くりこみ理論(読み)くりこみりろん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「くりこみ理論」の意味・わかりやすい解説

くりこみ理論
くりこみりろん

場の量子論において、場の反作用と真空の分極などの効果を質量や電荷に取り入れることを質量・電荷のくりこみという。くりこまれた質量・電荷(または結合常数)を使って理論を構成する処法をくりこみ理論または再規格化法という。

 相対性原理の要請により力の伝達は近接作用しか許されず、それは場(波動を担うもの)の伝播(でんぱ)として表現される。また量子論によれば波動は粒子でもある。このようにして相対論量子力学の世界(素粒子の世界)は場の量子論によって記述される。場が局所的に(点で)自己または他の場と影響を及ぼし合っている理論を局所相互作用理論とよぶ。相対論の要請は局所相互作用しか許さない。

 場の量子論においては、場の反作用、真空の分極などのため、これらの効果を無視したときの粒子の質量・電荷(裸の量とよぶ)は直接観測にかかることはなく、これらの効果を含めた(くりこんだ)量が現れる。このゆえに、くりこまれた量のみを使って理論が構成できれば便利である。これを行う処法がくりこみ理論である。形式的には任意の理論において可能である。局所相互作用理論においては、反作用・分極に有効に寄与する場の振動数に限度がないため発散して、理論として成立しなくなる。これを場の理論の発散の困難という。しかし、量子電磁力学QED)においては、この種の発散は裸の質量・電荷と、それらのくりこまれた量の間の関係にしか現れない。ゆえに、くりこまれた量が有限に計算できたと仮定して、くりこまれた量で理論をつくれば、発散のない理論ができあがる。この事実を朝永(ともなが)振一郎とJ・シュウィンガーが独立に発見した。QEDのようにくりこんだ質量・電荷で表した理論が発散を含まないとき、理論に現れた発散を質量と電荷にくりこむことが可能であることから、くりこみ可能な理論とよぶ。ワインバーグサラムの理論、クォークの力学である量子色(いろ)力学(QCD)はくりこみ可能である。物性理論においては発散はないが、くりこみ理論の考え方が大きな成果をあげている。

益川敏英

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改訂新版 世界大百科事典 「くりこみ理論」の意味・わかりやすい解説

くりこみ理論 (くりこみりろん)
renormalization theory

場の量子論で,例えば電荷や電子の質量を求める場合,高次の補正を行うとその値が無限大となってしまう。これを発散の困難divergence difficultyといい,発散の困難を防ぐために,第2次世界大戦後まもなく,朝永振一郎,R.ファインマン,J.シェウィンガーによって独立に考案された処法をくりこみ理論という。古典論においてもすでに点電荷としての電子が自分自身に及ぼす力が無限大になってしまうという発散の困難に直面していたが,この困難は本質的な解決をみることなく物理学は量子力学の形成,さらに相対論的量子論の建設へと進んだ。しかし第2次世界大戦前にはすでにこの困難はさけて通れないものであることがはっきりしていた。つまりどのような電磁的プロセス,例えばコンプトン散乱にせよ,光電効果にせよ,また電子・陽電子対生成にせよ,その高次の補正を計算しようとすると決まって正体不明の無限大の発散が起こるということであった。この発散を防ぐために電磁場に付随してその発散を打ち消すような場を導入するとか,運動方程式そのものを変更するとか各種の方法が考案されたが,こうした考え方はどこかでふつごうを生じてうまくゆかず,その解決はくりこみ理論の登場を待たねばならなかった。

