振一郎(ともながしんいちろう)、ファインマンとともに1965年ノーベル物理学賞を受けた。ほかにいくつかの賞も受け、アメリカ国立科学アカデミーの会員であった。1980年(昭和55)来日し、朝永と自身の学問上の軌跡にみられる多くの交わりを述べた「物理学を揺るがした2人の“振”」と題する朝永追悼講演を行った。
[藤井寛治]
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