 くりこみ理論は相対論的に不変な量子電磁力学の定式化を行うということに基づいており,この定式化によれば,無限大の発散を起こす源は,電子の質量,光と電子の相互作用定数および電子や光の波動関数の規格定数に限られることから,あらゆる発散を電子の質量,相互作用定数および波動関数におしこめてしまうというものであった。この処法の有効性はマイクロ波技術の発達による量子電磁力学の高次補正の効果の測定によって示された。ただし,くりこみ理論はあくまでも発散の困難を防ぐための処法であって,発散の困難そのものを解決したわけではない。くりこみ理論の最近の発展の中で特筆すべきものとして,くりこみ群の応用がある。これはあるエネルギーでの散乱振幅を,他のエネルギーでの異なった相互作用定数をもった散乱振幅に結びつけるもので,強い相互作用にこれを適用することによって電子,陽子の大角度の非弾性散乱の解析に重要な役割を果たした。さらに重要な発展としては,電磁相互作用と弱い相互作用を統一する理論がくりこみ可能な理論(いくつかの物理定数の中に発散をおしこめてしまえる理論)であることが示されたことがあげられ,これによって弱い相互作用の高次効果も不定性なしに計算できるようになった。強い相互作用の理論として考えられるカラーゲージ理論もくりこみ可能な理論であり,重力の問題は未解決であるが,くりこみ可能性は物質のあらゆる相互作用を記述する理論の共通の性質ではなかろうかという期待も生じている。
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百科事典マイペディア 「くりこみ理論」の意味・わかりやすい解説

くりこみ理論【くりこみりろん】

量子電磁力学において,電子と電磁場の相互作用を量子論的に扱うと,電子自身がつくるの反作用により電子の質量や電荷の値が無限大になってしまう。これを自己エネルギーの困難,発散の困難などという。そこで,理論から得られる質量と電荷の値を実測値で置き換えると,すべての物理量に有限値を与えることができる。この方法をくりこみ理論という。1947年―1948年朝永振一郎,J.シュウィンガー,R.P.ファインマンらにより定式化され,超多時間理論と合わせ量子電磁力学をほぼ完成させた。
→関連項目素粒子論非局所場の理論ラム・シフト

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「くりこみ理論」の意味・わかりやすい解説

くりこみ理論
くりこみりろん
renormalization theory

場の量子論では計算値がしばしば無限大となる。この困難を回避するため,無限大の量から物理的に意味のある有限な量を抜き出す処方をくりこみまたは再規格化という。 1948~49年朝永振一郎,J.S.シュウィンガー,R.P.ファインマン等により提唱された。量子電磁力学の場合,相互作用の結果生じた無限大の量をすべて相互作用のないときの電子の質量および電荷との和にまとめることができる。そこで,無限大の補正を含む質量と電荷を観測量で置き換えると,すべての物理量の計算値は有限になり,実験値と高い精度で一致する。くりこみ可能な相互作用は4次元時空ではゲージ理論や湯川相互作用など少数に限定される。くりこみの可能性を1つの指針として素粒子の理論は長足の進歩をとげた。しかし,くりこみは無限大を有限値で置き換える処方であって,発散の困難を完全に解決する理論とはいえない。

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知恵蔵 「くりこみ理論」の解説

くりこみ理論

量子電磁力学で、電荷や質量などの計算値が無限大になる困難(発散の問題)を切り抜ける理論。たとえば、真空中に電子を1つ置いたとき、周りには電子と陽電子の対がたくさん現れる。これらは、真ん中の電子を雲のように取り囲み、中心の電荷を打ち消そうとする。このため、もとの裸の電荷は無限大でなければならなくなる。この理論では、裸の電荷はひとまず度外視し、実際に測定される電荷で物理現象を考える。朝永振一郎、J.シュウィンガー(米国)、R.ファインマン(米国)らが、この理論づくりに貢献した。

(尾関章 朝日新聞記者 / 2007年)

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世界大百科事典(旧版)内のくりこみ理論の言及

【朝永振一郎】より

…41年東京文理科大学教授となり,中間子論および超多時間理論を研究し,戦時下も刊行されていた理化学研究所の和文報告に発表した。この超多時間理論は,場の量子論の相対論的定式化を完成したものであり,彼が47年に発表し,のちに65年ノーベル物理学賞を受けることになったくりこみ理論は,この定式化を利用して展開された。戦時中彼はまたマグネトロンの発振機構をみごとに解明した。…

※「くりこみ理論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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